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Hidden love

「おい、何だったんだ、さっきのは」


 魔物の探索に数日を要すると判断したシーファは、ひとまず街道沿いの宿を取って、滞在することを決めた。最初からそのつもりだったのか、すんなりと彼は手はずを整えていて、ますますリティアは自分の無力さを痛感させられたのだけれど。

 部屋に入るなりシーファはリティアに問うた。レイウスが姿を消したあの後から、リティアは黙ったままだったのだ。


「聞いているのか、馬鹿弟子」


 ーーぷに。

と頬を引っ張られて、リティアはうわあっと叫ぶ。


「ひゃにふんでふか、しーひゃ!」

「きーこえーませーん」


 大人げなくそう言って、シーファは感触が気に入ったのか、もう一方まで掴み上げる。


「この万年未熟者め、あんな胡散臭い魔族野郎に何度も触られそうになりやがるとはどういうことだ」

「お、おひひょーしゃま!」


 涙目になりながら何とか師の両手をどかして、リティアは頬を擦る。

 何するんですか、もう。たまに予想外のことをしでかすから、この師は心臓に悪い。リティアは先ほどのシーファの言葉に思い当たって、尋ねた。


「レイウスが魔物って知ってたんですか?」


 お師匠様は髪をかきあげて苛立たしげに鼻を鳴らした。よほどレイウスが嫌いらしい。


「嫌な感じはしていた。けれど目的が分からなかったからな。危害を加えるつもりなら最初からやっていただろうし」



ーー目的。



その言葉に、レイウスの語った話を思い出して、リティアは両手を握りしめた。師を見つめて、口を開く。


「レイウスの目的は……アルティスの秘石だそうです」


シーファが瞬きをした。


「大魔導士の魔力のかたまり。それが私の中にあるって。……レイウスの嘘ですよね」


 リティアは震えそうになる声を押し隠した。


「私が魔法を使えないのは、シーファがアルティスの秘石を私の魔力ごと封印したからだって」

 嘘ですよね?


 再度問えなかったのは、シーファがまっすぐにリティアを見つめたからだ。

 こんな瞳には覚えがある。



『私はお前の両親からお前を託されている。けれどお前は魔法使いになりたいか?どんなに険しい道でも進む覚悟はあるか』


 初めて弟子入りを決めたときの、あのーー。

 リティアの覚悟を問うような。


「本当だ」


 短く言われた答えに、一瞬理解が追いつかなかった。え?と聞き返した彼女に、シーファは頷く。


「お前はアルティスの器。私はそれを封印した」

「ど……どうして」

「強過ぎるからだ。お前にはまだ制御できない力。溢れたアルティスの魔力はあらゆる魔物を引きつけ、奴らはお前を手に入れようと狙ってくる」


 淡々と話す彼には何の色も見えない。いや、わずかにーー罪悪感?

 ならば、知っていたのだ。何もかも、リティアが落ちこぼれな理由も。


「私が魔法を使えなくなると知っていて?じゃあなんで弟子になんてしたんですか!無駄な努力に終わると、知っていてーー」

「無駄じゃない!お前にはアルティスの魔力を制御する術を学ばせようとしてきたんだ!いつか封印が解けても、自分自身を守れるようにと。

それに完全に魔法が使えなくなったわけじゃない!秘石を封じたままでも、ちゃんとお前本来の力を引き出せるようにするつもりだった!」


 珍しく声を荒げ、口調の崩れたシーファの言葉に、リティアは気圧されて息を吐いた。

 彼はリティアを守るために手を尽くし、さらには魔導士として育ててきた。魔法が使える可能性はゼロではないとも言った。ならば彼を責めるのは間違いだ。


「ごめんなさい……」


 自分の力不足だ。それを彼のせいにしてしまったのが恥ずかしい。


「いや、確かに魔力の発動が難しくなったのは封印のせいだからな。すまない」


 シーファは苦笑いしてそう言って、リティアの頭を撫でる。それが妙に優しくて、リティアはどきりと心臓が跳ねたのを感じた。


「じゃあ、シーファが『魔導師』として国に登録してないのはなぜですか」


「馬鹿弟子、年間登録料いくらすると思っているんだ。別に公式登録したってささやかな弟子育成補助金が出たり、商売の認可が降りるだけの、ただのお役所制度だ。私には意味がわからん。お前が弟子だというのは、私とお前だけが認めていれば構わないだろう」


 ーー弟子と、認めてるって、いま。


 シーファから聞けると思ってもいなかった言葉に、リティアは泣きそうになるのを必死で堪えた。それもお師匠様には気づかれているんだろうけれど。


「お前が鍛錬すれば、いつか封印が解けても対処できる。そうなった時には、私をも凌ぐ大魔導士にもなれるかもしれない」


 リティアは目を丸くした。


「シーファより、凄い魔導士?」

「調子にのるな、馬鹿弟子。100年早い」


 遠回しに励まされたと理解して、リティアは微笑んだ。

 やっぱり、彼は師だ。リティアを導いてくれる、光。

 乱暴なことを言っても結局は責任を感じてくれているし、リティアを見捨てられないのだから。


(優しい、んだよね)


 けれど、シーファの言葉が気にかかった。


「いつか封印が解けるって……」

 どうやって?


 リティアの視線に、シーファが躊躇いながら口を開いた。



「……お前がいつか誰かを心から愛し、愛されたとき、その相手との口づけで魔法は解ける」



…………。



「は?」

「言うな!私だって恥ずかしい!」

「え、え、なんでそんなロマンチックなんですか?王子様のキスで魔法が解けるっておとぎ話みたい」


 真っ赤になって子供が誰でも知っているような童話を挙げれば、不機嫌そうに師匠はどかっとベッドに腰を下ろした。けれどちゃんと説明してくれる。


「そういう王道にはちゃんと理由がある。愛とか恨みというのはどんな時代でも強い感情だ。強い感情を織り込んだ魔法ほど強く永く作用する。お伽噺も案外真実が織り込まれているものなんだよ。

アルティスの秘石の力は半端じゃなかったからな。私の手持ちの術式では抑えきれずに、出来るだけ正統な手段に頼らざるを得なかったんだが」


 それに、とシーファは少し目を伏せた。


「お前が誰かと……そんな恋をする頃には、アルティスの力を制御できるようになっているかと思ったんだ」


 穏やかに、けれどなにかを抑え込むような彼の表情に、リティアはなぜか胸に痛みを覚えた。


 なぜだろう。どうしてシーファはこんな顔をするの?

 ーー彼は、そんな恋を、愛を、知っているのだろうか。

 ーー誰かと?


 リティアはまだ恋を自覚したことがない。

 町へ出れば、若者から声をかけられることはあるが、魔術の勉強のことばかりで誘いに乗る余裕など無かった。リティアよりもよっぽど幼い恋人同士もいたが、特に何も思わなかった。


 彼女が心を揺さぶられる相手は、シーファだけ。


 けれどシーファに対してのこの気持ちが恋なのかは分からない。師としての彼を尊敬しているのは間違いないが、いつまでたっても魔法が上達しない弟子では、そんな甘い気持ちを自覚する暇など無かった。


(それにーーシーファは私を女として見ていない)


 リティアは結局、その事実に傷ついてーー何故傷つくのかも考えずにーー恋心を認められない。


 そうだ、彼の言う通り、私はまだガキなんだわ。そんな私に、封印を解けるはずが無い。だからーー大丈夫だよね?何も起こらない……よね?



「本当は……魔力が使えずにお前が魔導士の道を諦めるなら、それもいいと思っていた」


 シーファがポツリと零した。


「魔導士は常に危険と誘惑にさらされるものだ。そして一度それに負ければ身を滅ぼす」


 彼の言葉には重い響きがあって、リティアの心を打つ。弟子は師の顔を窺おうとしたが、シーファはその視線を遠くに向けたまま。青い瞳は一瞬迷うように揺れ、彼は目を閉じた。



「ーー私は、魔導士になどなりたくなかった」



 聞き間違いかとリティアは彼を見た。

 その言葉はふと、こぼれ落ちてしまったのだろうか。彼女に聞かせるつもりではなかったんだろう。シーファは首を横に振ってなんでもない、と答える。


「レイウスはきっとまたお前を狙ってくる。リティア、魔性に引きずられるなよ」


 リティアは頷いて、それを見たシーファは手を伸ばしてもう一度彼女の頭を撫でた。弟子は悔しそうに呟く。


「子供扱い、しないで下さい……」


 その手に、離れて欲しくないと思いながら。

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