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The same as you 1.

 洞窟の開いた天井からこちらを覗きこむように立つ長身の影。

 外の光を背にしたその顔を良く見る前に、ひらりと飛び降りてきたその人は少女の前に軽々と、優雅に着地した。

 パラリと零れる銀色の長い髪。杖を掴む腕と、長い指。

 リティアは見慣れた広い背中が、海竜と自分との間に立ちはだかるのを見る。

 彼は。


「シーファ……?」


 突然過ぎて、実感が湧かなくて。呼ぶ名は疑問符がついてしまう。


「ーーふ、少し会わなかっただけで、師匠の顔を忘れたか?」


 微かな笑い混じりの彼の声。


「……だって。顔、見てない。こっちを向いて、見せて」


 後ろ姿は、確かに見知った彼だけれど。

 足りない。それだけじゃ、足りない。


「こっちを、向いて。お師匠様!」


 枷をされて自由にならない手首がもどかしく、彼女は逃れるように身をよじった。水で出来た枷はリティアの肌を傷付けはしないが、無理に動けば肩を痛める。それでも構わず引けば、筋を引き伸ばす痛みが走った。


 そんなの、いい。今は。


 彼女の様子に気づいたのか、彼が少しばかり焦ったように振り返った。


「馬鹿、怪我をするーー」


 ーー青い瞳。


「リティア」


 リティアを呼ぶ唇。その、顔は。何よりも欲しかったもの。愛おしいその人。


「ーーシーファ」


 彼だ。間違いなく、リティアのお師匠様、銀の魔導士でありーー大切な恋人だ。

 いささか疲労の色は見えるが、なに一つ損なわれることなく、しっかりと立ってそこにいる。ーー生きている。


「ーーっ」


 気がつけば、頬を伝って涙が零れ落ちていた。一粒落ちれば後から後から、リティアの頬を濡らしていく。


「……っ、無事で、よかっ……」


 言葉を紡ぐことなどできない。こみ上げるのは、ただ彼を想う気持ちで。そんなの、どんな言葉でも表せない。いいえ、一番近いのは。


「ーー愛してる。愛してる、シーファ……っ」


 叫ぶように。泣きながらそう告げるリティアに。


 シーファは目を見開いてーー深く微笑んだ。


「……逢いたかった……。私は、あなたがいないと」


 なおも続けようとした彼女だったが、シーファの手がその頬に触れてそれを止めさせる。魔物の前だと忘れてしまうほど、彼の表情は優しくて。ゆっくり近づくその瞳に、リティアを映して煌めく。


「ーーああ、知っている」


 声でさえも、甘く感じるなんて。


「ーー私も同じだからな。愛してる、リティア。ずっと逢いたかった。お前が居なくては、俺は生きてゆけない」


 ーー同じ。

 そればかりか、リティア以上に全てを口にしてくれた彼に、ますます涙が溢れてしまう。


「……っとに、お師匠様ですか……?」


 ついそう漏らしてしまえば。シーファは彼女と額を合わせてクスリと笑った。


「当たり前だ。こんなお前にベタ惚れの色男が、他にホイホイいてたまるか」


 その唇が、重なった。

 触れた瞬間は少し冷たかったそれが、すぐにお互いの熱で温かくなって。虹色の煌めきと共に、リティアの胸元にアルティスの秘石が現れる。しかしそれは、いつもよりもずっと小さく、彼女の手の中に収まりきる程しか無い。

 唇を離したシーファはそれを見て、軽く目を伏せた。


「……随分と魔力を消費してるな。私のせいか」


 リティアがこの二晩、彼を探して魔法を使い続けていたことに、シーファはちゃんと気づいていた。労わるように弟子の頭を抱えて撫でる。


「心配かけたな」


 師の胸に抱き締められて、リティアはまた涙を零す。


「っ、たくさん血が……あなたが、死ぬかと」


 魔法で傷を治すことは出来る。けれど失った命を取り戻す魔法は無い。

 ーー少なくとも、アルティスにもできないことだ。

 大切な人を、自分の命を、永遠に喪う恐怖は、魔法使いにも等しく訪れるのだ。


「……そうだな。けれど私はそう簡単に死んだりはしない。お前のような半人前を残して逝けるわけがあるまい」


「お師匠様の、意地悪……」


 思わず文句が出るが、彼は楽しそうに微笑んでリティアの頭にキスを落とす。

 そうして身を起こすと。銀色の髪をなびかせて、振り返った。


「ーーお前をこんな目にあわせた蛇共は、お師匠様が退治してやろう」



 視線の先には、二体の海竜。人型をしたまま、赤い瞳でシーファを睨みつけている。隻眼の海竜が口を開いた。


「なぜお前がここにいる。西の島で眠っていたはずだろう」


 その問いに、シーファがニヤリと笑った。


「一度眠りから覚めて、港へ通信したんだ。私の魔力は底をついていたが、事前に騎士団の通信装置を借りていたのでな」


 彼が懐から小さな鏡を出した。リティアは驚きに目を見開く。

 それはあの港の支部でラセインとラクロアが会話した装置と同じ原理のものだ。魔法使いでなくても使える通信装置。いつの間に。セインティアの騎士とただ世間話をしていただけでは無かったのだ。師の用意周到さに、弟子は舌を巻く。


 「そうしたら、リティアが精霊に呼ばれて海に出たと聞いてな。弟子の魔力を辿ってみたらここに着いたというわけだ」


 彼の語る事実に、両眼の海竜が怪訝な顔をした。


「しかし、そなたはここまで来る魔力など残っていなかった筈であろう。飛ぶにしても泳ぐにしても、これほどまで早いとはどういうことだ」


 シーファはその問いに屈んで、そこにあったものを拾い上げた。灰色の身体をぐったりと横たわらせた水の精霊だ。


「こいつがここへの転移魔法を残していた。おそらくお前達の目を盗んで私にリティアの居場所を伝えるためだろう。小さくても、なかなかやるものだ」


 手のひらで軽く魔法を掛ければ、精霊は鮮やかな色を取り戻す。彼の肩にくるりと飛び上がった。


「キラキラの魔導士、ワタシに姫のことを頼んだ。ワタシは怖い嘘つきの海竜より、優しいキラキラの魔導士や、優しいキラキラの姫様が良い」


 ぐるぐるとその尾を振る魚型の精霊に、海竜たちは憎々しげに舌打ちした。しかし、思い直したように口元を釣り上げる。


「ふん、脆弱なだけかと侮っておったわ。しかし、二人揃ったなら好都合。まとめて喰らうまでよ」


 その身体が膨れ上がり、人の姿から蛇へと戻ってゆく。

 洞窟いっぱいにひしめく身体、剥き出しの牙、銀の鱗、凶悪な赤い瞳。


「お師匠様……」


 息を呑むリティアの前で、シーファは杖を構えた。


「お仕置きタイムだ、馬鹿者共め。ーー我が杖よ、全てを切り裂く刃となれ」


 変化の魔法で杖を剣に変えてゆく。それを掴み、ひと薙ぎしてーー銀の魔導士は不敵に笑った。


「蛇ごときに好きにさせるものか。結末は、魔法使いが囚われの姫君を救い出してハッピーエンドだ」

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