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Moonlight kiss

 シーファに手を引かれるまま、庭園に連れ出されたリティアは、卒倒しそうになるのを必死で我慢した。だって目が覚めたら、もう二度とこんな夢見られない。

 隣に寄り添うシーファは片手でリティアの手を引き、もう一方は彼女の腰に添えて完璧なエスコートをして。まるで子供扱いしていたのが嘘のように、リティアを淑女のように扱う。また彼女の知らない彼の姿だが、嫌な気はしないーー恥ずかしくて困るけれど。


「足下に気をつけて。ーーこちらへどうぞ、お嬢さん」


 リティアはどきどきしっぱなしの胸を押さえて息を吐いた。

 こんなことされたら、もう期待してしまう。冗談でしたなんて言われたら立ち直れない。

 格好良すぎる。いままでリティアに向けられなかったから知らなかったけれど、女たらしの本領発揮だ。彼にこんな姿で、こんな風に優しくされたら、恋に落ちるのも仕方ないと思う。無駄にフェロモンを振りまかないで欲しい。

 ーーだから、その艶やかな流し目を止めて下さいってば、本当に!


 薔薇の咲き誇る茂みの前まで来て、シーファが立ち止まった。リティアを覗き込んでーー吹き出す。


「くっ、お前、顔がガチガチに緊張してるぞ」

「し、仕方ないじゃないですか!お師匠様がいつもと違いすぎるんです!」


 ぱあっと赤くなった頬は、わずかに城からの灯りに照らされた夜の闇では見えないと思いたい。きっと気づかれているんだろうけど。


「色男だろう。リエンカ殿が腕を奮ってくれたからな」


 リティアは夕刻にセアラ姫としていた会話を思い出すーーなるほど、彼女の仕業か。本当に腕利きだ。


「……はい」


 けれどまるでシーファが、ただのーー魔導士ではない(破壊活動もしない)ただの美しい青年に見えて落ち着かない。普通のーー恋人同士のようで。


「だいたいお前だっていつもと違うーーん?」


 何かに気づいたように言葉を止めたシーファに、リティアは慌てて問いかけた。


「ど、どこかおかしいですか?」


 おそるおそる言った彼女に、彼はいや、と呟いて。


「綺麗だ」


 柔らかな微笑みと共に言われてしまえば。


「……っ!」


 もう、心臓壊れる!魔法を使わなくたって、この人破壊神だ。


 リティアはその空気に耐えきれずに思わずシーファに向かい合って、その頬に手を伸ばした。


「何をーーおい!」


 ぐ、と親指に力を入れて引っ張る。


「えい」

「ったい!痛ったい!」


 シーファは嫌そうに彼女の手を押さえてそれを止めた。


「ったく、何をする」

「だってなんか違うんですもん!シーファじゃない何かが化けてるのかと思って」


 慌てて掴まれていた手を引き戻した拍子に、リティアの腕飾りに彼女の髪が引っかかった。


「あ」


 焦って外そうとすると、余計髪が絡まって乱れてしまう。


「馬鹿、落ち着け」


 シーファはそれをとってやってーー自分の髪のリボンを解いた。向かい合ったまま、それでリティアの髪を結んでくれる。目の前にさらりと溢れた銀色の光に、リティアは何気なく触れて、自然にそうしてしまった自分に気づいて赤くなった。


「本当に、シーファですか?」


 困ったような、戸惑ったような、けれど頬を染めて言うリティアに、シーファは愉しげにクスクスと笑い出して。


「お前だって違う。ーーいつもより、背が高いな」


 言われて気づく。いつもと目線が違う。ドレスに合わせた美しいハイヒールの靴を履かされているのだと思い出した。慣れないから、長時間は歩けないと言ったけれど、リエンカはとても足になじんで負担が少ない靴を用意してくれたのだ。


「そう、ですね……なんだか妙ですね」


 目線の高さを確認しようとしてーーシーファと目が合った。蒼い瞳がまっすぐにリティアを見つめていて、引きずり込まれそうになる。


「いや、都合がいいな」


 何に、と聞く前に。

 シーファの唇がリティアのそれに重なった。


「いつもより、近い」


 ふ、と甘い笑みを含んだ彼はそう言って。虹色の光を放ちながらリティアの胸に現れたアルティスの秘石ーーその光を周りから隠すように、手の中に握り込む。

 リティアはもう一度落ちて来たキスに、ゆっくりと目を閉じた。


**


 酔いを醒まそうと、アルヴィオスは独りバルコニーに出た。

 聖国の姫君は美しかったが、叡智溢れる瞳はこちらを見透かしているようで、まるで戦をしているかのような気の抜けない相手だった。世継ぎの王子も同じだが、まだ歳若い分だけ主導権を握られずに済んだのだろう。


 油断ならぬな。さすがに美しい薔薇には棘がある。それに比べてーーリティアの何たる無垢なことか。アルヴィオスは再会した妹を想う。

 妹が産まれた時、彼は10歳だった。

 フレイム・フレイア王国は閉鎖的な昔の時代の名残で、近親婚が認められている。だからリティエルシアの事も、当然自分の花嫁となるべく産まれてきた姫だと思っていた。それを失ってーー必死で探し求めて。ついに見つけた彼女は、想像以上に愛らしく、純粋だった。

 ただひとつの誤算はーー大魔導士シーファの存在。

 見つけ出した花嫁は、すでに他の男の腕の中だったのだ。事実だけ見れば、大魔導士はリティアの命の恩人かもしれない。その点には感謝をしている。


 だがーーリティエルシアを、リティアを渡すわけにはいかない。私の花嫁は、彼女しかいない。


 そこまで想いにふけり、ふと彼は下を見下ろした。バルコニーから見える薔薇の庭園に、一瞬虹色の光が生まれたように見えたのだ。


「……なんだ?」


 よく見れば淡い光と共に、人影があるのに気づく。光に照らされた先に、リティアの横顔が見えた。


 ああ、アルティスの秘石の光か。

 そう考えた瞬間、ラセイン王子に聞いたその封印の解き方を思い出しーー妹が男の影に抱き締められているのに気づいた。


「リティア……」


 そして重なる影ーー。


「銀の魔導士……っ」


 アルヴィオスは強く拳を握りしめた。ーーその手を開けば、魔法の指輪。埋め込まれた宝石の中に、赤い光が渦巻き始めた。


**


 月下の薔薇園で、愛おしい人から与えられるキスに。リティアは熱に浮かされたようにただそれを受け止めて。


「……んっ……」


 思わず息をするのを忘れーー膝から力が抜けた。


「おい!」


 倒れ込みそうになる彼女を、シーファが受け止めその頭を庇う。


「……っ、危なかった……。リティアお前、薔薇園に頭から突っ込んだら怪我じゃ済まないぞ」


 言いながら彼は胸に抱えた少女の顔を見たが、上気した頬に潤んだ瞳で彼を見上げる恋人に息を吞んだ。


「……そんな顔するな。腰砕けるほど気分良かったのなら光栄だが」


 アランが聞いていたら『バッカじゃねえの、エロ魔導士』と罵倒するに違いない台詞を吐いて、シーファは苦笑した。


「え、え、あの」


 リティアはますます真っ赤に染まる頬を隠すことも忘れて、ただシーファを見つめる。何を言ったら良いか、わからない。けれど目が逸らせない。


「何をそんなに見てる?」


 シーファは戸惑いながら問いかけ、少女はあっと声をあげた。


「ご、ごめんなさい。夢か、何かの魔法だったら、よそ見してる隙に消えちゃうんじゃ無いかって」


 慌てて俯いた彼女に、彼は声を上げて笑った。ーー珍しく。


「なら確かめたら良い。私が消えたりしないことを。朝、目が覚めても、ずっとこのままだと」

 そうしてリティアを覗き込んだが。


「このまま?」


 彼女はきょとんと聞き返しーーシーファの複雑そうな表情を見て言葉を止めた。


「うーん、お前には回りくどい駆け引きは通じないな。まあ、あまりそっち方面に事情通になられても困るが」

「え?え?」

 どういうこと?


「このままお前の部屋に行って、朝までこうしてていいかって意味なんだがな」

「!」

 それって、それって……!


 やっとその言葉に含まれた意味に思い当たって、彼女は息を呑んだ。いくら純粋鈍感なリティアだって、今のシーファと朝まで一緒で、抱き締めるだけで済まないのは分かる。そして少女は真っ赤な顔でパクパクと口を開け、なんと返していいか分からずパニックになって。


「あ、あの……あの私」


 真っ白になった頭で、必死に考える。


 っていうか、お師匠様本当に別人みたいなんですけど!でもある意味シーファらしいけど!ど、どうしたらいいの?


 爆発寸前のリティアを、シーファはどこか面白そうに眺めていたが。


「ああ、こら。下を向くな」


 また羞恥に俯きかけた彼女を許さずに、上向かせて唇を重ねる。


「お前の答えなんか知るか。私のしたいようにする……だろう?」


 けれど言葉の割には彼の視線は優しい。リティアが心の底では拒んでいないのをーーどこか望んでいることさえ、きっと見抜いている。

 一度はリティアの内に戻った秘石が、もう一度現れたがーーシーファはそのまま手を覆いかぶせてそれを押さえた。リティアの、心臓の上に。


「お、お師匠様……」


 彼の手が。

 胸の上から離れない。


 ものすごい早鐘を打ち鳴らしているだろう心臓が痛くて。リティアが目をつぶった、瞬間ーー。



「避けろ、エロ魔導士ーーー!!!」


 アランの絶叫と共に。


「“現れよ護りの盾”!」


 大魔導士は防御魔法を唱える。



『ドオンッーー!!!』



 強烈な光と、大きな音がその場を撃ち抜いたーー。


「きゃああ!」


 訳も分からず悲鳴を上げるリティアを庇って、シーファがその身体を抱き込んだ。


「リティア!」


 そして一瞬の衝撃に耐える。幸い彼の防御魔法のおかげで、微かによろめいたものの、薔薇の茂みに吹っ飛ばされずに済んだらしい。


「な、何なの!?」


 リティアが師を見るが、シーファは先ほどまで自分の居た場所を見ていた。そこの足下の地面が焼けこげ、黒い穴が出来ている。


「小規模の雷撃魔法だ。随分威力を上げているな。私だけを狙ったようだが。術者を引きずり出してやる。お仕置きタイムだ、馬鹿者めーー」


 魔法を発動しかけ、彼は手元に気付いてチ、と舌打ちする。

 夜会仕様にされた今の彼は、魔導士の杖を持っていない。

 本来は魔力増幅の為の媒体だが、アルティスの力を持つシーファには魔力制御装置としての道具だ。杖無しに大きな魔法を使えばーー城の半分くらい吹っ飛ばしてしまうかもしれない。


「仕方ない。アランに任せるか」


 そういえばアイツ、先ほど余計な一言を放ちやがったな、と。シーファは、城から衛兵を引き連れ走り出てくる近衛騎士を睨みつけ。


 ……良いところだったというのに。

 恥じらうリティアは壮絶に可愛かったし、もうちょっとで越えられなかった一線を越えまくれたというのに。それからアレとかコレとか。


「……クソ」


 地味に落ち込むシーファだったが。青い顔をしている弟子に気づいて彼女を引き寄せた。


「リティア、どうした?」


 リティアは震えの止まらない身体をシーファに抱き締められる。


「どうして、こんなことを……」


 少女の口からかすかに溢れた言葉に、魔導士は眉を上げた。


「おい、大丈夫か」


 二人の側まで寄って来たアランだったが、不機嫌そうな大魔導士を見て吹き出した。


「なにそのいかにも良いとこ邪魔されて僕怒ってます的な顔!」

「実際その通りだろう。というかお前なんだあの呼び方、人聞きの悪い」


 シーファの問いに、アランはああ、と軽く返事をして。


「だって本当のことじゃないか。こんなとこでおっぱじめやがって、人の目を考えろよ」

「つまりそれは、一部始終覗いていましたというお前の自白で間違いないか」

「ええ~、一部始終じゃないよ!エロ魔導士がフェロモン全開で勝負にでたとこあたりから」

「だからそれはどこからだ。王子様の代わりに裁きを下してやるから、ちょっと湖に落ちて来い」


 えへ、と笑う近衛騎士にシーファは蹴りを放って、しかしそれをアランの手に阻まれた。そのまま彼は反撃すると見せかけてーーシーファに顔を寄せて、「指輪」と短く囁く。シーファは頷きーーそのまま足を戻してリティアを振り返った。

 彼女は青ざめたまま、視線を城に向けている。その先には光の漏れるバルコニーと、アルヴィオス王の姿があった。


「リティア?」


 シーファは彼女の様子に疑念を持つ。彼女の様子からは、まるで今の攻撃魔法がどこからーー誰から放たれたものか、気づいているように見える。


 何故だ?

 アランのように感知したのであれば、それほどリティアの魔力が上がっている証なのだろうが、今はそれを素直に喜べない。せっかく再会し、彼女を望んだ兄が、リティアの師を害そうとするなんて。アルヴィオス王の恋情を知らない彼女にとっては、その動機などわからないだろう。


「リティーー」

『フォルニール様!魔物に侵入されましたーー』


 空中に精霊の警告が響き渡った。

 次の瞬間、彼らの前に黒い炎が巻き上り、そこから黒い獣が次々と飛び出して来る。


「防護魔法はどうした!」


鋭く問うアランに、警備についていた魔導師達が現れる。


「申し訳ありません。中から穴をあけられました」


 その一言で、アランは事情を察した。


「やっぱり砂漠の王様は災いの種だったかー。お一人さまだからって、簡単にウチに入れちゃ駄目だったな」


 シーファは機転の効く魔導師が、自分の杖を運んで来てくれたことに礼を良い、それを受け取って構えた。


「まあこれで、堂々とブッ飛ばす理由ができたというものだ」

「まあそうだけど、さ」


 アランが剣を抜いて構える。


「本人とっ捕まえて証拠押さえないと。シーファ、ちゃんと一匹残しとけよ、お前すーぐ全滅させるから」

「努力はする。一応。多分。もしかしたら」


 あ、これあてにならねぇ。

 アランは素早く状況を確認した。

 城内の王子達は他の護衛に任せてある。守護魔法が発動されたのも感知した。滅多なことではあちらは害されない。そもそも護衛など要らないほど腕の立つ人たちだし。ーーまずは、こっちだな。


 シーファと顔を見合わせて、魔物に向かって駆け出した。


「お仕置きタイムだ、馬鹿者めーー」


 攻撃魔法を発動させたシーファは、けれど視界の隅に駆けて行く少女が映り、ハッとした。


「リティア、一人で行くな!!」


 思い詰めた顔を見れば、どこに向かったかなど一目瞭然だ。彼女を止めようとするが、魔物に阻まれ、先に進めない。


「あの馬鹿……!」


 シーファの声にリティアは振り返らなかった。


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