そのロク、到着
「ところでなんでサエは単身でこんなとこほっつき歩いてたの?」
街に入りたいが入れないことを話すと、レシュ御一行さん方も街に用があるようで。
街まで案内してやるよとのお声かけをいただきました。
どうもあの街は魔物に襲われやすく、外との隔たりを強くしているんだそうな。
どうりで門があかないわけだ。でもどうやってあの門の向こうにいる人と意思疎通すんだろ。
なんて考えていると、モーレが私の顔を覗いてそう聞いてきた。
あちゃー、やっぱ聞かれたか。
なんて言ったらいいのかわからず返答に困っていると、狩人風のお姉さんが間に入って来てくれた。
「こらモーレ。女にはね、誰にも話せない事情ってもんが一つや二つあるのさ」
「へー。そういうもんなの?」
モーレがレシュさんに聞き返すとレシュさんは困ったような、それでいて面倒臭そうな顔をする。
「何故俺に聞く……。大体お前はな」
レシュさんがモーレを叱っていると、狩人風のお姉さんが話しかけて来た。
「悪いねサエ。こいつまだ十歳だからさ、許してやってよ」
「いえ、誰だって疑問に思うことですよ。私みたいな変な格好の場合特に」
「嫌なら話さなくていいんだよ。それがここのルール。何も話さなくたってレシュは受け入れてくれるのさ」
お姉さんはレシュさんを尊敬と愛情の混じった愛で見つめていた。弟のような存在であり、しかも尊敬に値する人物、それがレシュさんーー。
「お若いのに、随分頼りにされてるんですね」
そんなことを言えば、狩人風のお姉さんはいやらしい笑みを浮かべた。そして私の首の後ろに腕を回す。うわあおっきい胸が私の腕に! そんなことは気にも留めてないのか、狩人風のお姉さんは耳元で囁いた。
「なんだ? レシュに惚れたかい? まあ随分といい男だしね、惚れるのも無理ないよ」
惚れ、……。
「ち、違いますよ。確かにある意味ベタ惚れですけど……そういう色恋沙汰では。……そもそも、私では……到底、釣り合いませんし」
いやでもあの本当は今すぐにでも攻略に向かいたい所存です。一応謙遜? しておきました。はい。
恋愛経験ゼロな私にはね、『私なんかより他の美女との絡みがみたいの!』なーんてよくある余裕ぶちかますことなんて出来ないんですよ。正直なところ。
というかその前に仲間入りを果たすっていう大きな仕事が待ってるんですけどね。この人たちが私のなるべき仲間かもしれないから。
するとお姉さんは、こんな話ではよくあることを言い出す。
「じゃあ、釣り合えば色恋沙汰って認めるんだね?」
「はい」
やべえ即答しちゃった。
慌てて口を塞ぐも、お姉さんはニヤリと笑った後、老婆心を働かせてしまったようで。
レシュさんに向かって何か声をかけようとした。
私は死に物狂いでお姉さんをとめる。後ろから羽交い締めにすると効果があったようで、動きが鈍った。
「何するんだいサエ! せっかくあたしがあんたらの仲をーー」
「そういうのいいですから! 本当に! 今は見守ってるだけで十分です! チャンスが巡って来たらって感じでいいんですよ!」
だからそっとしといてください!
息を荒らげる私の必死の弁明に、お姉さんは急に真面目な顔になった。
そして、先ほどとは想像もつかないような重々しさでつぶやく。
「あんたさ。そんなんじゃ一生彼氏できないよ」
………………ごもっともです。
私が一人悲しみに明け暮れていると、しばらく斜め後ろを歩いていたお姉さんは気まずそうに話しかけて来た。
「あ、あのさ、ごめんって。悪かったよ。謝るから」
「別に気にしてません」
「いやそんな顔で言われても……」
どんな顔だ。そう言う気力もないまま私はとぼとぼ歩いていた。
「そ、そうだ、名前。あたしの名前、まだ教えてなかったね。あたしはヒメルだ。好きに呼んでくれて構わないぞ」
「そうですか……」
滅入った気は戻る気配もなく。
するといつの間にやら隣に来ていたレシュさんが口を開いた。
「何してんだお前ら。なんでサエは負のオーラに支配されてんだよ」
「あんたが当人なんだけどね……」
ヒメルさんが頬をかきながら呟いた。
「俺が?」
「何でもないです。何でもないですから、本当に……」
顔を覆ってレシュさんに蚊が鳴くような声でつぶやく。
「いや、んな顔で言われてもな……まあ無理すんなよ」
レシュさんに哀れみの目で見られた。ああ。辛い。
ふと突然レシュさんは上を見上げる。
私もつられて上を見上げると、先ほどの悲しみなんて吹っ飛んでしまい、思わず目を丸くする。
レシュさんの横に駆け寄って来たモーレが、間を置いてぼそりとつぶやいた。
「ついたね、思い出の街、セルベール」
あまりの大きさに、しばし息をするのを忘れてまで見入っていた。
たどり着いたのはさっき私が必死に叩いた門。さっきは必死すぎて気にしてなかったが、銅色の門は高さが私の三倍ほど、横幅は人間十人並んだくらいのデカさだった。でけえ。
それにしても、思い出の街って?
と私が言う前に、レシュさんが目前に佇む鋼鉄の門に右手をかざした。
もしかして入るためにそういうなんか魔法的な術的なもの使わないとダメなのか。
そして空でなんかの印を切ると、門が地面と擦れる音を大音量で撒き散らしながら開き始める。
レシュさんたちは当たり前だと言うような顔で見つめていた。ここに住んでるとこんな光景までも当たり前になっちゃうのか。
私はその壮大な光景を、固唾を飲んで見守った。