I’ll be there for you -side A-
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「どういうことですの、陛下」
王の執務室にて、仁王立ちになって父を睨みつけるのは、セインティア王国王女セアライリア。その金の薔薇と称される美しい顔が、今は怒りに満ちあふれていて。彼女の機嫌を示すようにその周りで精霊がちりちりと暴れている。
「そんな他人行儀な!お父様は悲しいぞ、セアラ」
威厳あるはずの王は、妻に良く似た美しい娘に詰め寄られてたじたじとなる。
「へ、い、か!シーファとリティアはこの国の為に尽力してくれた恩人です。ラセインを害そうとした魔族を浄化し、城を守ったではありませんか。罪も無い、いたいけな少女を捕縛するなんて見損ないましたわ!」
彼女の剣幕に弟王子も参戦する。
「そうです、父上。彼らが今後も我が国の脅威となることはあり得ません。シーファのことは、父上だってよくご存知ではありませんか」
ところが王はヒラヒラと手を振った。
「あれは性格が悪い。昔から私の言うことなど聞かぬ生意気な小僧だしな」
「「父上!」」
愛しい我が子に挟まれて国王はそっぽを向く。王としても、父としても、少々大人げない。
「わたくしが気を失っている間に、随分と素早く手を回されたものですわね。ずっと状況は把握してらしたんでしょう?全てが終わってからご帰還なんて、タイミングが良すぎますもの」
セアラは溜息を吐いて父を見つめた。その瞳がどこか自嘲めいた色を浮かべる。
「お父様、彼らがセインティアを害すると、本気でお思いなのですか?アルティスの力が我が国に脅威ならば、それ以上の力を持って国を護れば宜しいのだわ。わたくしが今すぐアディリスに嫁げばご満足?」
「姉上!」
ラセインが姉の強引な提案を諌める。しかしセアラは諦めたように言葉を返した。
「二人が災いでないと証明できないなら、そうするしかないでしょう」
「セアライリア」
ラセインは普段は呼ばない姉の名をあえて口にした。
「止めて下さい。あなたらしくもない」
自暴自棄になったような姉の言葉を、弟は怒りを交えて止める。
「もう少し僕を信じて。セアラ」
アクアマリンの瞳が真っ直ぐに見つめてくるのを、姉姫は力を失ったように見つめ返す。黙って二人のやり取りを見ていた王が、射抜くように娘を見た。
「お前も気づいているだろう?ーーあのリティアという娘は、魔物の心にも人の心にも影響を与えすぎる」
ラセインは姉姫を見た。こわばった顔は図星なのか。
ーーああ、そうか。
姉は、怯えている。自分の志が、誇りが、覆されることを。
信じていたはずの、自らの生き方を否定されそうで、諦めていたはずの、望みを暴かれそうで。きっとアランも同じなのだろう。
リティアとシーファを見ていると、望みそうになってしまうのだ。不可能を可能に変える力をつぎつぎと見せつけられて。叶うはずも無い想いが、叶う日が来るのでは無いかと。
王は溜息を吐いた。
「ーー信念を貫く自信が無いならば、関わるべきではない。もしアルティスの力が暴走した時、今のお前に、彼らを制御することができるか?
シーファには、迷いがない。だからあやつは強い。自らの心さえ迷うような今のお前に、アルティスを止められるのか」
厳しい言葉に、セアラは瞳を揺らす。
「わたくしは……」
言葉を継げられないセアラの手を、美しい手が包み込んだ。見ればラセインが姉姫の隣に立っている。
「ーー見くびってもらっては困ります。それは、僕の仕事だ。世継ぎの王子であるーーセインティアの次期王である、僕の」
弟の手はいつの間にか姉よりも大きくて。その温もりは力強かった。
「アルティスの力を制御するに相応しい、強靭な精神が必要ならば、それは僕の役目だ」
ーー願ってもいいんですよ、姉上。自分の幸せを。
ラセインは密かに思う。
けれどそう言ってあげられるのはきっと、自分が王としての力を示した後だ。
世継ぎの王子はそのアクアマリンの瞳を王に向けた。父親にそっくりな鋭いまなざしで。
「ーー僕が証明してみせます。シーファとリティア嬢は、セインティア王国に無くてはならない大事な友人だと」
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「んで?具体的には」
長椅子に尊大に腰掛けて、頬杖をついて。シーファは目の前の王子に首を傾げる。幽閉されたリティアの部屋ーーにて。秘密裏に相談をしているのは、ラセイン王子、アラン、シーファ、リティアの4人だ。
「問題なのは未登録だということでしょう。ならば登録してしまえば良いのではないですか。リティアさんを隠す必要も無くなりましたし、魔導師に登録しない理由もそれほど無いでしょう?」
ラセインの言葉に魔導士は息を吐く。
「却下。アルティスの力を一国の王家に支配される方が危険だろう。お前はリティアを巡って他国と戦争が起こる可能性も、当然考えているのだろうな」
冷たい目で言う師に、リティアはお師匠様、と袖を引く。
なんだかいつもよりお師匠様が攻撃的だ。言葉もわざとキツくしている気がする。
けれどシーファの態度にも、ラセイン王子は穏やかに返す。
「ならば僕個人との契約にしましょう。王国所属ではなく。それなら調査目的で今までの生活も保障できますし、王城に住んでもいい」
「ラセイン。私相手に話をごまかせると思うな。もうそんな問題で済まないことは、お前が一番良くわかっているはずだろう」
容赦のないシーファの言葉に、アランが引きつった顔で彼に迫った。
「さっきから何なんですかね、この不遜な大魔導士は。王子への不敬罪で叩きのめしますよコラ。つうか土下座の仕方教えてやりましょうかってんですよ。ほらそこになおれ、その巨大な態度を改めてやる」
アランも気のせいか、少し苛々している様子だ。
「王にやり込められた八つ当たりか、フォルニール隊長」
「んだと」
シーファもあえて煽るような態度を取って。リティアはハラハラと二人を見守るしか無い。
「よせ、アラン。そうですね、都合が悪い部分を黙っていた僕が悪かったです」
ラセインは従者を押さえた。彼は少しだけ考え込むように、その視線を揺らす。
「ならばーー王国のためにその力を使うと、証明しませんか。例えばーー魔物退治、とか」
「は?」
一同は彼の提案に怪訝な顔をする。いきなり出てきた話題にリティアが問いかけた。
「なんですか、それ……?」
「セインティアの北の海に魔物が出たんです。海路を塞いでいて、大陸との貿易が出来ない。今は転移魔法と南からの船でなんとか回避していますが、それだといずれは無理が出る。リティアさんの魔力で浄化してもらえませんか」
「なにを……」
シーファは流れるように話すラセインを止めようとするが、
彼はリティアに、ニッコリと笑いかけた。
「今回はアルティスの秘石が原因ではない、れっきとした国益を護る大仕事ですよ。リティアさん、聖国の英雄になってみませんか。せいぜい恩を売ってーー取引するんです」
ふわりと輝く笑顔は全く隙が無くて。まるでパーティ行きませんかと誘われているかのような明るさで。キラキラ全開の王子様の優しい声に、リティアは思わず頷きそうになってしまう。
「コラ!リティアをたぶらかすな。まったく、必殺技使いやがって。魔法よりタチが悪い」
シーファが弟子の視界を手で遮って、その笑顔から防御する。
「私達の擁護をしようとしてくれるのはわかるが、必要ない。いざとなったら力ずくでこの国を出れば良いだけだ」
不機嫌を隠しもしない銀の魔導士は、即刻断ろうとした。しかし王子は緩やかに笑う。
「僕は友人を失うのは嫌ですよ。アランもあなたがそう言うとわかっているから苛ついているんです」
心配しているのだと言われて、シーファは決まり悪そうに目を逸らした。けれど諸国相手に数々の交渉をまとめてきた聖国の王子は、シーファよりも一枚上手だった。
「タダとは言いませんよ、シーファ。あなたへの報酬は新しい杖なんてどうです?」
「は?」
いきなり即物的な提案をしてくる王子に、リティアは唖然と口を開いた。ラセインは笑顔のまま続ける。
「リスタリティカの希少なクリスタルツリーが手に入ったばかりなんですよ。ドラゴンの住む森から譲られたそうで、まだ市場に出てない一点もので」
「……っ。魔力の浸透率は」
「多分90%以上いくんじゃないかな。あなたなら完全に調律可能だと思いますよ。これほど魔力が伝わりやすい素材は、なかなか手に入らないんですよね」
「……っ。クソ、お前いいところ突いてくるな、ラセイン……!」
「なんなら魔法石も付けましょうか。こちらは先日キャロッド大公に頂いたものなんですけれど」
「こ、これは……っ。もう絶滅危惧種で取引が禁止された深海人魚族の魔法石ではないか。く、さすがに良いものを揃えていやがる……!」
……なんだろう。
王子様が買収はじめてる。百戦錬磨の悪徳商人みたいに、グイグイきちゃってます。……んでもって、完全にハマってます、お師匠様。
遠い目をしているリティアの目の前で。キラキラしながらシーファを全力でたらしこんでいる王子様。なんか、変。ここの王家、なんか変。
リティアの感想をよそに、アランがヒソヒソと王子に耳打ちする。
「……あのー。北の魔物て、王子が彼女に会いに行くのに邪魔だとかなんとか言ってたアレ……」
「なんのことかな、アラン?」
「……なんでもありません」
一石二鳥どころか三鳥も四鳥も狙ってくるとは、さすが我らの太陽。アランは出来すぎる主君を持ったことに、嬉しいやら怖いやらで複雑だった。
「……っ、そうだな。ここまで私達の事を思ってくれるのは理解したが、やはりリティアを危険な目に合わせるのは」
「ああ、こちらは見たことありますか?うちの王家が500年掛けて編纂した、門外不出の魔道書で」
「……っ、そうだな!魔物退治で民の平和を守るのも魔導士の役目だとも」
ガシリと手を組む銀の魔導士と、聖国の王子に。
リティアとアランは並んで溜息を吐いたのだった……。