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She is mine

「レイウス!?」


 驚いたのはリティアで、思わず叫んでしまう。

 レイウスといえば、彼女がアルティスの秘石の封印を解く羽目になった原因の魔族。

 そんなまさか。以前に見た彼の姿は20代の若者だったはず。

 リティアの隣でアランもまた、信じられない様子でテオを見た。


「あのチビが、操心の魔族?全然違うじゃないか」


 どうやらアランもレイウスの姿は知っていたようだ。テオが彼を見て唇を吊り上げる。


「あ~君見た顔だね。……そうか、前に月の女神にちょっかいをかけたときに邪魔した、青の王子の犬か」


 その言葉で、アランが顔をこわばらせたのを見れば、少年があの魔族だというのは間違いないようだ。


「私が喚び出したのだ。先だっての騒動で、大魔導士シーファとやりあった魔物を」


 彼の声に答えたのはーー扉から入って来たアルヴィオス王だった。どうやらシーファとアランが逃亡したのに気づいて、ここへ追って来たようだ。後ろに兵を連れているものの、「待て」と指示して自身だけ部屋に残る。


「銀の魔導士……」


 変化の魔法を解き、いつもの銀髪に戻ったシーファを王が睨みつけた。その視線に少年が口を開いて。


「シーファにやられて、妖力根こそぎ奪われて、こんな小さい身体を作るので精一杯だったんだよねえ。まあそのおかげで、リティアもそこの近衛騎士も、僕だと気づかなかったみたいだけどー」


 すっかり口調も戻して、テオーーレイウスはクスクスと笑う。


「まさか、今回も兄様の心を操ってるんじゃ」


 疑うリティアに、彼はぶーっと頬を膨らませた。そのあたりはまだ少年の様子が残っている。


「何でもかんでも僕のせいにしないでよねえ。アルヴィオスに妖力は使ってないよ。僕がここにきてやったことと言えば、指輪の雷撃魔法を強化改造したことと」


 そしてーー小さなテオの顔をして無邪気に笑う。


「姫さまに抱きついたり、ほっぺにチューしたり、お風呂で背中流したり、ベッドで添い寝しただけだよね~」


ーー“バキッ!!”

と不穏な音と共に。


思わず一同がそちらを見れば、シーファの拳が寝台のヘッドボードにめり込んでいる。


「……馬鹿弟子?」


 それはもうイイ笑顔で。真偽を確かめる師匠に、弟子は真っ青になったり真っ赤になったりして両手で顔を覆った。


「だ、だってだって!12歳の子供だと思って……!!」

「ほんとにその年齢だったとしても、お風呂と添い寝はやり過ぎじゃね?」


 思わず突っ込んでしまったアランに、リティアは羞恥に潤んだ瞳で訴える。


「だって王族は何でもやってもらうんだよって、そういうもんだってテオが言うからあああっ!」


 ……ダメだこの天然娘、面白いくらい騙されやすいや。言いくるめたら俺でも添い寝できそう。んで、なんだかしょーもないくらい可愛いや。頭を抱えてアランは思う。シーファ苦労すんなあ。可哀想……。

 騙されたー!と半泣きで悶える妹を見て、アルヴィオス王が怒りを込めてレイウスを見た。


「そこまでしろとは言ってない!お前にはリティエルシアの世話をしながら、アルティスの秘石を分離する方法を考えろと命令したはずだ!」


“バキバキバキッ!!!”


 更に更に不穏な音に、一同はシンと静まりかえった。異様な怒りに満ちた圧力を、ひしひし感じる。見ればシーファの拳は、ヘッドボードを突き破っていた。


「もちろん、覚悟は出来ているよな?このクソ魔族の分際で、俺も見たことが無いもんまで見やがったことも。俺のものに勝手に触ったことも、俺が夢にまで見た添い寝なんぞをやらかしたこともーー万死に値する」


 お師匠様、お師匠様、なんかものすっごく本音だだ溢れてますが。

 彼の、じわじわと闇が迫るような怒りっぷりに、思わずリティアとアランは後ずさる。やばい。国の一つも滅ぼしかねない。


「あ、あのぉ、シーファ?つ、杖使おうか、はい」


 アランは預かっていた彼の杖を渡してしまう。リティアが目を剥いた。


「あっ、アランさん!」

「だって人類滅亡の危機の前には、王様とかアホ魔族の犠牲くらい仕方ないじゃん!そうだ!今からでも遅くないから、リティアさんちょっとシーファとお風呂入ってやれば」

「ぎゃあああ!何言ってるんですかセクハラー!!」


 二人のやりとりなどよそに、大魔導士は魔族と砂漠の王に杖を向けーーその迫力に一同は息を呑んだ。……フレイム・フレイア滅びるかも。


「だいたい何もかも気に入らない」


 シーファは怒りを込めて、アルヴィオス王を睨みつけた。


「リティアからアルティスの秘石を分離する?勘違いするな。アルティスの力はリティアのおまけではないし、その逆でもない」


 彼の声は断罪するような厳しいもので、思わずリティアもアランも身を固くする。


「アルティスの力はリティアそのものだ。リティアの一部を損なうということは魂を損なうのと同じ。お前はリティアの身体をやるからあいつの寿命を半分よこせと言われて、ホイホイ従うのか」


 彼の言葉に王は血相を変えた。レイウスを振り返る。


「どういうことだ!彼女の命を削るなど私は聞いていない!お前にアルティスの秘石を渡せば、リティエルシアを諦めると言うから!」

「ええ~聞かない方が悪いんじゃん。だから魔導の技をド素人が扱うのは危険なんだよ。僕はただ、“リティアからアルティスの秘石を分離する方法がある”って言っただけだよ」


 どうやらレイウスはわざと黙っていたらしい。今は子供の姿をしていても、彼はれっきとした魔族なのだ。妖術で心を操らずとも、たった一言の囁きで、アルヴィオス王を唆したのだろう。王は勢いを失った顔で呟く。


「私は……彼女を花嫁に迎えたかっただけだ。忌まわしい力に群がる者達から彼女を護りたいと。アルティスの力さえ取り出せば、セインティア王国の者達も、魔族も、魔導士シーファも、リティエルシアを手放すだろうと……」


 兄の言葉に、リティアは唇を噛んだ。彼なりの愛だとは理解できる。けれど。


「忌まわしい力なんかじゃないんです。今はまだ私には強すぎるけれど、でも」


 アルティス。

 あの格好良くて変な魔導士は。


「アルティスは私に託してくれたんです。希望のための力を。だから私はこれを無くして欲しいなんて思わない」


 リティア自身だって迷った。強大な力は災いを呼ぶばかりなのかと。

 けれど、アルティスの力はリティアの命を守ってもくれた。力そのものに、善悪は無い。ただ、それを使う者の素質次第。彼がリティアを信じて、与えてくれたもの。


「この力も含めて、私なの。自分の一部を失うことはできないんです、兄様」


 リティアの言葉に、兄は顔を歪めた。


「お前はもう一つ勘違いをしている」


 シーファの厳かな視線が、魔族と砂漠の王を捕らえた。怒りに満ちた深い蒼い瞳が、宝石のように強く煌めくのに、ただリティアは見とれてしまう。

 ああ、お師匠様は綺麗だなあ。こんな時でも、どうしようもなく惹きつけられる。


「アルティスの秘石があろうとなかろうと関係ない。それがリティアなら、魔力の一滴も、髪の一筋も、損なうことなど私が許さない。

リティアは頭から足先まで、その身体も心も命も私のものだ。誰にも渡さない」



「……今、なんつった、あの大魔導士様」


 アランが顔を引きつらせて、リティアを見た。彼女はきょとんと首を傾げる。


「“お前のものは俺のもの”?」


 違うだろ、それ。


「シーファはリティアさんの全てを好きだから、誰にも何にも渡さないって言ったんでしょーが」

「え、え、ええええ……?」


 彼女は一気に真っ赤になった頬を両手で押さえて呟く。アランはリティアの動揺につられて照れた。

 シーファ、お前どれだけリティアさんに惚れてんだ。すごいこと言ってるの、分かってるのか。

 彼には最初から、アルティスの秘石の存在など関係無かったのだ。ただそれごと、“リティア”を護っているだけ。

 ……お前も天然だ、馬鹿魔導士。恥ずかしい奴め。やっぱりブチ切れると面倒な男だな。羨ましいけど。羨ましいけどさ!!


「ああほら、また大魔導士は独占欲丸出し。ちょっと僕ひくわー。じゃあもういいや、リティアちゃん僕のもんにならなさそうだし」


 レイウスが呆れたように口を尖らせて言った。


「妖力もあんま無いし、面倒くさいから君に任せるよ、アルヴィオス」


 彼はひらひらと手を振る。



 魔族に見放されたアルヴィオス王は、茫然と大魔導士を見た。信じていたものを覆された衝撃に目を見開いて。けれど今更、後戻りなどできない。砂漠の王は銀の魔導士に問う。


「……ではどうするつもりだ?正体を隠したまま妹を連れ戻すことだって出来ただろう。けれど姿を変えたのは大魔導士だけで、そちらの近衛騎士はローブを被っただけ。城にさえ入ってしまえば正体が露見しても構わないというつもりだったんだろう?セインティアとフレイム・フレイアの全面戦争でなければ、ここで私に楯突くのは何のためだ?」


「お前に分からせてやる為だ、アルヴィオス王」


シーファは不敵に微笑んだ。


「フレイム・フレイア王国には伝統儀式があるだろう。私はお前に決闘を申し込み、勝利しーー花嫁を奪い取る」



 決闘ーーフレイム・フレイアが王国では無かった頃の、砂漠に盗賊が盛んに出現した古代からある伝統儀式。力あるものにこそ名誉と宝ーー花嫁を得る権利があるという。

 これに勝利すれば身分も人種も関係なく、英雄として望みが叶うと言われているが、いまではただの伝説だ。


「誰も忘れたような伝統でも、王宮では有効だろう?確か、花嫁立ち会いのもと、剣で戦うんだったな」

 

 銀の魔導士からサラリと出た言葉に、誰もが唖然として止まった。


「……おいおいおい。おにーさんそこまで聞いてないんですけど!なにそれシーファ君!?」

 アランが冷や汗をだらだら垂れ流して、


「な、な、な、何を言ってるんですかシーファ!?」

 リティアが赤くなったり青くなったりしながら問い、


「ーーあははは面白そう。いいじゃん、分かりやすくてぇ」

 レイウスが盛り上がり、


「自分が何を言っているのか分かっているのだろうな、大魔導士」


 アルヴィオス王が鋭い目で言う。友人の言葉に、騎士は青ざめて。


「馬鹿じゃねえの、お前。相手は反逆王だぞ。紛れもない軍人でーー相当の手練れだろうが」


 アランが王をちらりと見て言った。

 どう見てもあれは実戦で剣を振り回している腕だ。砂漠の王の勇猛果敢さは、青の聖国にだって伝わっている。近衛騎士のアランだって敵うかどうかーー微妙なところだというのに。そんな相手に魔導士が剣で挑もうなどと、無謀すぎる。


「そなたは魔導士だろう。私に剣で勝てるとでも?」


 アルヴィオス王も同じことを思ったのか、せせら笑って腰の剣に手を掛けた。重厚で一目見ても使い込んでいるそれに、リティアでさえ兄の優勢を感じてしまう。


「それとも何か、企んでいるのかな」


 王の言葉に、シーファは不敵に微笑んだ。


「私は魔法を使わない」

「シーファ!?」


 弟子は思わず声を上げた。悲鳴混じりのリティアの声に、彼はただ自信に満ちた瞳で王を見るだけで。レイウスが楽しそうに笑った。


「今の、言質をとったよ大魔導士。君は魔法を使わない、魔族である僕が確かに聞いた。その約定を保古にしたなら君の負けだ」

「いいだろう」


 それを聞いたアルヴィオス王は、兵士から一振りの剣を受け取ると、シーファに向かってよこした。


「決着はどちらかが武器を失うかーー命を落とすまでだ、銀の魔導士」

「了承した」


 それを受け取って、彼はリティアを振り返る。


「お師匠様の格好良いところを見ておけ、馬鹿弟子」

「そんなの、いつも見てます。だからもう良いです、無茶をしないで!」


 彼女は今にも泣きそうな顔で、首を横に振る。シーファは苦笑して、リティアに近づき、彼女の髪を結っていた飾り紐を引き抜いた。そしてそのまま、その場に座り込む。リティアはその意図に気づき、それを受け取ってシーファの背後へまわり、その銀髪を結んだ。指の中にさらさらと零れる銀の髪。


「お師匠様、負けないで」


 祈るように呟けば、彼は肩越しにリティアと視線を合わせて微笑んだ。


「リティア、私は魔法を使わない。だからお前は、私を選べ。

ーー意味は分かるな?」


 伸ばされた指が、リティアの指を絡めとった。そのまま手を引かれ、彼女はシーファの背中に抱きつくように倒れこむ。彼の肩に滑り落ちたリティアの頬を、かすめるようにシーファの唇が触れた。


「お前には、分かるよな?」


あ。


 彼女は思わず口元を押さえた。

 隣でそれを聞いていたアランが、何とも言えない顔をした。


「……そゆこと?」


 そして銀の魔導士は高らかに言い放つ。


「さあ、始めようか、砂漠の王。我らが愛しい、花嫁を賭けて」

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