Magic sword 3.
ーー割れた宝玉に、
「あああああーー!」
魔王の悲鳴が空を裂いて。
“ガシャンーー!!”
ガラスが割れるような音と共に、一気に空気が変わった。
広間に通じる扉が次々と開き、セインティア王国の魔導師や兵士達がなだれ込んで来る。
「結界を破ったかーーセアラ」
シーファがセアラ姫を振り返れば、解除に成功して気が抜けたのか、意識を失った彼女と、それを抱きかかえるアランの安堵の表情を目の当たりにした。
切なそうに目を伏せ、王女の額に唇を寄せる近衛騎士の姿ーー。
彼が顔を上げる前に、魔導士は視線を逸らす。今だけは、見なかったことにしておいてやる、と。
シーファの攻撃魔法と、ラセイン王子の剣を受け、魔導師達の捕縛の術をかけられた魔王は、怒りに満ちた目をギラギラと向けた。美しかった顔は半分灼け、その髪が黒く染まってゆく。魔力がどんどん失われ、もうその姿が指先から砂のように崩れ始めた。
「ロウエルミーア」
リティアがもう一度聞いた。
「何故あなたは、人の姿をしているの」
リティアの問いに、魔王は口を開いた。崩れゆく身体に目を移して。
「ーーい、を。昔、恋をしたのじゃ、人間に」
相手の願望する姿になれる、魅惑の魔王。くるくると姿を変え続けて、もはや自分でも本物の姿が分からない。ただ分かるのは、彼の微笑みを手に入れたいという望み。
「人間に恋をした。けれど叶わなかった。だから成りすましたのじゃ」
相手の恋人に化けたなら、その男は簡単に手に入った。
けれど別の女の名で彼女を呼び、愛を告げられてもどこか空しくてーー満たされずに。
結局は魔族の性に溺れ、男を殺してしまった。そしてその繰り返し。
だから簡単に壊れない、けれど退屈な長い生を紛らわせてくれる、見目麗しい玩具が欲しかった。
だと言うのにアルティスは魔法を学ぶためだけに彼女を利用し、その器たる大魔導士も、近衛騎士も、青の王子もロウエルミーアのものにならない。
「つまらぬの、魔王というのも」
本当に欲しいものは、いつだってその手には残らない。
そのうち本当の望みすら、忘れてしまう。
「ロウエルミーア」
リティアの声に、魔王は笑う。
「ふ、同情などおやめ、銀の魔導士の弟子。わらわはこういう風にしか生きられぬ」
黒く染まっていてもなお、妖艶な微笑みを向けて。魅惑の魔王はそう言い放った。ラセイン王子の傍に浮かぶフォルレインがゆらりと揺れて、慰めるかのように彼女を呼ぶ。
『ロウエルミーア』
「そなたはもっと論外じゃ、フォルレイン。わらわなど全く目に入らずに、青の聖騎士と一緒になって女神ばかりを追い求めおって」
魔王の言葉に、ラセイン王子が複雑な表情でフォルレインを見る。
「君、昔から変わらないんだな」
『うるさい。私の感情は持ち主に引きずられるんだ。フォルディアスといいお前といい、女神に惚れ込み過ぎるのが悪い』
ぼそぼそと内緒話をする王子とその剣は放っておいて、魔王はリティアを見て怪訝な顔をした。彼女はその手をロウエルミーアに差し出して、一歩近づく。
「あなたも、ここにおいでよ。私と生きよう。そうしたらわかる。愛して、愛されること」
その胸のーーアルティスの秘石を押さえて、リティアはそう口にした。
一同は彼女の行動に目を見開くが、一番驚いたのは当の魔王だ。
「お前は馬鹿じゃな、魔導士の弟子。そんな青いことを申して、誰も彼もお前に取り込まれると思うでない」
その頬がぱらりと崩れる。リティアはそれを手のひらで包み込んで。
「うん。それでもーー知りたくない?魅惑の魔王。本当の愛を。その素晴らしさを。いつかあなたにも手に入る幸せを」
心からそう信じている彼女の様子に、魔王は呆れたように溜息を吐き。
「お前は……ド天然でお人好しで怖いもの知らずの、とんだ馬鹿娘じゃな」
けれどまっすぐに見つめてくる無垢な瞳は、魔王以上に魅惑的で。
「馬鹿娘には、わらわくらいの保護者が必要であろう。アルティスのような悪い男に騙されては大変だからの」
クスリと笑う、魔王の半分になった手をリティアがとった。
強い光に包まれる二人の姿に、ラセイン王子はシーファを見る。
「シーファ、レイウスの時といい、今といい……。もしかして、これがリティアさんの力なんですか?魔族の浄化能力なんて……今まで聞いたことが無い」
彼の問いに銀の魔導士は頷いた。
「私も信じられないが。あいつは魔族を浄化して、自分の眷属に変えて秘石に取り込む力があるらしいな」
二人の言葉を聞いて。セアラを抱きかかえたアランがリティアとーーその秘石に溶けていくロウエルミーアを凝視している。従者の様子に、王子が怪訝な顔をした。
「どうした、アラン?」
主君の声に、彼はハッと我に返って振り向く。
「……リティアさんの、魔力がどんどん上がっていくんです。ああやって、魔族を取り込んでいくたびに」
彼の感知能力にどう見えているのか。思わぬ固い声に、ラセイン王子は聞き返す。
「だから何だというのだ?殺生を行うこと無く浄化できるなら、リティア嬢は聖女といってもいい。何が問題だというんだ」
「それは、彼女を知っている俺らだからでしょう。どうするんですか、ラセイン様。これがもし、あの方に知られたらーー」
アランの言葉を遮るように。
開け放たれたままの扉の向こうで大きなざわめきが起こった。廊下を駆け回っていた臣下たちが、一斉に姿勢を正し、礼を取る。
「しまった、もうお帰りになったか!あの地獄耳、聞きつけやがったな」
「は?」
慌てるアランの横で、今度はシーファが聞き返す。
「え、え、なんですか?なんか騒がしくないですか?」
魔王の浄化を終えたリティアは、いきなり変わった城の様子に戸惑って動けない。そして、その理由はすぐに明かされることになる。
「セインティア国王陛下、妃殿下のご帰還だーー!」
王城に知らせの声が響き渡った。