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True love


 目を開けて、最初に見えたのは青い瞳。

 手を伸ばして、最初に触れたのは銀色の髪。


「ただい、っ、んっ」


 ただいまと言いかけた唇は、シーファの唇に塞がれた。


「遅い、馬鹿弟子」


 クスリと笑みを含んだその顔に、ドッキンと心臓が跳ねて。胸がいっぱいになったリティアの瞳から、とうとう耐えきれずにボロボロと涙が零れ落ちた。

 告げたいことは沢山あるのに、何故か上手く言葉にならず、結局出たのはこんなセリフで。


「ごめんなさい、シーファ、お師匠様。ファーストキス、あの馬鹿魔族に取られた」


 泣きべそをかきながら、リティアが訴えれば、シーファは彼女の頭を抱えてガシガシとかき回した。


「安心しろ。お前が三歳の時にすでに私が頂いている」

「は!?」


 リティアはギョッと目を剥きーー瞬間的にその頬が真っ赤になる。


 な、なんてことを!!……でも、まあ、それならいっか。


「よかねーよ。私がムカつくことには変わりない」


 シーファがリティアの表情を読んで吐き捨てた。怒りを孕んだ顔を、魔族に向けて。 見た目にはわからないが、動揺しているらしいシーファは、口調が混在したまま低く唸る。


「ムカつくからあいつをぶっ潰して、今までこの私に我慢させた分、キスしまくって、あいつがお前に触ったところ触り倒して上書きして、さらにすっごいことまでするからな!覚悟しておけ!」

「お、お師匠様~!?」

 シーファ壊れてる!


 リティアは真っ赤になりながらも、頷く。レイウスは魔導士のノロケにうんざりしたかのように、息を吐いて。


「全く、ブチ切れた大魔導士は面倒だね。ーーだけど、見ぃつけた」


 赤い視線を追って。は、とリティアは自分の胸元を見下ろした。

 そこには手のひらに乗るほどの大きさの水晶が浮いている。虹色のような、不思議な色に煌めくそれは、けれど強く濃い魔法をギュッと詰め込んだ、不可侵の威圧感がある。


 ーーアルティスの秘石。


 アルティスは、形容通りリティアの中の魔力を石に圧縮したらしい。近くにあるというだけで、息苦しい程の圧力を感じる。


「それ、ちょーだい。リティアちゃん?」


 その力に魅入られたレイウスが、床を蹴って走り出す。ーー魔族はリティアへと手を伸ばそうとして、


「ーーさせるか」


 シーファが思いっきり、その腹に膝を叩き込んだ!


「ぐ、」


 更によろめいたレイウスにーー回し蹴りを喰らわす。


 ーーバキッーー!!


 凄まじい音と共に、レイウスは吹っ飛んで、背中から壁に激突した。さすがの魔物も、魔法以外の攻撃がくるとは思わなかったらしい。モロにダメージを受けたのか、すぐに立ち上がることができない。


「っ、ゲホッ!何するのさ、大魔導士!ズルいぞ!魔導士なら魔導士らしく、魔法を使いなよ!」


 魔物の文句に、シーファは腰に手をあて顎を上げる。銀色の髪をサラリとかき上げた。


「すまんな。私は魔法だけに頼らない主義だ」


 リティアは師匠の男前加減に絶句してしまう。


 格好良い、お師匠様!アルティス格好良いとか言ってごめんなさい。ちょっとライブ映像見てみたかったけど、もう良いです。お師匠様をずっと眺めてればお腹いっぱいです。


「レイウス、お前は絶対に泣かす。地べたの味を教えてやろうじゃないか、くそガキ」


 シーファはもはや傲然たる態度で、杖を構えた。魔族は血を吐き捨てながら、それでも嘲笑う。


「チッ、リティアちゃんの初めてのキスはお師匠様に取られちゃってたのか。初めてのアレとかコレとかも奪っておけば良かったなー」


「ーーこの、下劣な下等生物が。お仕置きタイムだ、馬鹿者め!!」


 シーファは怒りに稲妻を叩き込んだ。

 リティアは意味が分からずきょとんとしながらも、口を挟めない。


 アレとかコレって何。怖くて聞けない。だってシーファの目が据わってる。


 その師は魔法を唱え始めた。


「ーー我は乞う、偉大なる魔力の主、すべての生けるものを統べる王……」


 いつもとは違う呪文にリティアの顔色が変わる。


「お師匠様っ!!?それ禁断中のド禁断っつってた召喚呪文ですよね!!何呼ぼうとしてますか!?」


 なんだかラスボス的かつ魔王的存在を召喚しはじめた師匠に、弟子は慌てて縋り付いた。 とにかく全力で阻止しなければ。


「止めて下さい!こんなとこでそんなことしたら私達、破壊の使者とか悪魔の手先とか、そんな愉快なニックネーム付けられて、歴史に残っちゃいます!!」

「お前も魔導士見習いなら歴史に名を刻むくらい、むしろ誇りに思え。誰にも私を止めることなどできん」

「何良いこと言った~みたくなってるんですーー!!」


 リティアの必死な妨害に、詠唱を中断されたシーファは舌打ちして。ふと、彼女の手元を見た。


「お前、それ大丈夫か」


 言われてハッと手を見る。


 ーーアルティスの秘石を握りしめた、自分の手を。


「お、思わず勢いで……でも大丈夫、です。ただあったかくて……」


 先ほどまでの高圧なプレッシャーはない。一度触れてしまえば、あのアルティスと同様の気配が優しくて、懐かしい。


「なら、リティア。そこから力を引き出せるか。少しでいい、手を貸せ」


 ーー手を貸せ。


 言われた言葉が信じられず、リティアは目を見開く。

 私が、お師匠様の手助けをする?私が、シーファに頼られる日がくるなんて。


「はい!」


 嬉しさのあまり、満面の笑みで応えた。それを静観していたレイウスが、にやりと笑う。


「また暴走させたらどうするの?今度はシーファも滅ぼしちゃうかもよ?」


 恐れていたことを指摘され、ビクリと肩を震わせたリティアを見つめ、シーファは秘石ごと彼女の手を包み込む。


「私はお前を信じる。ーーだからお前は、私を信じていればいい」


 泣きたくなるくらいの、信頼をもらって。


「ーーはい!」


 まっすぐに前を向いた。


「ーー我は銀の大魔導士シーファの唯一の弟子にして、偉大なるアルティスの秘石の器」


 本当は発動呪文は要らない。けれど、決めている。

 自分が何者なのか、あなたに伝えてあげる、レイウス。


「私はーー“真実の愛”を託された者」


 発動した呪文は、ひとつ。

 魔族を浄化し、消え去るための魔法。


「愛とか言ってて、恥ずかしくないのリティアちゃん!」


 肌を灼く光に耐えながら、レイウスが叫ぶ。リティアはしっかりと彼を見つめて。


「良いのよ、私は女だもの。乙女の恋は恥ずかしいものなのよ、当たり前でしょ」


 今ならわかるから。人を好きだと思う気持ち。


「レイウス、あなたにはわからない」


 彼女の言葉に、レイウスは悔し気に口元を歪めーー。


「、……!」


 光が辺りを埋め尽くす。その向こうで、レイウスの声が響く。



ーー僕は諦めないよ、リティア。溢れる魔力の塊。アルティスの秘石。必ず、いつかこの手に……!







「あ、……あれ?」


光が収まると、そこに居たのはリティアとシーファだけだった。魔族は影も形もない。アルティスの秘石はゆっくりと光を和らげ、スッとリティアの胸の中に消えていく。おそらくまた、彼女の身体に封じられたのだ。

 けれど以前のように、リティアには全く魔法の手応えが無いわけでは無く、ゆるやかな魔力を感じる。アルティスが制御を手伝ってくれているお陰なのかもしれない。


 しかし、レイウスは何処に消えたんだろう?


 もしやまた、暴走させたかと師を見上げる彼女に、シーファは首を振った。


「逃げられた。ーーまあ、かなり致命傷に近い傷を負わせたからな、しばらく現れることもないだろうが……」

「まだ、諦めていない。

いつかまた、レイウスは私を狙うーーですか?」


 リティアは師匠の途切れた言葉をつなぐ。シーファが厳しい目で頷いた。

 その事実に、リティアは溜息をついて。けれどアルティスの言葉を思い出す。


「でもアルティスは、私とシーファならきっと大丈夫だって」


 弟子の笑顔に、シーファは少し眩しそうな顔をして。けれど軽口で返す。


「無責任なオッサンだな」

「え、アルティス格好良かったですよ。若かったし」

「それイメージ映像でお送りしますってやつだろう。確かアルティスの没年はーーオッサンとかジーサンとかそれくらいの筈だが」

「えぇえーー!あ、でも魔導士だから老化が遅いのかも!シーファだって見た目変わらないじゃないですか」

「お前、私を幾つだと思ってるんだ!私は本当に若いんだぞ。若くて美貌と知性に溢れた俺様カッチョイー的な」

「はいはい」


 言葉遊びにも似た応酬をしながら。けれど内心、ドキドキしている。

 だって、恋を知った。告白もした。キスも。


 リティアはそこまで考え、ふとシーファの唇に視線がいく。彼は気付いたのか、ふと笑った。



「何だ。もう一度して欲しいのか」

「えぇっ!?」


 リティアは爆発寸前のように真っ赤になって。

 慌てて首を振って否定しようとするが、それより早くシーファが彼女に近づいて、その身体を抱きしめた。



「私がしたいから、する。……お仕置きタイムだ、馬鹿者め」



 優しい声で。発動したのは何の呪文なのか。

 ーー二人の上に花びらが降り注ぐ。


「わ、綺麗……」


 思わず上を見上げたリティアを、予想していたに違いない。覆いかぶせるように、シーファが唇を寄せた。


「ーーお師匠様、ズルい……」



 どうしよう、この人ってば。

 実はすごく、ロマンチストだ。

 すっごくすっごく、ロマンチストなんだ。


 唇が、触れたーーー瞬間、リティアの胸元が光りだしーーアルティスの秘石が現れた。


「あああっ!」

「……そうかそうなるか。これからは私がお前にキスするたびに秘石が……」


 シーファは頭を抱えた。


 そりゃあ今は魔力の暴走はないが、キラキラキラキラうっとおしいし、出しっ放しだと魔族やら魔導士やらが寄ってくるしーーいちいち面倒だ。


「アルティス、中途半端ーー!!」



 絶叫する弟子を、がっかりしながら見つめるシーファは。



「リティア……お前早く制御できるようにしろ。自分でしまっとけるように。な?頼むから思う存分に触らせてくれ」


 これはアルティスの嫌がらせじゃないのか、などと考えていたーー。


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