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***

 その日、セインティア王国は、突然の混乱に見舞われた。

 城下では魔法の耐性が比較的弱い民から、次々と眠りこんでしまう怪事件が起きていて、近隣の魔物や精霊が騒いだ。湖を赤く染めた魔法は、全ての心に不安をもたらすものであるらしい。

 フォルディアス城ではラセイン王子の元に全員が集まり、その指示を受けていた。


「ーー国境と、城壁の魔法障壁を強化し、兵士も増員せよ。第6部隊は街の様子を巡回し、怪我人や略奪に備えよ」


 厳しい表情だが彼は冷静に判断を下し、その王子の姿に臣下達は自らを見失うこと無く従う。


「第一級魔導師セアライリア王女及び魔法兵団は、攻撃に備え対魔法を構成」

「わかりましたわ」


 セアラ姫が頷いて、魔法兵団を従えて広間から出て行く。

 それを見送ってから、ラセイン王子が銀の魔導士に近寄って来た。


「シーファ、城の魔導師達とこの魔法の原因を探れますか。塔に魔法陣を形成中です。そちらへ」

「分かった」


 杖を手にした彼は頷いた。魔法を使うべくそこを離れようとするシーファに、リティアは思わず不安そうな目を向ける。


「お師匠様」


 何が起こっているのか分からないこの状況で、彼と離れたくは無いが、一緒に行っても足手まといになるだけだろう。どうして良いかわからずに彼女は立ち尽くした。が、シーファはこんな時でも不敵に笑う。


「大丈夫だ。お前はここでラセインを守ってやってくれ」

「……っ、はい」


 頼りにされた、と気づいて、リティアは口元を綻ばせて顔を上げた。師はその頭をくしゃりと撫でる。


「よし、その顔だ。頼んだぞ」


 勢い良く頷く彼女に、ついでとばかりに額にキスを落とした。


「っ、シーファ!」


 思わず赤くなるリティアに、彼が顔を寄せて囁いた。


「まだあんなものでは全然足りないからな。戻ったら続きだ」

「!!」


 ぱくぱくと、何も言えない真っ赤な少女の頭にポン、と手を触れて。シーファは広間を出て行く。その微笑みを、背中を見送って。


 ーーあれ?いつものツッコミが無い。


 リティアはアランが居ないことに気づいた。 振り返って、王子に問う。


「ラセイン王子、アランさんは……?」

「……従者に呼びに行かせたのですが」


 ラセイン王子の近衛騎士の彼が、主の傍に居ないなんて不自然だ。疲れて寝ていたとはいえ、さすがにこの騒ぎに起きて来ないはずが無い。ましてや魔法がらみの異変なら彼が真っ先に気付くはずだ。王子も同じことを思っているのか、その瞳に困惑の色を浮かべていた。しかしそれを振り切るかのように剣を取る。


「彼は大丈夫です。僕が一番信頼している部下だ。自分の身くらい自分で守って、必ず僕を守りに来ます」


 美しい微笑みは、絶対的な信頼の証で。リティアも笑顔で頷いた。


「ーーはい、そうですよね!アランさん、ラセイン王子のこと大好きだし」

「……リティアさん、それはあまり嬉しく無い表現なのですが」


 苦笑するラセイン王子だったが、ふとその手にしていた剣が、赤い光に包まれた。


『来るぞ!備えろ、ラセインーー』


 リティアの頭に響いた、何かの声ーー


「ーー!

“フォルレイン”ーー!?」


 ラセインがそれに応えた、次の瞬間。


 “ピシリ”と音をたてて。

 ーー空間が切り裂かれた。




「ーーやられた」


 ラセイン王子の呟きに、リティアは神経を張り巡らす。

 先ほどと同じ、フォルディアス城の大広間。一見何も変わった様子は無いーーが、確かに違和感を感じる。


「これって……」


 リティアの問いに、王子が答えた。


「空間を切り離す術です。多分僕たちはこの部屋から出られなくなっている」


 彼の言葉に少女は試しに扉に手を掛けてみるが、びくともしない。


「シーファ達もそうなんでしょうか」

「おそらくは」


 その場にはリティアとラセイン王子しか居ない。他のどんな気配もなく、ただ静かだ。


 否ーー


「あの、ラセイン王子。さっきの何ですか?フォルレインてーーあの声の主ですか?」


 リティアが彼を見つめて問うと、ラセイン王子は驚きを隠せずに問い返す。


「リティアさん、彼の声が聞こえたんですか?」

「備えろ、って警告してくれたーーそれにあなたの名前を」


 正しく聴こえていたことを伝えれば、ラセイン王子は目を見開く。


「フォルレインの声が聴こえるなんてーー今まで僕の他に一人しか居なかったのに」


 そうして王子は自らの剣を示す。先ほどから赤く光を放っているそれを。


「これがーーセインティア王家に伝わる魔法剣、フォルレインです。かの青の騎士が月の女神に授けられたもので、持ち主を守る強力な魔法が掛けられており、持ち主に危機が迫ると赤い光を纏って警告します」


 美しい銀の装飾に青い宝石が埋め込まれたそれーーが返事をするように微かに震えたように感じた。


 ラセイン王子は感嘆の溜息を吐く。


「アルティスの魔力は強大なのですね……」


『あのお調子者には何度も手を焼かされたからな。私の波動を覚えていても不思議ではない』


またあの声がしてーーリティアは驚く。


「あの、もしかしてフォルレインて」

「この剣に宿る精霊です。彼は精霊でありながら魔法剣そのもの。自ら持ち主を選び、その力となる」



 青の聖国の長い歴史の中でも、この剣を使いこなせた王族は数える程しか居ない。資質のない者は、鞘から抜くことすらできないのだ。

 実はラセイン王子はほとんど魔法は使えない。

 しかし聖国一の剣の達人であり、この魔法剣を使いこなせることこそが、彼の魔法の素質だった。フォルレインの声を聴くことのできる彼が、この魔法剣の唯一の使い手であり、主。リティアは先程の言葉に首を傾げる。


「フォルレインとアルティスは知り合いなんですか?だから私にも聴こえるんでしょうか?」

『あの馬鹿は何度も私を使おうと挑戦してきたからな。あいにく剣では私を使いこなせるような器ではなかったが。断った腹いせに数年間、漬物石代わりにされた時には、あいつを叩き切ってやろうと思ったが』


 ……アルティス、何やってるの。しかも剣にお調子者とか言われてるし。


 リティアは思わず自分の胸をーーその奥の秘石を押さえた。変な魔導士は沈黙したままだ。悪行をバラされて都合が悪いのかもしれない。


「とにかくここから出る方法を考えましょう。きっとシーファ達も心配してーー」



「おほほほほ、それには及ばぬ」



 王子の言葉を遮るように、妖艶な笑い声が響いた。

 その声を辿って二人が見上げると、広間の中空に一人の女が浮かんでいる。


 美しい女だ。

 初めて見るーー、がリティアはゾクリと粟立つ肌を押さえた。

 異様な雰囲気を纏う、それ。白いゆったりとした簡易なドレスーーしかし胸元や背中は大きくあいて色香を漂わせて。その髪は長く紫色に輝き、瞳はーー赤い。


「魔族……!」


 その色に気づいたリティアが口にした言葉に、女はクスリと笑って。


「銀の魔導士の弟子にして砂漠の姫ーー大魔導士の器か。しかしわらわはお前など興味は無い。欲しいのは」


 彼女が空に指先を向ければ、突然そこに現れたのはーー


「シーファ!」

「アラン!」


 二人の青年。


 妖術で拘束されているのか、二人ともそこに浮かんだまま、身動きもせずただ女を睨みつけている。



「わらわは魔族。魅惑の魔王、ロウエルミーア。

わらわは所望する。

青の聖国の太陽、輝ける美貌の王子。

強大な魔力の主、月の光の如く玲瓏たる美貌の銀の魔導士。

青の聖国の守護者、その命を捧げる尊き志を持つ近衛騎士」


 茫然とする一同の前で、にやり、と。



「ーーつまりは、イイ男は皆、わらわのものじゃ」



 とんでもない台詞を言い放った。

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