Does not reach you 2.
「……は?」
広間には一瞬、なんともいえない白けた空気が漂った。
一同の思いは一つ。『このまま無かった事にしたい。もの凄く』
けれどその中で、少女はじっと魔王を見つめて。
何言っちゃってるの、あの魔族。痛いしヤバいし馬鹿みたいだ。
けど、ものすごい圧力を感じる。多分、強い。
リティアはジリジリと感じる妖力に後ずさる。
「……あの、誰か一人にしときませんか。欲張るとロクなことありませんよ」
ラセイン王子が突っ込んで、アランが目を剥いた。
「ってアンタ俺だけ差し出すおつもりじゃありませんでしょうね、王子様!」
拘束は解けないようだが、どうやら口の自由は効いているらしい。
「うるさい。とっとと取っ捕まった馬鹿が何を言う。リティアさんにお前なら大丈夫だとか言った、数分前の自分の発言を今すぐ取り消したい」
辛辣な王子の言葉に、「ああ、ヒドイ!」などと嘆く従者を放っておいて。彼は中空のロウエルミーアを見る。
「我がセインティア王国に魔法をかけたのはあなたですか。解除して頂く訳にはいきませんか?」
王子は丁寧な言葉で話しかけているものの、その瞳は冷徹そのものだ。完全に敵と見なしている。魔族はその紅い唇をペロリと舐めた。
「そもそもわらわは呼ばれて来たのじゃ。のう、銀の魔導士」
顎を向けられ、シーファは首をひねる。
「と言われても。私がいつ魔物を呼んだ?」
その姿に思い当たり、リティアはあっと叫んだ。
「お、お師匠様……前、レイウスに召喚魔法使いかけましたよね。まさかあれ、成功しちゃってたんじゃ」
彼女が思い出したのは、リティアがレイウスに攫われた時のことだ。
シーファが使おうとした、ド禁断中のド禁断な召喚魔法。
あのときは慌てて止めたが、なんか呪文は終わっちゃっていたような気がする。
「あ」
「「「あ、じゃないぃぃ!!!」」」
シーファのうっかり、的な様子に全員からツッコミが入った。
ラセイン王子は中空の魔族を見上げる。ロウエルミーアは“魔王”と名乗った。それだけの実力があるということだ。できれば敵には回したくないが、いきなり掛けられた魔法の影響を考えれば、友好的になれそうもない。
「シーファの召喚したものなら、術者に従うはずですよね?」
王子の言葉に、シーファはヘラリと笑った。
「完了せず強制終了したからなー。そのへん効いてないかもなー。今頃出て来てるくらいだし」
「……っ、あなたって人は」
拳を握りしめる王子がなんだか気の毒だ。リティアはすみませんすみませんと謝っておく。
「てゆーかイイ男はべらしたいって、ずいぶん俗っぽい魔族っすよねえ。まあこのお二人に、俺まで入れてもらえるなんて光栄ですが」
アランが呆れたように言って、魔王を見た。彼女はニッと笑う。
「なんならお前達の望みの姿になってやっても良いぞ」
その外見がぐにゃりと歪んだ。
「わらわが魅惑の魔王と呼ばれるのはな、相手の心の中の願望に化ける力があるからじゃ」
ーーそして姿が変わって行く。
薔薇色の髪、白く艶やかな肌、細い腰と豊かな胸の美女にーー
シーファが瞬きをした。
ロウエルミーアが彼に近づき、その身体を寄せる。
「ねえ、シーファ。この姿ならどう?」
声も、喋り方まで違う。
シーファは黙ってされるがままになっていて、なんだか彼女に見とれていて。それを見たリティアは泣きそうだ。
「ふーん、お師匠様の好みって、そーゆー人なんですか!へーえ!」
怒りを込めた嫉妬の目を向ければ、シーファが珍しく動揺する。
「は?馬鹿お前」
「ふんだ、デレデレしちゃって!」
ぶうっと頬を膨らませて涙目で不満を漏らすと、それを見ていたアランが何とも言えない表情で呟いた。
「いやあのさ……あれ、リティアさんだろ」
「は?」
リティアが聞き返すと、ラセイン王子も笑いを堪えるような様子で頷く。
「ええ、あれリティアさんの未来の姿ですよね。あと5年くらいしたら、きっとあんな感じですよ」
え?
彼らの言葉が図星だったのか、シーファは舌打ちして目を逸らす。その耳が赤いのは気のせいじゃないのだろうか。リティアは自信なさげに未来予想図を眺める。
「え、ちょっと夢見過ぎじゃないですか。私あんなに胸大きく無いし」
「これからシーファに揉まれてりゃ、あんなんになりますよ」
「アラン、下品」
すかさず王子が嗜めたが。リティアは真っ赤になって俯く。シーファは面白くなさそうに、中空で溜息を吐いた。アランが完全にからかい口調で混ぜっ返す。
「ああ、シーファってばなんだかんだ言って、今のリティアさんにアレコレするの、罪悪感があるんだ。そうだよねーいたいけな少女だもんねー。もうちょっと育ってくれたら言うことないよねーえ」
……なんだか。
「は、恥ずかしい……!」
「今一番恥ずかしいのは私なんだがな、馬鹿弟子」
淡々と言うお師匠様をよそに、リティアは真っ赤になった頬を押さえる。嬉しいんだかムカつくんだか分からない。けど。
「本当にシーファは、リティアさんのことが好きなんですね」
にこりとラセイン王子に言われてしまえば、もうどうでも良くなった。
「この姿ならどうじゃ?わらわのものになるか」
魔王の誘いに、銀の魔導士は首を横に振る。きっぱりと。
「せっかくだが、私は偽物は要らん。
それに、あいつがゆっくり成長していくのを傍で見るのも悪くない」
リティアに微笑む彼に。
うわあ……。
胸がいっぱいで。
「本当にお師匠様ってば無駄に男前」
「無駄は余計だろう」
シーファがぼそりと呟いた。
魔王はくるりと下を見下ろして。
「ならば王子はどうじゃ」
その姿が変わって行く。
波打つ豊かな栗色の髪ーー紫水晶の瞳ーー可憐でどこか艶めいた、強い眼差しを持つ、神秘的なほどに美しい少女。
ラセイン王子が一瞬瞳を見開きーーしかし閉じた。
「魔族如きが、成り代わることなどできません。ーー彼女を愚弄するな」
怒りに満ちた声は、愛おしい彼女を無神経に模されたことに対する怒り。ロウエルミーアはふんと鼻を鳴らして変身を解く。
「あいつの女神か。趣味良いなーラセインめ」
「でっしょー?もーうちの王家、本当に目が肥えててさあ」
シーファが感心したように呟き、アランが自分のことのように得意気に頷いた。しかしふと彼らを見渡して、よろしくない流れになっていることに気づく。
ヤバくね、もしかして。
魔王はつまらなさそうに、ちらりと中空に瞳を向けて。
「おやおや、どいつもこいつもワガママを言いよる。ではお前はどうじゃ、近衛騎士ーー」
「……っ、よしてくださいよ、おネーサン。プライバシーの侵害っスよそれ」
心配が的中したことに気づいたアランは、微妙にうわずった声で止めようとした。
「お前の願望はーー」
「やめて下さいよマジで!こら、やめろーー!!」
魔王の髪が金色に変わり始めた瞬間。
「ーーそこまでよ」
凛とした声が、その場を支配した。




