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Prayer

 何が起こったのか、わからなかった。

 ただ胸に衝撃が走り、息が止まった。


 身体ががくりと揺れーー彼女はその場に崩れ落ちた。


「ーーリティア!」


 我に返ったシーファが彼女に駆け寄り、その身体を抱き起こす。すぐに治癒魔法をかけるが、リティアからはどんどん命の炎が消えていく。止められない。


「……っ、リティア」


 完全に見誤った。レイウスはアルティスの秘石をーーリティアを傷つけはしないと。そう過信して、目を離した。


「っ、……シー、」


 リティアはシーファの名を呼ぼうとするが、言葉にもならない。微かに漏れる息も、もう途切れてゆく。衝撃が残る身体に痛みは無く、ただ力がどんどん抜けて行くのを感じるだけで。


 ごめんなさい、シーファ。

 

 油断していたのはリティアも同じ。シーファに拒まれたことで、完全に注意を怠っていたから。そんな顔を、悲痛な顔をさせるつもりじゃなかったのに。


 レイウスは笑みを浮かべ、二人を眺めた。


「ああ脆いね、彼女は。ーーさあ、どうする大魔導士。アルティスの秘石の力を開放すれば、彼女の命を繋ぎ止められるかもしれないよ」


 楽しげに響いた魔族の声に、シーファはギリ、と唇を噛み締めた。


 狙いはそちらか。

 リティアからの愛を得ることは諦め、無理やりシーファに封印を解かせるつもりなのだ。師は蒼白な表情のまま、首を横に振る。


「リティアでは、アルティスの力に耐えられない。大き過ぎる魔力に飲み込まれて、壊れてしまう」

「は、状況見てモノ言ってる?どっちにしろこのままじゃリティアは死ぬよ。一か八か、アルティスの魔力に掛けてみたら?」


ーー魔族の誘惑。

 けれどそれに縋ることしか、リティアを留める方法がない。何もしなければ、リティアを失ってしまう。 リティアの耳にも二人の会話は聴こえていた。


 しかし、彼女は絶望感で溢れる。


 馬鹿ね、レイウス。封印を解きたくたって、手段がない。開呪の条件は、『心から愛し、愛された相手とのキス』だもの。魔法を掛けたシーファ自身にも、もうその条件無しには解けない。


 私はシーファを好き。だけどシーファは、私を好きじゃない。

 だから、魔法は解けないの。ーー私は、消える。


 泣きたい気分だけれど、涙を零すチカラさえ無い。リティアの目の前の師の姿が、霞んでいく。


 ……ああ、どうしよう。お師匠様が、もう見えない。


 諦めたように力を抜いたリティアを、シーファは苦悶に満ちた瞳で見下ろした。


「お前の気持ちを受け入れることは出来ないと思った。このままずっと、耐えるつもりだった。


お前に触れたら、私がアルティスの秘石を解き放ってしまう。

私が、お前を壊してしまうと」



 切なげに響く声に、リティアは驚いて、力を失ったはずの目を見開いた。


 え?

 シーファが、アルティスの封印を解いてしまう?


 それはーーまるで。

 リティアを好きだと言っているようで。


 じっと彼女を見つめる視線に、リティアは言葉を失う。


 今の、シーファからの告白だと思っていいの?


 リティアは必死でシーファへと手を伸ばす。それを絡め取って、彼は囁いた。


「リティア、耐えられるか?ーー俺は、お前を失いたくない」


 シーファの心からの言葉。それが嬉しくて、リティアは微笑んだ。かすかな声で、告げる。



「シーファ、私も……あなたを、諦めたくない」



「愛してる、リティア」



 その言葉を実感する前に重ねられた唇ーー。



 ーーー。




 光が、溢れた。






 ーー遥か彼方、砂漠に囲まれた国の王宮で、一人の青年が顔を上げた。


「……アルティスの秘石……!生きていたのか、私の大事な……」


 青年は喜色を浮かべて目を閉じた。





 ーー精霊の目を通して、魔導士と弟子を見守っていた魔法大国の王子は。


「アルティスの封印が解かれた……。何をやってるんですか、シーファ!見つかってしまう……!」


 眉を顰めて呟いていた。





 待ち望んだ、強く美しい魔力の渦を目の当たりにした魔族は。


「あはは……はははは!いっそ壊れてしまえ、リティア!チカラを暴走させて、自分ごと僕を滅ぼしてみなよ!」





 そして溢れる光の中で、愛おしい少女を自らの腕に抱きしめた魔導士は。


 勝手なことを。あの魔族、絶対泣かす。

 だけど、その前に。


「ーー耐えてくれ、リティア」





 そして。

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