prologue
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魔法使いは、少女に魔法をかけた。
ーーその代償として、
彼女への愛を封じられた。
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「シーファ!お師匠様!どちらですか!?隠れてるのは分かってるんですよ!ーーちょっと聞いてやがりますか、このタラシ野郎!!」
花が咲き乱れる丘の上の小さな家で、のどかな風景とは正反対の少女の怒鳴り声が響いた。
叫んでいるのは、ぱっちりとした大きな目をした少女で、名をリティア。
もうすぐ17歳になる彼女は、大人というよりは勝気で、けれど子供というよりは色のある顔をして。頭の後ろで一つに結んだストロベリーブラウンの髪を揺らし、家の傍に立つ木の下に走り寄った。
「そこね」
一見何もない、ただの幹の太い木だが、彼女は上を見上げて躊躇いも無く手にしていたリンゴを投げつける。
「うりゃ!」
「痛ってぇ!」
あ、命中した。
「何をする、リティア!この馬鹿弟子!」
何も無かったはずの空間に突然現れ、怒声と共に降ってきたのは、きらきらと輝く青みがかった長い銀髪に、ブルーサファイアの瞳をした美青年。
リティアの魔術の師匠、シーファだ。
濃紺に銀の刺繍が入った長いローブを着ており、それが長身によく似合っている。
「いやまさか本当に当たるとは……魔法使いなら魔法で避けて下さいよ」
「そんなつまらないことに、私の偉大な魔法をホイホイ使えるものか。馬鹿弟子め」
たかが弟子から隠れるために、ホイホイ使った目くらましの魔法はつまらなくないのだろうか。リティアの投げたリンゴを一口齧り、この美貌だけは素晴らしい尊大な師匠が呟く。
「何故お前には目くらましの魔法が効かないのだろうな。落ちこぼれのクセに」
「何年お師匠様のかくれんぼに付き合わされたと思ってるんですか。どこにいたって、どんな姿をしてたって、絶対にわかりますよ」
それを聞いたお師匠様は、一瞬何とも言えない妙な表情をして。
「……そういうことは、どうせなら色っぽい美女に言われたいものだ」
腰に手を当てて言う彼女に、シーファはチラリと視線を投げた。
シーファは強大な魔力を持つ大魔導士ーーと言われているが、外見はまだ20代前半に見える。実際にはいくつなのか、リティアは知らない。
三年前、リティアの両親が亡くなり、世話になっていた孤児院から、突然彼女を引き取ったのがシーファだった。以来、二人はずっと一緒に暮らしている。
彼によれば、以前から魔法の修行をさせるよう、リティアの両親から頼まれていたという。ここ、セインティア王国は魔法の研究が盛んで、教育機関もある。だからそういった弟子入り制度自体は珍しくもないのだが。
それまでリティアはシーファに一度も会ったことなどないし、両親からも何も聞いてはいない。両親が何の面識もない若い男に、果たして娘を預けるだろうか?
そして、シーファは彼女を引き取った時からずっと変わらない外見をしている気がする。(いや、美しくはあるんだけど)
だから、リティアはひっそりと思っている。
(シーファってば、実は若づくりのおっさんかもしれない。魔法使いって、何百年も生きたお爺ちゃんてイメージだし。もしかしたら魔法で姿を変えてるのかも?)
そんな彼女の妄想などつゆ知らず、偉大なるお師匠様は齧りかけのリンゴを指差した。
「お前こそ、このリンゴを魔法で浮かせてみたらどうだ。いい加減に低級魔法の一つでも覚えろ」
「わ、私だって頑張ってるんです!」
痛いとこ突かれた。
リティアは今まで一度も魔法を使ったことがない。彼女は魔法大国に生まれながら、全く魔法が使えないのだ。両親は城に使える魔導士だったというから、素質はあるはずなのに。
「頑張ってる、ねえ……?」
「あ、あの、お師匠様!」
へえ、ふーんなどと言う師匠に怖れを抱き、なんとか逃げ道を探そうとするリティアの背後から、美女がひょいと顔を出した。
「あら、シーファ!居たのね!ちっとも私の店に来てくれないじゃない!」
あ、そうだった。お客様だった。
今日すでに五人目の訪問者ーーこのお師匠様は、煌びやかな外見を裏切らないモテモテ色男。街を歩けば二度見なんて当たり前、次々と女性が寄ってくる。シーファに決まった恋人は居ないらしいが、単に一人に絞るのが面倒なだけだとリティアは知っている。
「やあ、アルミラ。すまない、色々と仕事が詰まっていて。君が待っていると知っていたら、もっと早く終わらせたのだが」
にこりと微笑む姿は、一瞬で女性の心を鷲掴みにし、色気を含んだ声で、とろけるような優しい台詞を囁く。あまりのモテっぷりに男性からはやっかみ半分で、魅了の魔法を使っているとか、あの美しさと若さは黒魔術によるものだとか、色々と陰口を叩かれているけれど。
……ありえるかも?
弟子は全く師匠を信用していなかった。絡みつく美女と微笑み合う師匠には、いつも以上にイライラする。つい刺のある言葉を投げたくなってしまうのだ。
「シーファ、いい加減ふらふらするの止めたら。魔法関係のトラブルより女性関係のトラブルが多いなんて、しょーもないですよ」
リティアの言葉に、シーファは心外そうに言う。
「私から言い寄っているわけじゃない。仕方ないだろう。いついかなるときも女性に優しく、は祖母の遺言なんだ」
嘘だあ。
じとりと睨むリティアの前でアルミラがクスリと笑い、それがまた妖艶でリティアは面白くない。シーファが口元だけで笑った。
「お前にはわからないよ、ガキめ」
(ガキ、か)
その単語を聞くたびに、リティアは胸が痛くなる。
シーファは師でもあり、リティアを引き取り育てた親代わりでもある。だからいつまでも子供扱いされるのは仕方が無いこととはいえ、いつの頃からかそれが妙に気に障るようになった。
「私は、子供じゃありませんよ」
「そんなことで拗ねること自体が、ガキの証拠だろう」
師のもっともな意見に、彼女はついムキになってしまった。
「私だって、ちゃんと大人の女性に、立派な魔法使いになってみせます!お師匠様みたいにすっごい爆発呪文とかっ、海枯らしちゃったりとかっ、山賊全滅させたりとかしちゃうんですから!」
大魔導士の悪行に、美女は口元を押さえた。
「あらやだ、シーファってばそんなことしてるの?あ、じゃあ先月森を一つ吹っ飛ばしたのはあなたの仕業かしら」
シーファはあははと渇いた笑いで答えた。
「あれはだね、猟師のゴン爺さんが魔物を見たというから」
「ウサギ程度の大きさの幼獣でしたよね。それ森ごと吹っ飛ばしたの、お師匠様でしたよね」
「私はちまちました作業は向いていないものでな」
彼のよくわからない弁明に、リティアはフンッと鼻を鳴らした。
「と、とにかく、私だっていつかは偉大なる大魔導士になりますから!そうなってから私の魅力に気づいたって、お師匠様なんかポイなんだからっ!」
リティアの怒りに任せた台詞は、出てしまってから、彼女自身が一番驚いた。
(あれ?今私、なんかすごく変な事言ったような……!)
まるで、振り向いてもらえない異性への告白のような。
「あらまあ、リティアちゃんたら、シーファが好きなの?」
アルミラが楽しそうに笑うと、リティアは真っ赤になって首を横に振った。
こんなことを言うつもりではなかった。なんでなの?
「ち、ちがう、違くて!」
けれどシーファは目を伏せて苦笑する。
かすかに落とされた言葉は、リティアの耳には届けるつもりではなかったのか。
「私はお前に恋などしないよ」
ーー魔法が解けてしまうから。