Does not reach you 3.
ピシリと音を立てて、扉に亀裂が入った。
“パアンッ!”
破裂音と共に、そこからガラガラと崩れ出す。その向こうから姿を見せたのは。
「セアラ姫!」
リティアが彼女の名を呼ぶと、聖国の王女は頷き、躊躇うこと無くつかつかとヒールの音を立てて広間へと入ってくる。
「セアラ」
咎めるようなシーファの声を無視して、彼女はラセイン王子とリティアの傍まで来ると、つ、とその顎を上げた。
「全く、殿方は当てになりませんわね。ラセイン、あなたもよ。あんな忌々しいもの、さっさと追い出しておしまいなさい」
視線の先はロウエルミーア。
怒りに彩られたセアラ姫の顔は神々しい程に美しい。
魔王は口の端を上げて微笑んだ。その身体をゆらりと移動させーーアランに囁く。
「本物は永遠にお前のものにはならぬ。ならば甘い夢を見るのもーー悪くはなかろう?」
「ーー!」
アランが目を見開いた。 心の奥に隠していたものをーー暴かれるような。遠慮のない魔王の誘惑に、傾きそうになる。
そんな、醜態を晒せるものか。ーーこのひとたちの、前で。
けれど、魔王の誘いはあまりにも甘美で、揺らいでしまいたくなるのも確かでーー。シーファが友人の様子に眉を顰めた。口を開こうとして。
「アラン」
ーーセアライリア王女が彼を呼んだ。
ただ、それだけ。
けれど。
アランは、微笑んだ。ーー自嘲気味に。
「俺は、手に入らない薔薇だと知っていて愛してるんだ。最初から、そんなもの覚悟の上で」
こんな魔族に、心を踏みにじるような相手には、わかりっこない。
「この手が届かなくても。手を伸ばしたことさえ気づかれなくても。美しく咲いているその姿さえ、護り抜ければ、それでいいんだ」
リティアは彼の献身的な愛に胸が痛くなる。彼は自覚しているんだろうか。
ただ一人を見つめる時、主君に向ける敬愛と同じ眼差しを向けておきながら、まったく異なる熱を込めていること。鈍感なリティアでも、彼が誰を想っているかは分かる。報われないのは身分のせいなのだろうか。けれど、きっともっと複雑でーー彼らにしか分からない壁があるようにも感じた。それでも、それを彼らが受け入れていることも。
「馬鹿だな、お前も」
シーファがぽつりと呟きーーその言葉にリティアは引っかかる。お前『も』?
思い当たって、ふと隣の王女を見たならーー彼女は微笑んでいた。ーー切なそうに。
「……ああ、そうだよ、俺は馬鹿なんでね。気持ち良いだけの夢は遠慮しときます!うちの王子様達が怒ってるから戻らないと!」
アランは吹っ切るかのように、明るく言い放ち、シーファが目線で合図を送る。ラセイン王子が宙に向かってその剣を揮うーーと、そこから放たれた光の刃が、アランとシーファの見えない拘束を切り裂いた。
ひらりと着地する二人の傍に行き、ラセイン王子は剣を構え、リティアは発動呪文を唱えた。
アランの隣に立ったセアラ姫は、
「……無事で良かったわ」
ただ一言、呟いて。
「俺はラセイン王子の犬ですけどね。ーー今はこの命に代えても御身をお護り致します、我が姫」
アランは微かに微笑んで、静かな瞳でそう返した。
そして銀の魔導士は杖を構える。
「さあ、お仕置きタイムだ、馬鹿者めーー」