表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/66

Princess of the desert

 数分後、一同は応接室へと移動し、そこにセアラ姫とアランも加わった。しかし、それぞれの思惑で沈黙している。それを破ったのは、大魔導士だった。


「何故、素性を黙っていた?」


 向けられた問いは隣に座る弟子へのもので。リティアはその言葉にビクリと身を震わせる。


「……えっと。……わ、忘れてました」

「「「……はあ!?」」」


 少女の言葉に一同が目を丸くする。リティアは慌てて説明し始めた。


「私がフレイム・フレイア王室の生まれだというのは、育ててくれた両親から聞いていました。彼らが本当の親では無く、私の血の繋がった両親に仕えていた側近で、生まれたばかりの私が、お家騒動に巻き込まれそうになったのを助け出してくれたって」


 しかしその話の真実は、半分だけだった。


「あの、シーファは知ってると思ってたんです。私の両親から私を託されたって聞いてたから。普通に生活してて、私の生まれの話なんか出たこともなかったから、自分から言うのも変だし」

「言われてみればそうですよね。聞かれなければ、『私って王女様なんです』なんてわざわざ言いませんよね。ましてや故郷から逃げてきたなどとご両親に聞かされていれば」


 ラセイン王子が溜息交じりに肯定し、リティアは頷いた。これは師であるシーファの責任だろう。王子の視線に銀の魔導士はきまり悪そうに視線を泳がせた。


「そしたら、いつの間にかそれを確認するのも忘れちゃって。だいたい魔法修行でそれどころじゃなかったし」


 アランが口元に手を当てて、「ド天然……」と呟く。

 どうしようこのコ、可愛いけど、危なっかしすぎる。


「で、今回私がアルティスの器だと知って、養父母がなぜフレイム・フレイア王国を出てきたのかようやく分かって……そしたら言えなくなったんです」

 

 リティアはそこで唇を噛み締めた。自分の手に視線を落とす。

 お家騒動なんてものではない。彼らがリティアの養父母となったのは、強大なアルティスの魔力を隠し、リティアを護るため。


「私がアルティスの器だったせいで、宮廷魔導師だった養父母は、故郷を離れて人目を避けて隠れるように生活していた。あげく、私の力を抑え続けて命を落とした。血の繋がりの無い、私なんかのために」


 かすかに震えた声。けれどリティアは、ただ自分の指先を見つめたまま。一同は言葉を失った。


「……私は、周りの人を巻き込んで、犠牲にして、生きて来た。シーファだけじゃなく、父や母までも。それを知られるのが、怖かったんです」


 誰に、とは言わなかった。けれど、シーファは瞳を閉じた。


「……馬鹿弟子。今更、そんなことで私がお前を見放すとでも思ったか」


 柔らかな声音に、リティアは苦笑いする。


「……思いました。お師匠様、容赦ないから」

「そうですよねー。仕方ないですよね、そこの魔導士、日頃の行い悪いしー」


 彼女の言葉に、アランがわざとらしく茶々を入れる。シーファは嫌そうに返した。


「うるさいぞ、アラン」


 けれどそれで、すこし空気が和らいだ。


「……お前なあ」


 苦々しい顔をして、シーファが彼女を見て。


「……いつもいつも一人で泣くな。頼むから私に師匠らしいことをさせてくれ」


 今度はリティアは言葉を失った。

 気づいていた。

 リティアがシーファに引き取られてから、なるべく彼の前で泣かないようにしていたこと。どんなに修行が辛くても、絶望しても、寂しくても、彼の前で泣かない癖がついていたこと。時には耐えられないこともあったけれど。


「お師匠様……」


 ああ、私。やっぱりこの人が好きだ。与えられ続けてきた隠された愛情を、どうして今まで気づかなかったのか。

 最近の乱れた感情が嘘のように、落ち着いていく。


「シーファ、今私に魔法をかけた?」

「何だ、惚れ直したか?」


 柔らかく言われた言葉に、彼女の顔が泣きそうに、けれど緩やかに微笑んだ。その頭を引き寄せ、シーファがその胸に抱え込む。当たり前のように。


「……血の繋がりは、あったのだよ」


 おもむろに、アルヴィオス王が口を開いた。


「君の養母ーーマリエイラは、私達の本当の母、エルレイア王妃の従姉妹だ。

君とはちゃんと、血の繋がりがあった。私や君をとても可愛がってくれてーー本当の母以上に母らしい人だった」


 リティアはその言葉を聞いて、大きく息を吐く。涙はシーファの手が隠してくれた。


「それでも、私の罪は消えません。シーファが居なかったら、もっとひどいことになってたかもしれない」


 俯いたままのリティアをアルヴィオス王は見つめて、なだめるように妹へ告げる。


「アルティスの力の犠牲になったのは、君のせいではない。だからこそ私は君を取り戻しに来たのだ。アルティスの秘石ではなくーー君をだ。リティエルシア」


 その言葉に、セアラ姫がピクリと反応した。

 聡い弟と視線を合わせーー彼も同じことを思っていると確かめて頷く。ラセイン王子が姉に促されて口を開いた。


「ーーけれど、アルヴィオス王。先ほど申し上げました通り、リティア嬢はもはや我が国の国民なのです。もう少し、彼女に時間を差し上げてはいかがか」


 王子の言葉に王はふ、と笑った。時間稼ぎにも似た、彼らの思惑に気づいたのかもしれない。


「……いいだろう。しばし、滞在させて頂くよ、青の聖国に。おいで、リティエルシア。君と少し話したい」


 呼ばれたリティアは躊躇ったが、シーファに頷かれて、緊張気味に頷いて立ち上がった。アルヴィオス王に肩を引き寄せられ、その隣へと寄る。彼がチラリとシーファを見た。その姿に、魔導士は首を傾げる。

 なんだ、この違和感……。

 それを考える間も無く、王は視線を逸らし、リティアに微笑みかけている。


「ではこちらに。お部屋を用意させて頂きました」


 アランがラセイン王子と素早く視線を交わし、王を別室へと案内しに連れ立って出て行った。


「あーあ、ですわ」


 彼らが出て行った途端、セアラ姫が呟いた。らしくもなく、テーブルにあった砂糖菓子を摘まんで、行儀悪く口に放り込んだ。


「面倒な事になりましたね。さすがにあれは……リティアさん大丈夫でしょうか」


 弟は姉が投げた菓子を、こちらも珍しく行儀悪くーーしかし見事に口でキャッチする。こんな風にする姉弟は、大抵機嫌が悪い。シーファはラセイン王子とセアラ姫の様子に怪訝な顔をして。


「ずいぶん警戒するのだな」

「何を呑気におっしゃっているの。あなた方のためよ。シーファ、あなた気づかなかったの?」


 セアラ姫の険しい表情に、彼は眉をひそめる。ラセイン王子も厳しい顔で頷いた。


「アルヴィオス王がリティアさんを見る目。あなたと同じですよ、シーファ」


 その言葉に、思い当たる。


「フレイム・フレイア王国は近親婚を認めているんだったな、確か」

 となれば、彼の言葉は。

 セアラ姫がそう、と肯定した。


「アルヴィオス王は、リティアを花嫁として迎えにきたということね」



**



与えられた部屋で、アルヴィオス王は悠然とソファに座った。リティアに手招きして、隣に座るよう促す。けれど彼女は固い表情のまま動けない。


「そんなに緊張せずとも良い。こちらへおいで」


 彼の言葉にリティアは、慌てたように手を振った。


「でもあの、私ほんっとーに、一般庶民として育てられたしっ。王女とか言われてもピンとこなくてですね。というか、王様と話すとか本当に無理で」

「リティエルシア、寂しいことを言わないでおくれ。私は君の兄なのだから」

「え、あ、……はい」


 アルヴィオス王の言葉に、彼女はやっと彼の隣へと移動した。ソファに浅く腰掛けて、王を見る。

 襟足までの緩くクセのついた赤い髪。分けられた前髪は少し長めで頬にかかる程度だが、それでもシーファやラセイン王子の長い髪を見慣れたリティアには、新鮮に見える。どちらかというと、優美で上品な彼らに比べ、野生の獣のような猛々しさをうかがわせるような王。明らかに鍛え上げられている身体は、無駄なものなどどこにも無さそうだ。魔法の指輪でここに来たと聞いたが、剣を振り回して突破してきたと聞いても、きっと納得した。


「アルヴィオス王様……こんな、他国にお一人でいらして宜しいんですか」


 リティアがおそるおそる問うた言葉に、王は軽く眉を上げた。


「もちろん危険は承知の上だ。けれどどうしてもーーアルティスの秘石の封印が解け、君が生きていると分かった時から、どうしても君に会いたかったのだ」


 真摯に見つめられ、リティアは胸が痛くなる。

 ずっと昔に失ったと思った家族だ。

 戸惑いの方が大きいがーー望まれていると分かって、嬉しくない訳が無い。


「君が生まれた頃のフレイム・フレイアは魔法に対しての備えが無さ過ぎた。

君は赤ん坊の頃から魔族に狙われ、危険に晒されて、もはや魔導師に預けるしか手は無かった。そして君の養父母は厳重に君を隠して、今までその生死すらロクに分からなかったのだ。やっと見つけたと思ったら、もう止められなかった」


 燃えるような髪と同じく、情熱に溢れた性質なのか。アルヴィオス王は熱を込めてリティアに語った。


「君は私がずっと思い描いていた通りに成長していたな。会えて良かった、リティエルシア」


 心から愛おしむ笑みを向けられ、リティアはなんだか恥ずかしくなりながらもーー微笑み返した。

 兄がいたことは知っている。けれど兄の記憶は無い。ーーはずなのに。


「私もあなたが懐かしいんです。国を出た時は赤ちゃんだったから、覚えているわけがないのに」


 それでも、目の前の彼からは悪意はかけらも感じられない。妹のために、単身で他国へ乗り込んでゆくようなまっすぐな人だ。ーーあ、それで思い出した。


「けれど、王自らお一人でいらっしゃるなんて……ええと、あの、軽率では」


 リティアの戸惑った表情に、兄が笑う。


「他人行儀な話し方はおやめ。いつもの君で構わない。それに私のことはアルと呼べ」


慣れない敬語を見破られ、リティアは恥じらいながら返す。


「なら私のことも、リティアと呼んで下さい。それが今の私の名前なんです。……アル兄様」


 遠慮がちに、けれどまっすぐに瞳を見つめて呼ばれた名前に、アルヴィオス王は目を見開いた。 片手で口元を覆って、苦笑いする。


「は……魔導士殿の気持ちが分かる気がするな。なるほど、無垢な少女というのは拷問だ」

「え?」


 リティアは兄のつぶやきの意味がわからずに首を傾げた。アルヴィオス王はその頭を引き寄せーー


『チュ』


 軽い音と共に触れた、唇。


「ーーえ?」


 リティアはあっけに取られたまま、燃えるような髪の青年を見つめて。今触れた熱を確かめるように、自分の唇を押さえた。


「……?」

 あれ?いまーー


 そのとき、コンコン、とノックの音がしてセアラ姫が扉を開けた。


「リティア、ちょっと宜しいかしら。アルヴィオス王、お話中に申し訳ありませんが、彼女をお借りしても?」


 美姫に微笑まれ、隙無く告げられて、王は頷いた。


「こちらは客人の身だ。あなたのお好きになさるといい、聖国の金の薔薇」

「ありがとうございます」


 優雅に一礼すると、セアラ姫はリティアを伴って廊下に出た。


「良かったわ、何も無いうちに連れ出せてーーあら、どうしましたの、リティア?」


 背後を振り返った姫は、黙って片手で口を押さえたままのリティアに、怪訝な顔で問う。彼女はぽかんとした顔で、セアラ姫に告げた。


「フレイム・フレイア王国って、兄妹でも口にキスするんですか?」


 リティアにはかの国の知識は無い。だからアルヴィオス王の真意など知らずーー、勝手に解釈した。すなわち『お国柄?』だと。


 “バキッ”

 セアラ姫の手の中で、扇が真っ二つに折れた。

 金の薔薇はにっこりと微笑んでーー


「そうね、そういうこともあるかもしれないわね」

 堂々と嘘をつき、内心舌打ちしていた。


 チ、あの王様ったら手が早過ぎますわ。全然間に合ってないじゃありませんの。

何してくれていますの、わたくしの可愛いリティアに!

 こんなことがシーファに知られたらーーいや数分後にはどうせ知らせねばなるまいがーー怒り狂うことは間違いない。ついでにアランは爆笑するに違いない。そしたら折れた扇で殴ってやろう。


「負けたら許しませんわよ、シーファ……」


ぼそりと呟いた言葉は、幸いリティアには届かなかった。


***


 リティアを魔法修行の部屋に向かわせ、男性陣の待つ部屋に戻ったのはセアラ姫だけで。彼女の配慮は英断だったと知る。セアラ姫から事の次第を聞いたシーファは当然のことながら怒り狂いーー。


「ちょっとどこに行くんですか!外交問題は避けて下さいと先程あんなに」


 必死で止めるラセイン王子に、シーファは言い放つ。


「知るかそんなもの。私のまわり半径1キロは治外法権だと思え」


 その言葉にアランが反応し、がっちりと魔導士を羽交い締めにする。


「1キロも与えたら、アンタ爆発魔法とか平気でするだろうが!!」

「ならば2メートルで構わん。3秒でフォルディアス湖に沈めてやる」

 本気だとその目に書いてある。


「せめて杖、杖は置いて行って下さい。うちの国民全滅させるつもりですか!」

 ラセイン王子の顔色はもはや蒼白で、本気でそう思っているのがわかる。


 甘いな王子。魔力増幅の道具である杖なんか無くたって、この馬鹿は破壊神だぞ。むしろ無い方がヤバイだろうが。

 アランは呑気に爆笑した数分前の自分が懐かしい。


「気持ちはわかるけど、落ち着けって!リティアちゃんの兄上だぞ!不用意に危害加えたらあの子に嫌われるぞ!」

 

 外交問題よりも切実だったのか、シーファはピクリと暴れるのを止め、

「ドサクサに紛れてリティアちゃんとか呼ぶな、馬鹿者」

「そこか」

 アランに八つ当たりする彼。


 それを溜息混じりに見て、セアラ姫は考え込んだ。何か、相手の腹を探る良い方法は無いものか。 そうしている間に、男性陣の方ではまたもや揉め出して。


「どこに行くんですか。話はまだ終わりませんよ、シーファ」

「リティアに護身術と女の自覚を叩きこんでくる」


 怒りの方向が変わる彼を、近衛騎士の悪友が眉を上げた。


「お前今行かないほうが良いんじゃないの?あの子メチャクチャにしない自信ある?お前はさ、根が真面目でストイックなくせに、つうかだからこそなのか、キレると加減なくぶっ飛ぶだろ。今度手荒なことしたら信用失うよ、男として」


 冷静なアランの分析に、シーファは黙り込んだ。いつもふざけている分、真面目に言われるとこたえる。


「おや、さすが年の功だなアラン」


 王子の感心したような目に、アランはふふんと胸を張った。


「コイバナならおにーさんに任せなさいですとも。ほら、座ってミルク飲みなさい。カルシウム欠損魔導士」

「その余計な一言さえなければな」


 けれど言われた通りにミルクを飲み干す魔導士が何だか可愛くて、ラセイン王子は密かに笑った。


「なんだ、キラキラ王子」


 彼の含み笑いに気づいたシーファが不機嫌そうに問う。


「んもー。うちの王子にまで八つ当たりしないで下さいでございますよ、大魔導士殿」


 アランの茶化しに彼は空いたカップを投げつけた。


「ちょ!バカやめろ!それ幾らするカップか知ってんのか!

侍従長のジジイに怒られんの俺だから!」

「知っているからやっている」


 ふん、と尊大に言う彼を見てラセイン王子は笑いを止められない。


「ふ、あはは……。本当にあなた変わりましたね。リティアさんの力は凄いな」


 彼の言葉に、魔導士は怪訝な顔をした。

「そうか?」

「ムカつき加減は前からこんなもんですけど、そうですね。

変わりましたよね、遠慮の無さが倍増して」


 そう言ったアランにもう一個カップを投げてやろうとしたが、その彼が思いのほか穏やかな笑みを浮かべているのを見て、動作を止めた。


「良かったな、シーファ。お前がずっと求めていたもんを手に入れられて」


ーーいちばん辛い時を、側で見ていた彼らだからこその、言葉。

 シーファは瞳を閉じた。それを穏やかに見つめていたセアラ姫だったが。


「あ……そうですわ。良い方法を思いつきましたわ」


楽しげに微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ