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Occurrence of the incident

***

 強い波動の魔法が、密やかに隠されて。まるで眠るような倦怠感を漂わせる。


「あ、悪いことしてんな、エロ魔導士」


 その気配までを辿って、アランは瞳を閉じた。城に用意されている彼の自室、その寝室で。

 実を言えばシーファの邪魔をしに行きたい。全力でツッコミたい。でも、今はーー


「眠い……」


 八つ当たりをして憂さ晴らしをした主君と姉姫は、ちゃんと彼に休息をくれたのだが。

 実はもう、身体は悲鳴を上げていた。



 アランの感知能力は、本来セインティア王国の城内だけに制御している。

 魔法大国で、いちいち魔法の発動に気を張りつめていたらきりがないからだ。そして王城で、むやみやたらにイレギュラーな魔法を使う馬鹿は居ない。

 感知したってそれがどんなものか分からなければ対応できないから、魔法を知識として勉強はしている。けれどもともと魔法を使わない彼には、異質なものを無理矢理に身体に認識するようなもので。使いすぎればその分疲労する。

 剣の稽古や、武術訓練で疲労するような肉体的なものとは違う。精神さえも浸食されるような。じわじわと迫る闇のような。


 その力を、シーファやリティアがフォルディアス城に来てからほぼずっと解放し、フレイム・フレイア王国に入ってからは全開にして備えていた。


「限界値、もう突破。おにーさん、ギブ」


 後悔はしていない。

 シーファのためーー彼を友人として助けたいラセイン王子やセアラ姫の頼みだ。

 けれど、無理をし過ぎた。今はただ、泥のように眠りたかった。

 

 皆の前では軽口で紛らわせていたが、発熱しているらしい身体が厭わしい。ずるずると沈んで行く意識の向こうに、ふと誰かが傍に立ったのがわかる。


「馬鹿ね。あなたはいつも、人のことばかり」


 ふと額に触れた、ひんやりとしたーーけれど優しい指先に、アランは目を閉じたまま思わず口を開いた。


「……人のことじゃない……。あなたのことだから……」


 指先が、震えた。

 だから、言い直した。


「あなたと、ラセイン様のことだから」


 見なくたって、わかる。きっとあなたは、微笑んでいるんだ。


 ーー苦しそうに。




***


 まどろみから目覚めれば。

 すぐ目の前に長い銀色の睫毛が、窓から差し込む光に煌めいていて。綺麗、と眺めていたら、その下の蒼い瞳が現れてリティアを見つめ返した。

 しばらくそうしてから、彼が驚いたように少し目を見開いたのが意外で、思わず笑ってしまう。


 ああ、シーファってば、寝ぼけてたんだ。なんだか……可愛い。

 横になったまま、クスクスと笑みを零せば。


「こら……笑うな」


 シーファは照れ隠しなのか、目の前にあったリティアの指に軽く口づけて。


「……!」


 リティアは、彼のその形の良い唇が、自分に触れていたことを思い出す。


「……っ、シーファ」


 そうしていたら急に恥ずかしくなって、リティアは逃げるように手を引く。彼は視線だけで彼女を追って。

 ーーにやりと、微笑んだ。


「何を、思い出した?」

「な、何もっ!」


 リティアは慌てて否定するが、もちろんシーファにはお見通しだろう。上掛けに隠された彼女の素肌に触れてーー囁く。


「忘れたなら、もう一度思い出させてやるが」


 ーー!


 リティアは真っ赤に染まった顔をブンブン横に振って拒否するが、色気全開のお師匠様は、気にもせずその手を這わせていく。


「ちょ、ちょっと待って下さい、っ、あの、や、まだ」


 初めての経験に、もう彼女はいっぱいいっぱいで。ましてや朝になって明るくなってしまった室内では、羞恥心のほうが勝ってしまう。シーファは彼女の反応に、無邪気なほどさらりと問う。


「ん?まだ痛い?」

「え、ちょっとだけ……てそうじゃなくてっ!!!」


 普通に答えようとしてしまって、その意味にまた真っ赤になる。


 もう!どうしようこの人!どうしたらいいの、私!


 そんなリティアにシーファが唇を寄せてーーキスをすれば。


“パアッーー”


 虹色の煌めく光と、輝く秘石が現れた。



「……あ」

「……あ」



 二人で茫然と呟いてしまってーー顔を見合わせて吹き出す。



 幸せな時間だった。



 だから気づかなかった。



 大魔導士とその弟子は、想いを通じ合わせていたために。

 魔法感知能力者の近衛騎士は、その疲労で深く眠り込んでいたために。


 ーーあるひとつの、魔法が発動したことを。



**



 少し前。王城の一角ーー王子の執務室にて。

 世継ぎの王子ラセインはその手元の書状を見つめて溜息を吐いた。その口元が誰かの名を呟く。


「……会いたいな、あなたに」


 シーファとリティアの仲睦まじい様子に当てられたのかもしれない。遠い地で自分の帰りを待つ恋人のもとへ、今すぐにでも飛んでいきたい。

 けれど彼はいずれ王になる身だ。

 セインティアの王が不在の今、そしてアルティスの力という大きな爆弾を抱えた状態で、勝手にここを出て行くことは許されない。いつもの、ちょこちょこ抜け出しては戻るを繰り返すような、簡単な家出とは違う。

 それだって王子としてはかなりぎりぎりの賭けなのだが、幸いにもラセインは有能だし、執務補佐官のアランが上手く立ち回ってくれるおかげもあってーー未だ国を混乱に陥れたことは無い。つまりーー“うまくやっていた”のだ。


「もういっそ城に来てくれないかな……」


 自分が王になる時には、隣に立って欲しいと。ーー妻になって欲しいと、そう思っている相手ではあるけれど。最近のシーファ達の様子を考えると、さすがに今の混乱した地には迎えたくは無い。かといって、友人を見捨てるような真似はできない。彼の目に見える変化には、少なからずラセインやセアラを驚かせーー喜ばせたのだ。やっと人間らしくなってきた彼を、そんな彼を変えた純粋な少女を、助けたかった。


 それに。

 王子の想い人は、優しくて強い人だから、きっとラセインが自分の立場を投げ出すことを良く思わない。


「ここで家出したら、ーーにも、怒られそうですしね……」


 彼女を思い浮かべて、その瞳の甘さを思い出して。窓を開けて、遥か彼方の国に思いを馳せようとしーー



「……なんだ、あれは……!」



 いつもそこにあるはずの。

 静謐で美しい、青きフォルディアス湖がーー真っ赤に染まっていた。

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