A duel
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闘いが始まってどれくらい経ったのか。
“ガキッーー!!”
幾度と無く合わされる剣の激しさに、火花が散る。最初こそ余裕のあった二人も、徐々に緊迫した表情を見せ始めた。リティアは食い入るように二人から目が離せない。
アルヴィオス王は強い。
シーファも魔導士とは思えない動きで応戦しているーーが、アランはいつその剣が弾かれるかとヒヤヒヤしていた。
「あああもー、じれったいもー。あいつの剣、雑なんだよ!あっほら言わんこっちゃない、脇に入れそこ!」
子供の初めての試合を見守る親のような気持ちで、アランは声を上げる。シーファがちらりとこちらを見た。
「うるさい、アラン」
「よそ見か、余裕だな魔導士!」
アルヴィオス王が剣を振り下ろした。シーファはそれを自身の剣で受け止めるが、王の力に押されて一歩下がる。しかし剣で打ち返すと見せかけてその脚を振り上げ、回し蹴りを放った。不意を突かれたアルヴィオスがその打撃によろめく。
「あああ、あいつ未だにあーゆー真似すんのかよぉ。それ戦いじゃなくて喧嘩だろ」
アランは自分の苦い体験でも思い出したのかブツブツと呟くが、ふと隣で両手を握りしめた少女を見下ろした。
「……は、……の」
微かな声で何かを呟いたリティア。
「リティアさん?」
アランがそれを問いかけようとした時、
“ガキンッ!!!”
一際大きな音と共に、アルヴィオス王の剣がシーファのそれを薙ぎ払い、彼の体勢が崩れた。その一瞬を逃さず、王が魔導士へと刃を振り下ろすーー
「現れよ、護りの盾!」
王の剣先は見えない壁にぶつかり、シーファには当たらずに逸れた。
「魔法ーー?」
アルヴィオス王は思わずシーファを見たが、彼はにやりと笑っただけだ。
「発動せよ。疾風の翼、巨人の腕ーー」
その呪文と共に、銀の魔導士の姿が驚異的な速さで動いた。王の背後に回り、その剣で彼の剣を叩く。
“キーーンッ!!”
咄嗟に力を込めたものの、魔法によって重圧をかけられた剣は、容易くアルヴィオスの剣を弾き飛ばした。彼の手を離れて飛び、壁に深々と突き刺さる。
「くーー」
アルヴィオスはそれを追おうとしたが。
「武器を失ったら負け、そうだったな?」
カチリ、と鳴る鋭い音と、冷たく硬い感触。
アルヴィオス王の顎に剣を当てて、シーファが不敵に微笑んでいた。王は思わず抗議の声を上げる。
「な……今のは魔法だろう!」
「『私は』、魔法を使っていない」
ひどく愉しげに、シーファが言った。
「魔法をかけたのは、私の弟子だ。賞品が手助けしてはいけないなどというルールは無かったはずだからな」
「リティエルシアーー!?」
アルヴィオス王が驚愕に彩られた顔で妹姫を振り返る。
その視線を受けたリティアは、ひどく困ったように、けれど迷い無く頷いた。指先に魔法の光を纏って。
「ごめんなさい、アル兄様。私は、シーファを選ぶ」
彼女が告げた真実に、兄は言葉を失った。
アランは、リティアが先程呟いたのは発動呪文だったのかと思い当たる。それまで静観していたレイウスが、弾けるように笑い出した。
「あははは!さすがだね大魔導士!最初からそのつもりだったのか。こんなズルをするなんて、我ら魔族みたいだな」
シーファは彼らを見回して、口元を歪める。皮肉気に、微笑みを浮かべて。
「当たり前だろう。絶対に失えないものを賭けているんだ。どんな手を使ったって勝ってみせる。私は約定を果たした。勝ちは勝ち、花嫁は私のものだ」
その顔に、リティアは心臓が跳ねた。
この人もう本当に……。私の心臓破壊する気だ。
師匠はそんな弟子の様子に気づいているのかいないのか。視線を合わせてふ、と微笑む。そしてリティアの傍まで寄ると。その腰を引き寄せてーーくちづけた。
「!」
驚愕に何も言えない一同とーー何よりも硬直するリティアに構わず。強くその唇を重ねて。
“ーーパアッ!”
リティアの胸元に虹色の光が零れ、アルティスの秘石が現れた。それでも彼はキスを止めようとしない。
「ん、んーー!」
公衆の面前でそんなことをされて、羞恥に真っ赤になったリティアが、彼の胸をドンドンと叩いても。
「え、ちょ、長くない?」
アランが思わず突っ込んでしまっても。
「おい、いい加減にしないか」
見かねた王が止めても。
「あ、なんかムカついてきた。もう死ねば」
魔族がじとっと彼らを睨んでも。
シーファはリティアを離さずに、それどころかますます深く唇を重ねる。
「ちょ、シーファ!?まさかこんなとこで押し倒したりとかしないだろうな、お前!」
ついにアランが慌て始めた。今やシーファ以外の全員の思いは一つだ。
聞いてない、全然聞いてないよ、この人。
長い長いキスの果てに。
「っぷは。あー、やっとだな」
満足したというよりは息継ぎのように唇を離して、大魔導士は呟いた。
「お、お、お師匠様あああ」
涙目で真っ赤になった弟子を見て、彼は妖艶に笑う。
「言っておくが、まだ全然足りないからな。さっさと帰って、続きをするぞ」
「おい自由すぎんだろ、大魔導士」
レイウスがぼそっと呟く。その姿が小さな少年のままだから余計に異様な雰囲気だ。
「アルヴィオスは負けたけどね。僕は何の約束もしてないよ。
ねぇ、リティア。アルティスの秘石を僕に頂戴」
嗤いながらーー近づく彼から、シーファがその背にリティアを庇う。アランや、アルヴィオス王も、ハッとしたようにその顔に緊張を走らせた。この状況に毒気を抜かれてしまっていたが、彼は魔族なのだ。けれどリティアは、師を見つめて頷く。
「シーファ、私は大丈夫」
自ら前に進み出て、レイウスに手を差し伸べた。
その手の平に、秘石を現して。
「ねぇ、レイウス。あなたはこれを受け取る資格はある?愛を受けるにはーーまず愛さなくちゃダメなんだよ」
「そんなものは、要らない!僕が欲しいのは、全てを滅ぼす力だーーー」
レイウスは首を振って否定した。リティアは黙ったまま、彼とアルティスの秘石を見つめる。
彼女のその石に、魔族が触れた瞬間ーー、まばゆい光が辺りを満たした。