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Do what shold be done

 少女の叫び声と共に、その身を包み込むように魔力の渦が巻き起こった。


「ーーっ」


 彼女の声も姿も掻き消すような、まるで竜巻そのもののような。

 ラセイン王子は高圧な魔力の風に目を開けていられずに顔を庇うが、それでもその魔力に阻まれて、リティアに近づけない。


「リティアさんーー!」


 彼の声が届かないのか、渦の隙間から見える彼女の顔は茫然とただ目を見開いていて。今は渦巻くだけの魔力が解放されれば、どれほどの力が襲いかかってくるのか考えるのも恐ろしい。


「ラセイン王子!」


 騎士の声にハッと振り返る。彼らは一人の騎士を取り囲んで、介抱していた。


「ーーっ、アラン!」


 駆け寄ると、アランの傷が思ったよりずっと深刻なものであると気づいた。

 海竜の牙に貫かれた身体は、片腕と肋骨を砕かれたようで、大量の血が流れていて。その顔色はもはや土気色に変わっていた。けれど脂汗に塗れた虚ろな瞳が、なおも主君を探す。


「……ラ、セインさま……ご無事で……?」


 よく見えていないのだと気づき、ラセインはアランにその顔を寄せる。


「ーー無事だ。ここに居る」

「……よかっ……」


 彼が言葉を発せようとすれば、口元から血が溢れる。それでも微笑もうとする従者に、ラセインは悲痛な顔を向けた。無理矢理に傷口を押さえ、出血を止めようとするが、その手までどんどん真っ赤に染まってゆく。


「口を開くな!治癒魔法を使える者は!?」


 周りを見回すが、騎士達は青ざめた顔で首を横に振った。魔導師が居るのはアディリス側なのだ。ラセインには治癒魔法は使えず、フォルレインはラセイン以外を治癒することは出来ない。王子は自分の無力さに愕然とする。


「頼む、しっかりしろ、アラン。お前が死んだら、姉上に何と言えば良い……。それに、僕だって」


 姉の大事な存在という以上に、幼馴染の従者はラセインの兄のような存在でもあるのだ。いつもいつも軽口を叩いては、不真面目そうに見せているけれど。

 ラセインの近衛騎士で居る為に、わざと昇任試験を受けずに王の近衛騎士にならないことも。王子が恋を守る為に家を出ても、全力でごまかしてくれて、王国との間を繋ぎ続けていてくれていることも。王子の身も、志も、想いも、全てを護ろうと力を尽くしてくれていることも。全部ちゃんと知っている。感謝もしている。

 ラセイン王子を護るのが彼の仕事だとしても。その命を捧げると、誓っていても。それでも喪うことなど、今まで考えもしなかった。


 ラセインの目の前で、アランの瞳が閉じてゆく。それを引き止めるように、王子は近衛騎士に言葉を重ねた。


「……僕の戴冠式を見たいんだろう?今、離れることなど許さん……!」

「です、よね」


 彼の言葉に揺れるアランの瞳が、ふと緩む。


「セアラ……さま」


 金色の髪が、弟の容貌が、愛おしい姫君を思い出させたのか。伸ばされた手がーー胸元を掴んだ。


「……言った通りに、なった、な」


 何かを出そうとして、しかし彼の手から力が抜ける。


『ラセイン!アランは魔具を持っている!』


 フォルレインの声に、ラセインが顔を上げる。

 アランの首に掛かる鎖を引き出して、その先の水晶に姉の魔法が閉じ込めてあることに気づくと、それを掴んだ。


「発動ーーこの者を癒したまえ」


 水晶から溢れる光に、アランの身が包まれる。けれどーー高位魔導師の姉の魔法であっても、この重傷を癒しきれる勝算は無かった。ぎりぎり命を繋ぎ止めて、死を遅らせるだけだ。このままでは確実に、命を落とす。


「アラン……」


 王子は立ち上がりーー歩み出した。その強大な魔力を持つ、魔導士見習いの少女へと。


「ラセイン様、危険です!」


 騎士達が止めるが、構っていられない。

 今この場に居る魔導士は、彼女だけなのだ。


『ラセインーー』


 相棒は彼を支えようと光り輝いて。フォルレインと共に、圧力に抗って一歩ずつリティアに近づく。


「リティアさん!アランを助けて下さい。アルティスでもなく、シーファでもなくーーあなたしか居ません」


 必死で呼びかける王子だが、その先の竜巻に変化は起こらない。少女の耳に届いているのか、それすらも今は分からないが。アランがあの重傷で、海に引き込まれたシーファの身もどうなっているのかわからない。けれど、それを悲観している暇などない。まだ何も終わってなどいないのだから。

 やるべきことは、目の前にある。


「僕のーーいや」


 ラセインはその顔を上げた。

 いつもの優しげな淡い微笑などどこにも無い、厳しく重厚なーー王者の顔で。王子は彼女を見つめたまま、口を開いた。


「ーー私の、セインティア王国王子の命に従え!我が地に生きる銀の魔導士の弟子よ!ここで自我を失うなどという甘えは許さぬ!我が近衛騎士の命を救い、魔導士の救出を行う術を持つのはそなた以外に居ないのだと知れ!」


 絶望するのは、まだ早い。諦めたりなどしない。

 だから、見失うな。


「アルティスの器にして、銀の魔導士の唯一の弟子、リティア!!」


 渦巻く魔力が弾けて、その切れ間からストロベリーブラウンの髪が舞い。

 リティアの瞳が、ラセインを見たーー。



**



 魔物に傷つけられ、海に引きずり込まれたシーファを目の当たりにして。誰よりも愛しい人の命が失われる恐怖に、耐えられなかった。自分が何であるかも忘れてーー魔力が噴き出すのを止められなくて。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ!シーファ!

 ーーアルティス、助けて!!


 ただ彼を呼んで、泣きわめくように助けを求めた。けれどアルティスに届かない。透明な壁を挟んで叫んでいるように、彼の存在が隔たれていて。アルティスはその向こうで首を横に振る。


『ーーリティア、私の力はもう君自身だ。同調すればするほど、私は君に溶けて行く存在なんだよ。君が自分で制御するんだ。私には何も出来ない』


「どうして!そんな……意味が分からないよ」


 なぜそんなことを言うの。


 リティアはいつだってシーファに護られてきた。

 別れることを決意したこともあったのに、本当に彼を喪う覚悟なんて無かったのだ。否ーーあの時よりももっとずっと、今でもシーファに惹かれ続けているからだ。膨らんだ気持ちの分、辛さも膨らんでいくなんて。

 彼がいなくては私は生きていけない。その想いが心に突き刺さる。


「助けてよ、アルティス……」


 お師匠様が居なくては。アルティスが居なくては。

 親鳥に見放された雛のような気分で、リティアが叫ぶ。


「私だけじゃどうしていいか分からないよ!アルティス!」


『ーーその言葉を、彼らの前で言えるのかい?リティア』


 は、と目を見開いたリティアの耳に、魔力の渦の向こうからラセイン王子の声が響いた。


「ここで自我を失うなどという甘えは許さぬ!

我が近衛騎士の命を救い、魔導士の救出を行う術を持つのはそなた以外に居ないのだと知れ!」


 絶望するのは甘えだと。

 叱咤されて気がついた。


 まだ、何もしていない。シーファが居ない今、この場に魔導士は私だけ。

 シーファと同じく海竜の牙に倒れたアラン。

 彼らが護ろうとした、この国の希望。

 王子は、自分に従えと命じることで、リティアの迷いを消してくれる。立ち止まるなら、道を与えてやると。そんな風に、リティアを支えてくれる人がいるのに。投げ出して泣くのはまだだ。


 私にしか出来ない。なら、私がやらなくちゃ。

 ーーお師匠様なら、そうする。


 リティアは渦の合間に見えた、アクアマリンの瞳を見つめ返して頷いた。


「ーーごめんなさい、ラセイン王子。私、もう大丈夫です」


 安堵の息を吐く金色の髪の王子は、もういつも通りの優しい空気を取り戻して。けれどその顔には焦りと不安を浮かべている。


「アランを、助けて下さい。僕の大事な従者を」


 彼の言葉に、リティアは近衛騎士に駆け寄った。余りに酷い様子に、シーファの怪我もこうなんだろうかと考えて、胸が締め付けられる。彼女の表情に、ラセイン王子が励ますように肩を叩く。


「必ずシーファも助けましょう。彼だって僕達の大事な友人だ」

「ーーはい」


 リティアはその手に治癒魔法を発動させた。

 柔らかな光はアランを包み込み、みるみるうちに傷が塞がっていき、その顔色が赤みを帯びてくる。


 大丈夫、助ける。だから、お師匠様。

 ーー無事でいて。

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