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Don’t get her love

***

 洋館の扉を開けて中に入ったシーファは、かすかに感じるリティアの気配を探る。けれどいつもは強く響いてくる彼女の気が、酷く弱々しい。シーファの隣を歩いていた白い鹿が、くい、と首を動かして上階を指し示した。


「上か」


 ギシリと軋む階段を上がると、その開け放たれた扉の向こうに、椅子に座らされた少女が見えた。


「リティア!」


 シーファが弟子の名を呼ぶが、彼女は虚ろな目でぼんやりと床を見つめていて、シーファの声が聞こえていないかのようで。


「リティア」

「彼女には、もう僕の声しか届かないよ」


 弟子に近づこうとしたシーファを遮るように、レイウスが現れた。その腕が当然のようにリティアの肩に回されるのに、それを振り払おうともしない彼女の様子に、シーファはぴくりと眉をあげる。


「いい加減にしろよ、ガキ。うちの子を返して貰おうか。今なら誘拐罪と私への不敬罪だけで許してやる。すでに地獄直行レベルの大罪だがな」


 大魔導士の尊大な態度に、魔族はニヤリと笑った。


「へぇ。あくまでおとーさんのつもり?なら娘さんを下さい」

「断る」


 間髪入れずにシーファは答えるが、レイウスは低く嘲笑うだけだ。


「でも、さ。彼女の意見はどうかな?リティア、僕は君のことが好きだよ。君も応えてくれるよね」


 もはや赤い瞳を隠そうともしない魔物は、そう言ってリティアの腕を引いて無理矢理に立たせ、その腰を抱き寄せた。


「ね、僕を好きだと言って」


 囁くレイウスに、微かにリティアが顔をあげた。促されて、口を開く。



「……わたしは、レイウスが好き」



 台詞とは裏腹に感情は感じられなくて。けれどシーファは不快で眩暈がする。


 こんなのは、リティアではない。やかましくて、無知で、幼くて、ーーそれゆえに無垢な。暗い目で誰かを好きだと言う、そんな娘ではーー無い。

 

 シーファは低い声で呟く。


「やめろ……」


 しかしレイウスは彼女の後頭部を掴んで引き寄せーーその唇に自分の唇を重ねた。止める間もなく、奪われたーーキス。


「っ、ーー貴様っ」


 ギリ、とシーファの歯軋りが聞こえ、その瞳が魔族を射殺すかのような憤怒に燃え上がる。しかし魔族の手にある弟子の為に、動くことは叶わずに、杖を強く握りしめた。



 そしてーー静寂。



 「ーーあれ?やっぱりこれじゃダメか」


 唇を離したレイウスは、しかし何も起こらないリティアの様子を見て残念そうに呟いた。シーファの加護は薄れていたが、完全に意思を操るには、皮肉にも彼女の中のアルティスの力が邪魔をしたのだ。魔物はつ、とリティアの首筋に指を這わせて横目でシーファを見た。反応を楽しむように。


「心が足りないなら、別の熱で補おうか?要は強い感情が有ればいいんでしょう?ーーリティアはどんな声で啼いてくれるかな」


 彼女の首を辿っていたレイウスの指先がそのまま降りてゆき、リティアの白く浮き出た鎖骨を撫でた。彼女の服の胸元に結ばれたリボンをゆっくりと引いてほどく。


「ねぇ、リティア。僕に何もかもを捧げてよ。僕を愛してるでしょう?」


 レイウスに促されて、リティアはゆっくりと口を開いた。


「私、は……」


 揺れる彼女の声を遮るかのように、師の声が響いた。


「おい馬鹿弟子、まさかそうやってずっとこのクソ魔族に痴漢行為を許してたんじゃあるまいな」


 シーファは青い炎のような瞳で、怒りを抑え込むように言葉を吐く。人格や思考を奪われる術を掛けるには、掛けられたリティア自身にも隙があったからだ。心に忍び込まれる、何かが。


「クソ魔族、うちの馬鹿弟子に何をした?」

「別に。真実を見せてあげただけ。昔何が起こったのかを。敬愛するお師匠様が、自分のせいで望まぬ魔導士になったことを。ああ、他の人間の記憶も覗いて、あなたが今までリティアの為にどんな苦痛を強いられてきたかまで、詳細にね」


 レイウスの嘲笑いを含んだ言葉に、シーファは忌々しげに舌打ちした。

 他人から告げられたり、ましてやリティアを絶望させてその心に入り込む手段に使われて良い出来事ではないのだ。こんなことなら、自分から告げておくべきだったのかも知れない。けれど。


「私は、お前を傷つけたくはなかったんだ。ただ、護りたかっただけだ」


 それで。あの愛おしい妹分を取り戻そうとした。

 けれど彼女は、いつの間にか、ただ小さい子供では無くなって。触れる身体も、彼に向ける瞳も、無視できなくなった。


 ーーどんなに願っても、手に入れられないと知っているのに。


 そう自分に言い聞かせていなければ、容易く抱きしめてしまいそうになるのに。



「ーーけれど、な。だんだんムカついてきた。何故、他の男がお前に気安く触れるのを、みすみす眺めていなきゃならんのだ。自分で何とかしろ」


 シーファは杖を構えた。ひっそりとついていた白い鹿が、無数の光の粒へと変容し、その場に渦を巻く。



「ーーお前はこの大魔導士シーファの唯一の弟子だろうが!!


お仕置きタイムだ、馬鹿者め!」

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