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King of the desert

 魔法の気配が消え、リティアが目を開けると、そこは城の西側の塔の中だった。何度も修行で入っていたから分かる。

 けれど、何故彼は私をこんな場所に連れて来たんだろう。

 リティアは未だに自分の腕を掴んだままの赤い髪の青年を振り返った。彼はリティアの視線に気づいて答える。


「ああ、ここか?ここならラセイン王子の部屋から近いだろう」

「え?」

「彼を、待っているんだ」


 ふ、と笑む彼に、リティアは首を傾げる。


「泥棒さんなら、さっさと逃げるべきでは?」


 少女の言葉に、青年は彼女を真似て首を傾げた。


「だから、言っただろう。私は、泥棒ではない。君を迎えに来たのだ」


 その真意を確かめようとした、その瞬間ーー


「ーーどいつもこいつも、無断で私の弟子を拐かしやがって。大人ならきちんと持ち出し許可を取ってもらおうか」


 怒りを込めた声が響いた。続いて、リティアの腕から青年の手を叩き落す白い杖。青年はふ、と笑って。


「ならば今から、持ち出し許可を貰えるかい?」

「断る」


 間髪入れずに告げられた言葉とーーその姿。


「お師匠様……っ」


 リティアは自分の目の前に突如現れた銀髪の背中に呼びかける。


 シーファ。

 来てくれた。

 先ほどまでの苦しみを思い出して、彼女はその背に縋り付く。


「ごめんなさい……!」

「放せ」


 彼の後ろからその身体に回された腕を、シーファは振りほどいた。そのそっけなさに拒絶されたかと、リティアは息を呑み、絶望しかけて。

 けれど彼は、くるりと身体の向きを変えて、リティアに向かい合うと、青い瞳でまっすぐに彼女を見つめて、ーーリティアを抱き締める。


「本当はずっと、触れたかったさ」


 俯くように、リティアの肩に顔を埋めるように、彼はきつく力を込めて。


「けれど、アルティスの秘石を出し入れする行為はーーお前の身体に負担をかけるとセアラに言われた。だから、リティアが魔力を制御できるまで、お前には触れるなと」


 ああ、だから。


『早く制御できるようにならないとね。シーファの我慢も限界でしょうから』


 我慢、は出来の悪い弟子にという意味ではなくて。好きな人に触れたくても触れられないというーー我慢。


 シーファはその表情を隠すように、リティアをますます強く抱きしめて。リティアはその強さに胸が締め付けられる。


「……俺だって、どうしていいかわからなかったんだよ」


 私、ではなく。口調の乱れた彼は、本音を話してる。それを知ったから。


「俺はお前が思うほど出来たオトナじゃないんだ。頭を撫でるだけでも、手を繋ぐだけでも、目を合わせることでさえも、もう止められなくなると思った。お前にキスしたくて、抱きたくて」


 あからさまな答えに、リティアの頬が真っ赤に染まった。


「お、お師匠様?」

「もうお前の負担なんか知ったことか。ちょっと疲労しようが、寿命が縮まったって知るか。怯えられても、拒まれても、もう我慢など出来ん。今すぐキスするぞ、させろ」

「ちょっ……んん!?」


 リティアの返事など聞く間もなく。彼女に噛み付くように、シーファの唇が重なる。何度も、何度も。


「あ、のっ、待っ……」


 リティアが必死に止めようとしても、彼はますますその腕に力を込めるばかりで。


 リティアの胸元が輝き、アルティスの秘石が現れた。

 思わずそれを掴んだリティアの手の上から、シーファがその手を握る。


「ちょっと、君たち。私の存在を忘れては居ないかね」


 赤い髪の青年が、腕組みしながらそう言って溜息をついた。リティアはそうだった!と慌てて師から離れようとするが、彼は離れない。


「今ちょっと良いところだ、空気読め」


 シーファはそれだけ言うと、またリティアにキスをする。


「お、師匠、さま!寿命、縮まるのは、困ります!!」


 弟子は何とか主張したが、


「私は悪い男だと言ったはずだ」


 師はあっけらかんといってのけた。もはやまた押し倒されるのも時間の問題かもしれない。


 ーーシーファ、キレるといちゃいちゃするの!?

 リティアはもはや沸騰寸前に真っ赤になった顔を押さえて。


「ちょっ、待っ、待てってばああ!!!」


 思わず手にした秘石でーー思いっきりお師匠様を殴った。ゴイン!と見事な音がして、やっとシーファが離れる。


「痛ってー……」

「人前で、はしたないです、お師匠様!それに、空気読むのはこっちですよ!

あの人の話はどうなったんです!?」


 リティアに視線を向けられ、青年は微笑む。

 そのとき、塔の階段が騒がしくなり、数人の兵を引き連れたラセイン王子が登って来た。


「シーファ、リティアさん、大丈夫ですか……!」


 彼らの姿を認めたアクアマリンの瞳が、無事を認めて安堵しかけ、続いて赤い髪の青年を捉えてーー。


「何故、あなたがここに!」


 驚愕に彩られる。シーファが怪訝な顔をした。


「は?ラセイン知り合いか、この泥棒野郎と」


 ラセイン王子は緊張に満ちた表情で、ゆっくりと頷いた。


「直接お会いするのは初めてですね。砂漠に囲まれし、フレイム・フレイア王国の統治者、アルヴィオス王ーー」


ーー青年はにやりと笑った。


「何故、王であるあなたがここに」


 ラセインは口にし、次の瞬間ハッとしたように顔をこわばらせる。リティアを見て探るように王へと視線を戻して。


「……アルティスの秘石が、フレイム・フレイア王国から持ち込まれたものだという噂は、本当なのですか」


アルヴィオス王と呼ばれた青年は、悠然と微笑んだ。


「何のことだ。私は、探し物をしていて、“偶然”ここに迷い込んでしまっただけだ。うちの魔導師達が手に入れた、この指輪の移動魔法を試していてね」

その手に光る指輪を示す。


「偶然だと?何を言っている、不法侵入者がーー」


 杖を上げかけたシーファに、ラセインが首を横に振って駄目だと合図した。

 相手は一国の王。

 それが護衛もつけず、武器も持たずーー物理的には、だが。

 ただ探し物で迷い込んだと主張し、他国の王城の中にいる。下手に傷をつけては外交問題に発展する怖れがある。そもそも王城は魔法に対しても厳重な警備をしいている。悪意があるならば排除されるはずなのだ。

 ーー特に今はセインティア王と王妃が諸外国に招かれていて、留守にしている微妙な期間だ。だからこそ世継ぎの王子であるラセイン王子は判断を間違えるわけにいかない。ラセイン王子は注意深く、聞き返した。


「探し物?」

「そう」


 アルヴィオス王の視線は王子から外れーー魔導士をも滑りーーリティアを捉えた。優しくーーけれど油断無く、彼女を逃がさない強さで。



「生き別れた私の妹ーー

リティエルシア姫を探しに」



 誰もが、耳を疑った。


 ーーリティア?


 シーファでさえもその衝撃に言葉を失い、ラセイン王子もただ信じられずに二人を見比べる。


 フレイム・フレイアの王妹ーー砂漠の国の姫君。

 

 どこも似ては居ない。

 真っ白な肌に、柔らかなストロベリーブラウンの髪と、

 浅黒く焼けた肌に、炎のような髪。

 

 細く華奢な手足と、

 砂漠で鍛え抜かれた固い強靭な手足。


 小さなその身体と、

 大きなその身体ーー。


 どこも似ていない、けれど。どこか似ている、ふたり。


 何よりも。


「リティア、お前……」


 弟子の少女を見下ろしたシーファは、その目に真実を見つける。


「ごめんなさい……」


 彼女は知っていたのだ。知っていて、黙っていた。

 シーファはその事実に、ついリティアの手を離してしまったが。


「……!」


 リティアが目を見開いてーー悲しそうに唇を引き結ぶのを見て、我に返る。

 

 何を、やっているんだ私は。

 一度、彼女の手を離して永遠に失いかけた。もう一度彼女を突き放して、自分の愚かさに後悔した。もう二度と、離すものか。

 その身体を腕の中に引き寄せた。リティアがその胸に顔を埋めて、彼の服を強く握りしめたことに、今度こそ間違っていないと確信して。


 シーファに抱き締められ、顔を上げない妹を見つめ、アルヴィオス王は一瞬切なそうに目を細めた。けれど、すぐにそれを掻き消す。


「まさか“偶然”再会できた妹を、不当に取り上げたりはしないだろう?」


 アルヴィオス王は、ラセイン王子にそう言って低く笑った。王子は唇を噛む。


 やられた。相手に言質をとらせるべきでは無かった。せめて武器の一つも持っているか、攻撃してくれば侵入者として排除できたものを。

 アルヴィオスはすべて計算の上で、ここに居たのだ。リティアを攫って逃げ回るより、効果的で有効な手を。

 こんな風に正攻法を装われては、問答無用で捕らえることが出来ない。


「……それは、遠路はるばるご苦労なことです。けれどリティアさんは、魔法修行をしに来たこの城のお客様です。それが終わるまで、連れていってもらっては困ります」


 ラセイン王子は、視界の隅で俯くリティアと、その彼女を見つめるシーファを見た。


 リティアのことは以前からアランに調べさせていた。しかしこの事実は初耳だ。

 性格はあんなだがーー優秀な秘書官である彼が、この事実を突き止められないはずが無い。とすれば、アランはわざとラセインにこのことを黙っていたのだ。

 こうなったとき、ラセインがリティアの身元を知らなければ、ただの自国の国民としてーー城への客人として扱ったと言い訳できる。もし彼女の身分を知っていた上で、フレイム・フレイア王国の姫君であるリティアを、アルティスの秘石欲しさにセインティアが秘匿していたと言われてしまえば、外交問題は免れない。


 アランめ。過保護なことを。結局、姉上と同様ーーいつも僕は守られているな。


 悔しいことだが、ラセインは良くも悪くも育ちが良い。善意に囲まれた中で大切に育てられて来た王子様だ。他人よりずっと聡明だがーー狡猾さで言えば年長のアルヴィオス王や、秘書官としてのアランの方が上だった。世継ぎの王子だからと、姉姫よりは最前線に立たせてもらっていたつもりだったがーー結局はアランやシーファが先に手を回していることが多い。


 けれどここからは、僕の仕事だ。だからシーファ、あなたはその手を離すな。


 寄り添うように立つ二人を見つめ、王子はそう願って息を吐いた。


「では……ゆっくりお話を伺いましょう。別室へ」


 促され、一同が歩き出す。続こうとしたリティアの手を、シーファが絡め取った。


「……シーファ?」

「聞かせてもらうからな、全て」


 問い詰める口調の割には、優しくその手の甲にキスを落とす。


「っ、は、はい」


 リティアは真っ赤になって硬直した。


 その隙に魔導士は王子の側に来て、鋭く問う。


「ずいぶん若い王だが。本物か?お前は直接会ったことが無いんだろう?」


 ラセイン王子は眉をしかめた。


「残念ながらーー本物でしょうね。魔法映像での会見は何度もしています。

アルヴィオス王は御歳26歳だそうですよ。5年前に半ば反乱めいた強引な手法で王に即位しましたが、その手腕でフレイム・フレイアを流通都市として繁栄させ、国民の評判は上々です。ここ3年は我が国とも多くの魔導師や魔法の道具の貿易協定を結んでいます」



13年前にリティアがアルティスの力を暴走させた際には、まだフレイム・フレイア王国はロクに魔力を探査する機関など無かった。今考えれば古き王を追い出してから、彼は着々とリティア捜索の手を打っていたに違いない。

 3年前といえば、リティアの両親の死で、一度はアルティスの封印が途切れた時期だ。おそらくはセインティア王国のリティアの存在を感知したのだろう。そしてセインティアに貿易協定という隠れ蓑で近づいた。


「……相手は手強いですよ」


 ラセイン王子の呟きに、シーファは美しくーー不敵に笑った。


「望むところだ。私に喧嘩を売ったことを、後悔させてやる」


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