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The same as you 2.

 銀の魔導士は重ねて自らに魔法をかけて、身体能力を高める。砂漠の覇者、アルヴィオス王と決闘したときに、リティアが彼に掛けた魔法だ。

 そうして疾ぶように駆け、岩壁を蹴り、跳躍してーー海竜の頭上にその剣を振り下ろした。


 ーーザンッ!


『ギィィィッーー!』


 魔物の身体を切り裂く音と、痛みと怒りが混じった哭き声。片方の海竜が身をよじると、もう片方が飛びかかる。


「ーーそう焦るな。順番だ」


 シーファはそちらへも剣を奮った。魔物の胴に深く斬り込む。怒りに満ちた海竜達は力任せに魔導士を叩き潰そうとした。しかし魔導士はそれをかわす。


「凄い、お師匠様」


 リティアは師の剣さばきを感嘆混じりに見つめた。よく見ればシーファの魔法は、いつもより精彩を欠いていて、どうやら完全に魔力が戻ったわけではないらしい。しかし、それを感じさせないほどの強化魔法と剣技で、魔物を圧倒していた。

 がーーすぐにズズッと音がして、海竜達の傷が塞がってゆく。二体同時に退治しなければ、また蘇るのだからきりがない。シーファは海竜の再生を遅らせる魔法をかけているようだが、ただでさえ魔法の効きにくい相手だ。おそらく魔力の落ちた状態では完全にかかっていないのだろう。


 私の魔法も足せば、なんとかなるかもしれない。いいえ、一太刀でもいい、シーファの加勢が出来ればーー。

 リティアは未だ拘束されたままの手首を見た。海竜の魔法は彼らが解くか滅ぶかすれば外れるが、悠長に待てない。

 ふと、視界にヒラヒラ舞う魚精霊が見えた。同じ水属性の存在だ、解いてもらえるかもしれない。


「水の精霊、この枷を外せる?」


 問えばひらりと精霊が飛んできて、リティアの手首のまわりで回る。


「んー、んー、んんん」


 力を込めるような声と共に、パシャンと右腕の枷が水に変わって零れ落ちた。


「わ、やった!」

「もういっこー」


 もう片方も、と精霊が飛び上がり左手の魔法も解いてゆく。


「んー、んー、んんん!」


 それが完全に消えた瞬間。


「何をしているのかな、魚よ」


 精霊の身体を掴む手。


「っ」


 またしても人型になった隻眼の海竜が、精霊を捕らえていた。


「勝手なことをしては困る」

「やめて!その子を離してっ!」


 海竜がその小さな精霊を握りつぶそうと、力を込めるのを見て、リティアは自由になった手を伸ばした。それを見た海竜はリティアの片腕を掴み、精霊を投げ捨てる。


「リティア!」


 シーファが彼女を呼ぶが、こちらに来ようとした彼を、蛇の姿のままのもう一体が牙を向いて阻む。危うく腕を噛みちぎられる寸前で、彼は海竜をかわして剣を薙いだ。


「私の弟子に触れるな!」


 彼の言葉に、魔物はつまらなそうにリティアの腕を放した。しかし隻眼の海竜はリティアに顔を寄せる。


「ーーお前に何が出来る、魔力の尽きた魔導士」


 唇が触れそうな距離で、囁かれるように言われた言葉に、リティアは魔物を睨みつけた。


「私は、魔法の使えない弟子だったのよ。いまさら魔力が無いくらいで、何も諦めたりしない」


 自分を見つめる赤い瞳に、リティアは逃げることなくまっすぐに見つめ返した。


「どうしてこんなことをするの?今までは深い海の底で暮らしていたんでしょう?」


 静かに深く滑り込むように発せられた彼女の問い。まっすぐに見つめる瞳には、抗えない魅力がある。リティアの浄化者としての力なのか、もしくは彼女の中に溶けた操心の魔族や、魅惑の魔王の力なのかーー。

 海竜は彼女に自分の心をさらけ出す誘惑にうっとりと口を開いた。


「始まりは、人間の方からだ」


 海竜は夢の向こうを眺めるように、話し始めた。


「我らは深遠なる海に住んでいた。人など、精霊すらも来ない楽園に」


 赤い瞳が揺れる。



 仲間とただ静かに暮らしていた。

 だがあるとき、人間の一団がやってきて彼らの住処を荒らし、海竜の卵を盗んで行った。

 海竜の卵は親から生まれるわけではない。水の底で長い時をかけ、魔力が集まって卵となり、一族の魔力を吸って成長する。卵そのものにも強い魔力が宿り、魔法生成の材料として高く売れるし、もし孵化し、海竜の幼体が産まれれば、それもまた使い魔や愛玩用として高く売れる。どちらにしろ欲深い人間には、金の塊のようなものだったのだ。


「我らは盗人を追った。しかし卵は戻らなかった。我らの大事な仲間であり、我ら一族の魔力を注ぎ込んだ宝珠を奪われたのだ。許さぬ」


 ヒトに報復を。そう考えて港を荒らした。



 気の毒だとは思う。 けれど。


「なのに、水の精霊たちを喰らって騙したの?仲間を失う、同じ痛みを知っているのに」


 リティアの声は、責めるのではなく、ただ疑問として発せられる。だから海竜も、反発無く話してしまう。


「我らは魔性だ。破壊と破滅を好む。報復と思っているうちに、だんだん目的など忘れてしまったのだ。人や精霊を喰らい、滅ぼすことが愉しくなった」


 そうして暗い海の底に居た海竜が海の上に出て。

 煌めく強い輝きに惹かれるようになった。金色の髪、銀色の髪、虹色に輝く魔力。


「もう止まらないのだ、砂漠の姫。卵を失い、多くの魔力の源を奪われ、何を喰らっても満たされぬ」


 隻眼の海竜を見つめて、リティアは気づいた。彼の片目の怪我は、港でアランにつけられたものだ。首を斬り落としても再生する魔物が、なぜ片目を失ったままなのか。


「お前達はもう、死にかけているのではないか?魔力の源を失って、再生能力を維持するために余計な治癒が出来ぬほど」


 もう一体の海竜に剣を向けて、シーファが問うた。彼もリティアと同じように気づいていた。リティアの前にいる海竜は魔導士を振り返って言った。


「だから我らはなんとしてもお前達を喰らいたいんだよ!」


 銀の魔導士の問いに、凶悪な蛇は唸り声をあげて飛びかかる。突き立てられようとした牙を、シーファが剣で打ち返した。その顎を深く切り裂いて、岩場から蹴り落とす。倒れ込む海竜を見る間もなく、リティアは隻眼の海竜が目の前で蛇に変化するのに気づき、目を見開いた。


「やめて、海竜ーー」

『ガアアッーー』


 一気に迫り来る牙に悲鳴を上げるリティア。


「ーーっ」


 その前に飛び込んできたシーファが、剣で海竜の牙を受け止める。


「私の、弟子に、触れるなと言っただろう!」


 剣を握る手に思い切り力を込めれば、“ガキンッ”と派手な音を立てて、牙が一本砕けた。しかしなおも押し続ける魔物に、リティアは師に防御魔法を注ぎながら呼びかける。


「海竜!お願い、もう止めて!私の中に来て、一緒に生きよう!」


 その言葉に隻眼の海竜は一瞬動きを止めた。リティアの差し伸べた腕を、確かに見た。けれどもう一方の海竜が鎌首をもたげ、その迷いを打ち消そうとするかのように咆哮を上げる。


『我が分身を誑かすか、砂漠の姫!我らは双つで一つの魔性だ。人間のお前如きに浄化などさせぬ!』


 両目を怒りの色に染めて、もう一体の海竜もこちらへ飛びかかってきた。


「ーーリティア!」


「きゃあああっ」


 シーファが彼女を抱き寄せてかろうじて逃れるが、その間も隻眼の海竜がガチガチと牙を鳴らして、シーファの剣を噛み砕こうとしている。

 次に同時に狙われたらーー。

 青ざめるリティアの前で、シーファが舌打ちした。剣を合わせたまま、隻眼の海竜に呼びかける。


「お前は我が弟子の浄化を受ける気はあるか。それとも、この飢えた魔性のままで死を迎えたいのか?」


 彼の問いに海竜は残された片目を細めた。


『私は、半身を裏切れない』

「そんなの、どっちも幸せになれないよ!」


 リティアがもう一度彼に手を差し伸べた。


『ーーおのれ、砂漠の姫!』


 両目の海竜が怒りの声を響かせ、リティアに向かってくる。シーファがそれを庇ってその牙を叩き逸らすが、体勢が崩れ、膝をついた。かすかに上がっている息と額を伝う汗。


「お師匠様、まだ身体が戻ってないんじゃ」


 リティアは慌てて彼に問うがーー彼は不敵な笑みを崩さない。


「これくらいは大丈夫だ」


 確かに剣技はいつも以上に冴えているが。


「それよりも、お前はあいつらを助けたいのだろう?」


 少女はハッと息を飲んだ。

 シーファが彼らに止めを刺さないのは、魔物の強さ故の困難ではなく、リティアが浄化するのを手伝ってくれようとしているのか。


「お師匠様、私」

「ならば好きなようにしろ。私が機会を作る」


 剣を支えに立ち上がる師に、リティアは頷いた。しかしーー。


「ーーリティア!」


 彼がハッと顔を上げたその瞬間。

 凄まじい圧力と共に迫る、隻眼の海竜のその牙がーー


 リティアの身体に喰らいついた。

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