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Never let anyone take her

**

「あの、馬鹿弟子め。エロ魔族にやすやすお持ち帰りされたあげく、師に探させるとはどういう了見だ」


 弟子の少女の気配をたどってシーファがやってきたのは、森の奥深く。彼は杖を掲げたまま歩いていて、乱暴に自らの足を進め、かつ注意深くその探索魔法を続けていた。


「つうか、これでは完全に私の独り言ではないか。まるで不審人物か、寂しがりやかではないか、うわ嫌だ」


 ブツブツ言う姿は、本人が称するように完全に“アブナイ人”だ。


「だいたい、なんで、私が」


 一言ずつ区切りながら、シーファは吐き捨てる。


「ーー目の前で」


 奪われなければならないのか。


「コケにしやがって、あの魔族。踏んでやる潰してやる焼き尽くしてやる捻り潰してすりおろしてまるめてまた潰してやる!!」


 だんだんと物騒になる口調と、剣呑になる表情。

 おそらく普通の人間や下等魔族なら『触らぬ神に祟りなし。つうか目ぇ合わせたら最期な感じ』な状態のシーファは、ふとその視線を先に向けた。


 森を抜けた先にあったのは洋館だ。どこかの貴族の別荘だったらしいが、魔物の被害が頻発するにつれて手放したらしい。洋館の入口へ向かおうとした彼に立ちふさがるかのように、白い鹿が前に出てきた。その瞳が青く輝くのを見て、シーファは杖を振る。


「伝令か。誰の使いだ?ーー開呪」


 精霊を人や動物の形に模して、伝書鳩のように連絡手段として使う魔法だ。ただし一方的に送られる手紙とは違って、会話ができるようにするには、送る側にも送られる側にも魔法使いがいなければならない。彼が呪文を唱えると、鹿の口から人間の言葉がこぼれ出した。


『シーファ、困っているようですね』

「ラセイン、帰ってたのか」


 旧知の友の声に、シーファは少し驚いて応えた。

 年がら年中、家出を繰り返すこの友を捕まえて欲しいと、何度彼の家族に頼まれたことか。


『姉上にあなたが渡した探索捕獲魔法、あれに見事引っかかってしまったんですよ。相変わらず恨めしいくらいに良い仕事をする。……聞きましたよ、アルティスの秘石の娘のこと。無理矢理に覚醒させようとする魔族が居るとか』

「耳が早いことだ」

『僕の国のことですから。それにその魔族は僕の大事な女神にもちょっかいをかけたのでね。恐らくリティア嬢と間違えたんでしょうがーー』

 簡単には、許しません。と。


 相手は優しげで涼やかな声だが、敵には恐ろしいほど冷徹になる彼を知っているだけに、シーファは苦笑した。

 しかし、レイウスもよほどの秘石マニアなのか、単に女好きなのか、余計なところまでちょっかいをかけたものだ。シーファは友へ気安く頼む。


「ならば手伝ってくれるか?君のところの精霊を貸してくれ」

『ーー見返り、ありますよね』


 シーファは苦笑しながら、この友人のしたたかさに舌を巻く。もちろんそうでなければこの国のーー世継ぎの王子など務められないのだろうが。


「君は王子のくせに強欲だな」

『褒め言葉として受け取っておきます』


 昔からお互いに気を許している友人だからこそ、さらりとかわす相手にふと笑みを漏らして。


「……捕獲魔法は四番目の術式を壊せば使えなくなる。私のオリジナルだから、高等魔導師の姉君でも復元不可能だ」

『良かった、これで女神のもとへ戻れます。その鹿はご自由にお使い下さい。あなたへ従うよう命じました』


 素直に嬉しさを滲ませた彼の声に、魔導士は良かったな、と呟いた。

 どうやら王子は、家出先で出会った町の娘に本気で惚れ込んでいるらしい。世継ぎの王子としては褒められたことではないかもしれないが、シーファはせめて王座につくまでは、彼を応援してやりたかった。王子の身は縛られているが、心は自由。身体は自由だというのに、心を凍らせたシーファとは真逆だからこそ。

 

 王子の声が、緊張に包まれた。


『ーーシーファ、かの国から密偵が入りました。娘について探っているようです。もし、アルティスの秘石の封印が解かれたならーーセインティア王国は彼女を守れない。この魔法王国の魔導師達は、あらゆる魔導士や魔物が狙う強大な魔力の塊を、野放しにはしない。ましてや他国に奪われることなど決して許さないでしょう。

あなたが何もわからず魔導士になった時、無理矢理協会に従わされたように、秘石ごと彼女を幽閉するかーー最悪、この世から消そうと考えるかもしれない。

そして王子の僕には何も出来ない。あなたは、彼女を失う』


 王子の言葉に、シーファは苦しげに眉根を寄せた。


「わかっている。だから私はーーあいつを愛さないんだ」



 リティアに語った、『魔導師』を名乗らない訳ーーは半分嘘だ。

 魔導士達は最高位である魔導師を目指し、魔導師は弟子をとり後継者を育てるのが一般的。セインティア王国は魔法大国のため、魔導師の地位は他国よりも高く扱われている。魔導師は教室を開いたり、王室お抱えの魔法使いとして国の重要地位にも就ける。しかしそのかわり全ての魔導師は自分の弟子に至るまで王国に登録し、管理される。


 問題はそこだった。


 リティアの存在を国に、国を通じて他に知られるのを避けたかった。

 アルティスの器である彼女は、魔物だけでなく魔導士達にとっても喉から手が出るほどのお宝だ。彼女がアルティスの魔力を持ち、かつ自分では使いこなせないとなれば、無防備な彼女がどんな目にあうか。考えたくもない。


 彼女の存在を、知られてはならない。



 シーファは魔力などかけらもない、ただの少年だった。

 商家に生まれ、実家は魔法の道具である香草や鉱物を扱っていた。そのため、近くに住む魔導師夫婦とその小さな娘と仲良くなったのだ。


『シーファくん、この子はリティアっていうの。仲良くしてくれる?』

『うん』


 兄弟のいなかった彼に、小さなリティアは妹のようで。愛おしくて、ただ護るべきものだった。


 あの日、リティアが初めてアルティスの秘石の力を現した日。セインティア王国の魔導師達はそれをいち早く感知し、騒然となった。伝説の大いなる力だと。

 リティアの両親は娘を奪われることを恐れ、すぐに彼女の力を隠したが、シーファに流れた力までは隠しきれなかった。そして調査に出向いた魔導師が見つけたのは、アルティスの力の一部を流し込まれたシーファの方だった。


 当初彼をアルティスの秘石そのものだと思った魔導士協会は、シーファを保護という名目でーー管理した。シーファはリティアのことを誰にも言わなかった。

 彼女の両親は娘の力を隠しながらも、シーファを助けようとしたが、シーファ自身が協会に入ることを決めた。

 望まずに与えられた力を、使いこなすために。


『あの力は、また溢れ出す。その時に僕は、リティアを守れるようになりたい』


 半ば幽閉されるように魔導士として訓練を受けたシーファは、その実力をどんどん表していく。彼が秘石ではないと判明するころには協会の中でもトップクラスの魔導士に成長しており、熱心に魔導師への就任を嘱望されるようになった。


 それを押しとどめてくれたのは、世継ぎの王子である友人と、その姉姫。


 魔導士協会に出入りしているうちに、自分たちと年の変わらないシーファに目をつけ、遊び相手にしてきた二人は、シーファが望んで魔導士になったわけではないと知っていたからだ。シーファ自身にも魔導師になる気など無いし、何よりも早く協会を出て、リティアを迎えに行きたかった。


 幼い頃にその力を溢れさせてしまったリティア。


 あの時シーファに力の一部を流し込んだことで、一時的に暴走は治まったが、噴火直前の活火山のような不安定さは変わらない。シーファはそれを制御できるように、協会に囲われてまで力をつけてきたのだから。


 そして3年前、リティアの両親は亡くなり、彼女の力を隠していた魔法が途切れてしまった。

 二人とも病死と扱われてはいたが、恐らくは魔力と共に命を削られたのだ。アルティスの力を封じ続けるのは、かなりの負担だったに違いない。

 それを知ったシーファは無理矢理に協会を出て、リティアを引き取り、彼女の両親がそうしたように秘石の力を封じ込めたのだ。しかしその一時期にアルティスの力が、一部の鋭い魔物や魔導師に感知されてしまっていたようだ。


 少なくともリティアがアルティスの秘石の力を制御できるようにならない今は、誰も彼女には触れさせない。


 彼女が魔力に耐えられないうちは、シーファも、リティアを愛さない。


『リティア嬢があなたを愛しても?』


 友人の、心からシーファを案じる声音に、つい心からの言葉が零れた。


「それでも、私はーー俺だけはあいつを愛せない」


 得ることが出来なくても。

 失わなければそれでいい。


 リティアーー。



「誰にも、あいつに害成す事は許さない。……誰にも、渡さない」



 たとえ、俺にも。



 声にならなかった言葉は、握りしめた拳の中に消えた。

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