Never my Love
**
ーー光の渦に目を奪われて。
リティアは闇からゆるゆると目を覚ます。
ずっと、気づかなかった。
気づかないフリをしていた。
子供扱いされて、苛つくのも。
他の女に嫉妬するのも。
護られて、苦しくて、
だけど嬉しいのも。
たった一人への、想いがそうさせた。
もう、恋を知らないなんて、言えない。
レイウスなんかじゃない。
私が、好きなのは。
愛を伝えたいのは。
必要としているのは。
必要とされたいのは。
『リティア』
泣きたくなるほどその声が、腕が欲しいのは、
強くて、厳しくて、優しい、
ーー銀色の髪と青い瞳の魔法使い。
*
ーーバシュッ!!!
シーファの怒鳴り声と共に、光の渦がリティアを直撃した。
「……っ、いっ痛い!!お師匠様っ何するんですかーっ!」
叫んだことで、彼女は呪縛が解けたと気づいた。慌ててレイウスの手を振りほどき、驚く彼の足を思い切りーー踏む!
“ダンッ!”
「痛ったあ!!」
「この、セクハラ魔族っ!」
ついでにお師匠様直伝の、急所蹴りも追加しておく。
“ドゴッ!”
「ーーーっ!!」
あ、魔物にも効くんだ。
悶絶したレイウスを見て、ようやく気が済んだリティアは、シーファの元に駆け寄る。涙目のレイウスが、恨めしそうに見た。
「それ酷くない?ていうか大魔導士、いたいけな少女になんちゅう技を教えてんの?僕、人間に化けてこんな辛い思いしたの始めて」
「そりゃ、勉強になったな。生きてる実感が湧くだろう。魔法の使えない弟子だからって、舐めてると痛い目を見るってことだ」
フン、とシーファは鼻を鳴らして、自分の弟子に視線を向ける。口元に笑みを浮かべた。
「無事で良かった」
「お、お師匠様~!」
飛びつこうとしたリティアだがーー当の師匠に額をガシッと掴まれて阻まれた。
「痛い!」
「この馬鹿!今さら何を遠慮してるんだ!私が魔導士になったのは、お前ごときのせいではない!」
「でも」
耐えられずに反論しようとしたリティアは、今度はシーファの腕に引き寄せられた。
ーー抱きしめられて、息が止まる。
「あんなセクハラ三昧のチャラい魔族に簡単に心を奪われやがって!人の気も知らずにーー」
え?
ふと大事なことを言われている気がしたのだけど。リティアは師に触れられるのが嬉しくて、それどころではなくなった。
頬が熱い。きっと赤く染まっているに違いない。
「シーファ」
リティアは彼を抱きしめ返そうとし、けれどシーファはハッと我に返ったように、彼女の身体を引き剥がしてしまう。リティアの顔から目を逸らして、唇を噛んだ。まるで、抱きしめた事を悔やむように。
「ーーシーファ……?」
微かに浮かんだ動揺など、振り払うように、師は口を開く。
「とにかくあの馬鹿を退治するぞ」
「待って」
心細げに呟くリティアからますます目を逸らすシーファの腕を、思わず掴んで引き止めた。
お願いだから、聞いて。
「私、あなたが好きです」
シーファの目が見開かれる。
「だから、レイウスが私に何をしても、アルティスの秘石は現れない。
ーー私が心から愛しているのは、あなただけなんです、お師匠様」
知って欲しい。叶うなら、受け入れて欲しい。
ただ、その想いだけで。震える声で、しっかりと彼を見つめて告げた。
シーファはただ茫然とリティアを見つめていて、だんだんとその言葉の意味を掴んで、口元を押さえた。
「……っ」
わずかに赤く染まる、目元。
やがてその腕が彼女を抱き締めようとしてーー拳を握りしめて止まる。
「駄目だ」
呻くように呟かれた、答え。
「私は、お前を、愛さない」
伏せた目はリティアを見ることはなく、シーファの身体が、彼女から離れた。
ーー愛さない。
今度はリティアが茫然と立ち尽くす。彼の背中に、今言われた言葉の意味を、問う間も無く。身動きも出来ない。
ーー拒まれた。その事実だけが、リティアを打ちのめした。
復活したらしいレイウスがあははは、と高笑いをする。
「は、大層な理性だね、大魔導士!損な性分だ!」
その手に火球が現れ、シーファへと次々に放たれた。それを除けながら、杖を振りかざし、彼は呪文を紡ぐ。
「我は溢れし力を受ける器。月の女神の騎士、魔法の光満つる地に在りし魔導の徒。ーー目の前の敵を排する為に大いなる力を示せ、我が身に溶ける秘石。
欲するのは焼き尽くす炎、焦がす雷、切り裂く風、凍てつく氷ーー」
略式ではない、長い詠唱をしているのは、本気でレイウスを倒すつもりらしいが、息が乱れては呪文が途切れてしまうから、そのせいで自由に動けない。もちろん、余計な言葉など挟めない。けれどリティアには、それすら自分を拒んでいるように見えて。
レイウスは手のひらに生まれさせた炎球をシーファへ放ち、それが魔力の壁に掻き消されたのを見て、不満気に鼻を鳴らした。しかし立ち尽くすリティアを見て、口元に笑みを浮かべると、彼女へと問いかける。
「どうする?お師匠様には振られちゃったから、改めて僕のお嫁さんになる?」
言われたリティアは衝撃に潤んだ瞳で、けれど魔物を睨みつける。
私が悪いんだ。シーファに沢山迷惑をかけておきながら。ーー好きになって貰えるように、努力したことなんかない。だから、愛されなくても仕方ない。
けれど、これからだ。今はただの弟子でも、お荷物でも。私はシーファの傍に居たい。彼を支えたいんだ、いつかは。
「私の心は変わらない。たとえ、シーファが私を愛さなくても」
涙を堪えて絞り出されたリティアの言葉に、シーファが一瞬、苦しげに瞳を閉じた。
ーーそれが、隙を生んだ。
「なら、もう要らないよ」
“ヒュンッーー”
風を切り裂く音と共に、レイウスの手から放たれた鈍い光ーー。
“トスッ”
ひどくアッサリと。
魔法の矢が、リティアの胸を貫いた。