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Trap 2.

 リティアは水の精霊と共に小島に向かっていた。

 魔法をかけられた舟は、彼女が漕ぐよりもずっと速く進む。海竜に見つからないように目くらましも掛けてある。順調に近づいているはずだった。

 だというのに、胸騒ぎが消えない。


 ……どうしてだろう。

 シーファに近づいているはずなのに、何にも感じ取れないからなのか。


「砂漠の姫、こっちだよ」


 リティアの様子に構わず、水の精霊は方角を示す。しかしそれは、彼女が向かっていた方向ではない。


「え?だって西って……」

「ちょっとズレていたみたい。あっちから海竜の気配がするよ」


 ラセイン王子達と見ていた海図には、そちらの方角に島など無かったはずだ。リティアは怪訝に思いながらも、精霊のいう通りに舟を向ける。人間の彼女よりも精霊の方が海竜の存在を掴みやすいのだろう。今は精霊の言う通りに進むしかない。

 しばらくそのまま進み続け、陽が高く登りきる頃、舟の先に小さな島が見えてきた。精霊の言った通りだ。

 海面に変化は無い。海竜の気配も感じられないがーー。


「シーファはあそこに居るのね?」


 リティアが精霊を振り返ると、魚のようなそれはキラキラとした尾を、またひらりとひるがえした。


「……ごめんね、砂漠の姫」


 ポツリと零された言葉に、リティアは目を見開く。島を見ていた顔を精霊に向けて。


「え?どうして」


「ーーワタシ、嘘をついた」


 精霊はふるふると身体を震わせた。その様子にリティアは問い返す。


「嘘って?」


 がくん、と軽い衝撃に振り返ると、舟が小島の入江に着いていた。その先にいくつも洞窟が見える。それに気を取られていると、精霊が口を開いた。


「銀の魔法使いは、ここには居ない。最初に王子様に教えた西の島にいる」


 精霊の言葉にリティアはハッとする。先ほど進路を変えなければ、そこへ行けていたのかと。


「シーファは……無事なの?」

「あそこは海竜には手が出せない場所だから、彼は無事だよ。魔法も使えずに眠っているのは本当なんだ」

「どういうこと……?」


 シーファの無事を聞き、安堵すると共に、リティアは戸惑いを浮かべる。

 それならなぜ精霊は、彼が海竜に捕まったなどと嘘をついたのだろう。わざわざ本当と嘘を織り交ぜて、何をしたかったのだろう。

 その嘘で、動いたものは?

 それによって、動かされたものは?


「ーーわたし?」


 ふと思い立ったのは、自らの行動。そして、今ここに、ひとりきりでいる事実。

 精霊も肯定するように回る。


「魔法使いは結界の島に守られて手に入らない。だから海竜は砂漠の姫を手に入れることにしたんだ。姫をおびき寄せるために、ワタシに嘘をつくよう命じた。魔法使いも王子も騎士も居ないここに、姫を呼ぶため」


「っーー!」


 リティアは息を呑んだ。何かを思う前に、身体が動く。

 舟から飛び降りて、陸に上がり全速力で走り出した。


「……っ」


 しかし、気がつくのがあまりに遅すぎた。リティアを嘲笑うかのようにーー


“ザアアアッーー!”


 海から二体の海竜がその姿を現した。それを肩越しに確認して、血の気がひく。

 彼らに届かない陸まで、逃げなくては。


「っ、や、」


 恐怖にもつれた脚を必死に前へ出す。転びそうになるが、構っていられない。


“ヒュッーー”


「守りの盾よ!」


 耳元で風を切る音がして、リティアは反射的に短い防御魔法を唱える。間一髪、海竜の牙がガチンと魔法の盾に阻まれて、彼女に届かず逸れた。しかしそれを確認する間もない。なんとかあの洞窟まで逃げ込めば、海竜の長い首も届かないだろう。


 早く、速く!!ーーあと、少し!


 洞窟はすぐそばだ。背後から迫り来る魔物の息遣いを、振り切って逃げ込んだーーと思ったその時。


 目の前に急に現れた人影。

 そこに激突するように飛び込んだ彼女を強い腕が捕らえた。


「わっ!ぷっ!」


 リティアが顔をあげ、凍りついた。


「ーーうそ」


 そこにいたのは。

 青い髪のーー人間の男性のような外見、端正な顔立ち。しかしその肌は銀色で、鱗に包まれていて。ニヤリと笑う口には鋭い牙。ギラギラ光る真っ赤な瞳。

 そしてーー同じ姿形をした二体。

 ーー否、片方は左目に大きな傷を負っていた。


「……っ、あなた達」


 うわずった声は、魔物に届いたのか。


「我らが蛇の姿しかとれぬと思ったか?」

「可愛い姫よ。とっても美味しそうだ」


 ガタガタと震え出すリティアを強く捕まえたまま、魔物は嗤う。


「「我らは海を統べるもの」」


 ーーああ。

 リティアは声にならない息を漏らした。


「「そして、お前達が海竜と呼ぶもの」」


 シーファ……。


 片方の海竜がリティアの腕を掴んで引き摺り、洞窟へと入っていく。


「や!」


 リティアは必死で抵抗するが、人型とはいえ海竜の力には全く歯が立たない。ズルズルと奥へと連れていかれて。

 海の水が引き込まれたそこは、足元が浅い川のようになっていて時折滑りそうになるが、魔物は彼女の様子など構わない。洞窟の奥まで進むと、水の溜まった広い場所に出た。頭上がぽっかりと開いて、その向こうに青い空が見える。


「来い」


 隻眼の海竜がリティアを岩肌に押し付け、魔法で水の枷を作り出し、そこに拘束した。


「さあ、夜まで時間はたっぷりある。お前の魔力を引き出すにはどうしたら良いかな」


 魔物はニヤリと笑ってその牙をあらわにすると、リティアを眺める。もう一体も彼女に近寄ってきた。


「砂漠の姫。お前は強大な魔力の器なのであろう?そこの脆弱な精霊が言っておったぞ」


 海竜の言葉にリティアが精霊を見れば、それは俯いて小さな声を漏らす。


「海竜。キラキラを見つければ、ワタシ達の住処を、仲間を返してくれると言った。キラキラ魔力の姫だ。ワタシの仲間を返して」


「ーーは、あははは!」


 精霊の願いに海竜達は笑い出した。


「馬鹿な精霊よ。お前の仲間などもう全て喰ってしまったわ」

「我らはこの島が気に入った。出ていくなどと申しておらぬ」


「ーーそんな!」


 精霊は悲痛な声で叫んだ。

 煌めく尾がさあっと青色に変わり、魚の体がグルグルとその場を回る。


「酷いよ!約束が違う!」

「ーー知らなんだか、精霊よ。我ら魔物は嘘をつくのだ。精霊であるお前すらやったではないか。自分の為に嘘をつき、砂漠の姫をここに連れてきた」


 酷く残酷に嗤う海竜に、精霊はポトリと地に落ちた。もはや美しかった身体が灰色にかわる。


「酷いよ、ワタシはただ、仲間と家を返して欲しかったのに」


 泣いているかのように、フルフルと震える精霊に、リティアは気の毒になる。

 彼女を騙したとはいえ、精霊には精霊なりの、やむを得ない事情があったのだ。精霊は人間のように、簡単に引っ越しなどできない。より自然に所縁の深い彼らは、生きるのに最適な場所を見つけるのが大変なのだ。仲間や住処を奪われるのは、さぞ辛いことだろう。下手したら消滅してしまうことだってあるのだ。

 リティアはキッと海竜達を睨みつけた。


「あなた達、なんて酷い事を!」


 怒りを滲ませる彼女を、魔物はかわるがわる覗き込む。


「お人好しの姫だなあ。自分を陥れた魚に同情するとは」

「他者よりお前の身を案ずるべきであろうが」


 もう一方よりもやや砕けた喋り方をする隻眼の海竜がリティアの顎を捕らえた。間近で見る魔物に、リティアはビクリと身を震わせる。


「態度に気をつけるんだな。女のいたぶり方なら、幾つも知っている。強い苦痛に塗れた悲鳴は、魔力を上げるからね」


 その赤い舌を伸ばし、ペロリとリティアの頬を舐める。その先にある彼女の柔らかな耳朶に、海竜の牙が軽く立てられたことに気づいた瞬間ーーそこにピリリと痛みが走った。


「ひっ……」


 血の匂い。彼女は恐怖に小さく悲鳴をあげる。


「こら。一人だけ味見はならぬぞ」


 両目の赤い光を煌めかせた海竜が、隻眼の兄弟を諌める。隻眼の海竜はニヤニヤ笑ってリティアの耳についた傷を舐めた。同じように首すじに牙を立てーー


「嫌だ、やめて!……ひぁっ!」


 また、一つ。

 幸い痛みも傷も大したことはないようだが、リティアはすっかり怯えてしまった。だって元は巨大な蛇なのだ。気持ち悪い。


「ーーやっ、何!?」

「大いに怯えるが良いよ」


 隻眼の海竜から伸ばされた手が、彼女の服の前を引きちぎった。幸いにも重ねていたうちの一枚だったので、素肌が覗くようなことはなかったが。 リティアはその行動に目を見開いた。


「な、何するの!?」

「何って……ひん剥こうと思って。ああやっぱり、人型じゃ上手く力加減が出来ないな」


 ボソリと呟く兄弟に。


「……全く、お前はまた。人間の女と見ればそれか。恐怖を与えるなら、犯すよりも指一本でも喰らってやれば良かろうに」


 堅苦しい口調で話すもう一体の海竜が呆れたように呟き、リティアはその意図を知らされて、思わずポカンと口を開けた。


 え?なにそれ。


 海竜が彼女に対して抱く執着は、単なる捕食対象としてだ。

 しかし、魔力を引き出し“美味しく”食べる為に、リティアの恐怖を煽る手段として辱めを与えることを考えたらしい。


 ーー何てことを。どうりでなんだか、エロい迫り方をするものだと思った。


「ちょっと、ふざけないでよ!蛇のくせに!」


 恐怖よりも怒りを覚えて、彼女は目の前の海竜を睨みつけた。

 欲求すらなく、ただ獲物を怖がらせるためだけに?そんなお遊びで、手を出されてたまるか。



「私に触れても良いのは、シーファだけなのよ!!」



「ーーまったくその通りだな。よくできました、と言ってやりたいところだが」



不意に耳に響いた、低い艶のある声。




「無謀にも程があるぞ、馬鹿弟子め」




リティアの目の前に、銀色の光が舞った。

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