Prisoner 1.
「「お断りします」」
リティアよりも先に答えたのは、当の王子とーーシーファだった。
「リティアさんは魅力的な方ですが、僕には心に決めた女性が居るし、それは父上もお認めになったはず。だいいちシーファが了承するはずがありません」
王子の言葉に、シーファはもっと直接的な言葉で答える。
「ふざけるなクソオヤジ。リティアは俺の女だ。もうろくしたなら、さっさとラセインに王位を譲って隠居しろ」
完全に言葉が素になっている。二人の剣幕に、王妃が困ったわねえ、と頬に手を当てた。
「あなた、ラセインの言う通りですわ。わたくしは、アディリスの月の女神を娘に迎えると決めております。それにシーファから可愛い恋人を奪ってしまっては、罪悪感でわたくし夜も眠れませんわ」
愛しい妻の上目遣いに、王はまんざらでも無い様子でその肩を抱く。
「おお、イリアレティアの眠りを損なってはならんな。睡眠は我が妻の美しさの秘訣だ」
「バカップル」
ぼそりと呟くアランにラセイン王子が密かに蹴りを入れる。
「同感だが、今は母上に頼るしか無い」
無敵の魔法の国の王様は唯一、美しい妻にめっぽう弱いのだから。
「強大な魔力を持つ他国の姫君となれば、政略結婚には丁度良いかと思ったのだが。ーーなあ、アラン?」
王の言葉に、アランはびくりと肩を揺らした。リティアはその様子に怪訝な顔をする。
どうしてアランさんに聞くの?
「ーー我が主はラセイン様です。主の意に添わないことは、私も望みません」
アランはその頭を下げて、王に進言するが。ーー王はクスリと笑った。
「優等生め。お前は嘘が上手い」
「……」
その視線から逃れるように、アランは目を伏せる。
「父上」
ラセイン王子が王の気をそらすように呼びかけたが。王は不意に厳しい目で一同を見渡した。一変して緊迫したその中、威厳に満ちた声で、高らかに王が告げる。
「アルティスの秘石を持ち、魔族を取り込みその魔力を増大させる、未知の力を持つ未登録の魔導士など、我が国の脅威にしかならん。ましてやその娘は他国の王族の血を引くもの。
娘の身柄は一時預かり、魔導士協会の審議まで拘束するものとする」
その言葉は、リティアをセインティア王国の災いと判断し、捕らえると明言するもので。
「ーーふざけるな、王よ!」
激昂するシーファと、目を見開くラセイン王子とアラン。
「お待ち下さい、父上!」
「陛下!」
リティアは真っ白になった頭で、なんとか考えようとしたが。
なにが、起こってるの?どうして?……私、この国の敵と思われてるの?
「ーー銀の魔導士とその弟子を捕らえよ」
どうしてーー。
彼女を守るように抱きしめた師の腕の中で。
自分の悲鳴を聞きながら、リティアは意識を失ったーー。
**
目を覚ますと、心配そうに覗き込む青い瞳。
「シーファ……」
手を伸ばせば、彼はすぐにそれを掴んでくれた。
「私は、災いなんですか……?」
夢の狭間にぽつりと零せば、彼の唇が額に触れて。
「そんな訳が無いだろう」
優しい答えが返って来た。
だんだんはっきりと覚醒してきたリティアがその身を起こすと。それは今までリティアが与えられてきた部屋だった。肌触りの柔らかなシーツの上で、眠っていただけのようだ。
「え、私達捕まったんじゃ」
意識を失う前に聞いた王の言葉を思い出せば、シーファは苦々しい顔をする。
「これを見てみろ」
彼がその腕を上げると、両腕の手首に文様が描かれていた。美しいが複雑な図形で描かれたそれは、魔法の術式に則ったもの。リティアは自分の手にもそれがあることに気づく。シーファは頷いて、説明してくれる。
「魔法封じの印だ。魔法が使えない。この部屋にも魔法で鍵が掛けられている」
魔法を使えなくされて、閉じ込められていることには違いないようだが。リティアは周りを見回して首を傾げた。
「でも……思ったより待遇良いですよね。地下牢とかに入れられるのかと思いましたけど」
ふかふかの寝台に、テーブルにはお茶とお菓子も用意されている。着ているものもなんら変わりない。拘束されている以外は、今までの城での待遇とそれほど変わらないように思えた。なんて配慮された囚人なのだろうか。もしかしたらシーファとリティアの家よりも、牢獄生活の方が贅沢かもしれないーー。
「私もそれは気になっているのだがな。あの様子では今にも幽閉か処刑かと思ったがーー」
リティアは師が考え込んでいるのを見て、その隣に座った。少し乱れたその銀の髪をとかすように触れれば、彼はリティアを抱き寄せる。
「とにかく、今セアラたちが王に直談判している。もう少しの辛抱だ。まあ、悪いことばかりではないさ。なにせ魔法が封じられている今ならーー」
シーファはその手でリティアの顎をとらえた。上向かせて、軽く唇を重ねる。
ーーしかし、身構えたリティアの身体に変化は起こらない。
「アルティスの秘石も封じられているということだ。邪魔が入らないというのも良いだろう?」
そのまま深くキスをしようとする師に、弟子は赤く染まった頬でわずかな抵抗を試みる。
「な、何言ってるんです、お師匠様。こんな時にーー」
「こんなときだからこそ、だ」
その先を言わなかった彼の配慮に、リティアは気づいた。
『この先、いつ命を失うかわからないのだから』
シーファの飲み込んだ言葉の、意味。それに気づいて愕然とする。
不安に震えたリティアを抱き寄せて、シーファが安心させるように背を撫でた。その手に促されたように。少女は自分から魔導士にキスをする。そっと、けれど熱を込めて。
「リティア……」
彼は少しだけ照れたように、けれど優しく微笑んだ。ーーのはずが。
「お前は悪い弟子だな。そうやってお師匠様をたぶらかす」
ニヤリと笑った師が、リティアの身体を寝台へ押し倒した。
「な、何言ってるんですか!ていうか、今までのほんわかムードは!?」
「は?私は最初から誘われてるのだと思っていたが」
安心させようとしていたはずの手が、今度はイタズラを始めて少女の腰を撫でる。
「ほら、発展途上の私じゃ物足りないんでしょう!?胸もおっきくないし!!」
「これからあちこち育ててやるから問題ない」
綺麗な顔をしてサラリと爆弾発言をする師に、弟子は真っ赤な顔で抵抗していると。扉の隙間から、ひらりと白い蝶が舞い込んできた。
「ーーおいおい。ヒトが首を掛けて奮闘中に、呑気にエロモードって何なの。おにーさん泣いちゃうよ、シーファ」
その蝶からアランの声がする。
「アランさん!」
リティアが恥ずかしさを誤魔化すように呼びかけると、彼は笑いを含んだ声で言った。
「もう少し、待っててね。必ず出してあげるからさ。今セアラ様とラセイン様が王様シメてるからさ」
……何か気になる単語が飛び出したけど。
シーファはその蝶を見上げて呟いた。
「ーーお前は、それで良いんだな?アラン……」