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そのヨンジュウハチ、姉巫女さま



 いよいよメランが話してくれる気になったらしい。食事を兼ねて、私たちはテーブルについて向かい合った。


「姉巫女さまが降臨されたころ、呪いが蔓延っていたっつったな」


「うん」


「あと……これは推測だが、シフルから、ウォルムスの先祖の罪については聞いてるな?」


「うん。……あ、そっか……その人、メランと、同年代……」


やっぱり、憎いんだろうか。姉を手にかけた人だもんな。でも、それにしては、その人の存在を思い出すメランの顔は、どこか懐かしそうで、寂しそうだった。


メランは目の前に広がる料理を、いや、その先を眺め、どこか苦しそうにかつての出来事を思い出していた。


「当時、神の代替わりの時代だったんだ。神の加護が薄れ、大地には死が蔓延した。死は呪いとなり、人々を苦しめ、数多の命を奪った」


「代替わり? ……神さまって、交代制なの?」


「ああ、お前のいた世界……ウーバヨルハのことはよくわからねーが、この世界は定期的に神が変わる。つっても、その代替わりは当時が初めてだったんだ」


「代替わりって具体的には誰が何をするの? ……もしかして」


ある可能性に気づいた私に、メランはゆっくりと頷いてみせた。


「そう……姉巫女さまこそが、新たなる神の座につく御仁だった。天からこの世界に降りた姉巫女さまは、儀式によって、神の座を継げる。オレはその儀式の助けとなるべく、“上“から力を与えられた人間で……」


「でも待ってよ、レシュさんやシフルさんが言うには……初代巫女は、殺されかけて……封印に近い状態にある、って」


「ああ。結論から言うと、その継承の儀は失敗した。殺されかけたからじゃない。邪魔されたからだ」


そこまで言うと、メランは今までになく苦しそうに目を伏せた。かつての出来事が、鮮明に蘇ってきているのだろうか。この人は、歴史の生き証人なんだ。


「とある一派が……儀式の最中に地脈を逆流させ、その魔力に己の意識を託し、姉巫女さまの意識を乗っ取ろうと企てた。愚かにも、神に成り代わろうとしたんだ。だが、そいつらは……当然、失敗し、喚き、泣き叫びながら、肉塊となって……」


そこまで言って、メランは本題を思い出したように顔を上げた。「それは、どうでもいいな」


「でもまあ、いった通り、儀式はオレらからしても、あいつらからしても、失敗した。死が蔓延っていた世界の魔力が大量に流れ込んできた姉巫女さまは、もう目も当てられないほど、穢れ、堕ちそうになっていた。今思えば、あそこまで死を浴びておきながら、意識を保てていたのは、流石としか言いようがない。

そして……完全に堕ちてしまう前に……姉巫女さまは、意識に全ての穢れを集中させ、身体を、魔力を清らかなものにすると……あいつに、……ウォルムスの先祖に、自身の意識と身体とを切り離し、世界をもう少しだけでも続けさせるよう……頼んで、そんで、最後、あいつは、オレの制止の言葉を無視して、その手にかけて、姉巫女さまの身体……魔力は仮の神の形を取って」


「メラン」


私は立ち上がって、メランをそっと抱きしめた。メランはおずおずと私の背中に手を回し、首元に顔を埋める。


「最後は、何も、残らなかった」


「うん」


「姉巫女さまの意識は遠いところへ行ってしまった。あいつは、当時荒れてた世界のせいで……全てを背負って、殺された」


「うん」


「オレだけだ、残ったのはオレだけだ」


どんな言葉をかければ、この人を少しでも救えるのだろう。いや、そう願ってしまうこと自体が思い上がりなのかもしれない。私の手の届くところより、ずっと遠くのところにある。今私にできるのは、メランの気がすむまでこうしていることだけだ。


でも、幸いにも、私には魔力がある。半分神の一族であることを忘れてしまいそうなくらい、普通の人と同じくらい温かく、呼吸をし、傷ついているメランに、私のこの魔力は、何をしてあげられるのだろうか。救ってあげたいだなんて思うのはおこがましいにも程があるけど、それでも、心の底から笑えるようになるきっかけの、手助けくらいにはなれるんじゃないか。


私がついてるよ、と伝わるように、強くメランを抱きしめた。




「……サエ、悪かったな。全部、オレのエゴだったかもしれない、でも、オマエはオレを認めてくれた」


「メランは大袈裟だなあ、それにエゴとかじゃないってば。お互い得をしてるんだから、いいじゃん」


 何か吹っ切れたような顔をしたメランは、顔をあげてこっちを見た。


「……オレさ、生まれが特殊だから、姉巫女さまとウォルムスの先祖以外には、腫れ物みたいに扱われてたんだ。なんだか居心地が悪くてさ。どっか、オレのことを知らない土地に行きたいってずっと思ってた」


「……なんか、私たち似てる気がするね……って、あ、いや、メランの悲しみとか苦しみに比べたら私のなんてどうってことないけどさ! でも、なんか……うん、私たち、いいコンビになれるよ」


 疎外感は、私も学校でずっと感じていた。……実は、この世界でもまだ感じている。だから、仲間が欲しかった。私の居場所が欲しかった。メランもきっと同じ気持ちだったのだろう。


「仮にレシュとくっついても、オマエはオレと相棒でいてくれんのか?」


 調子が戻ってきたらしいメランが意地悪くそう言うので、私はメランを殴って席に戻った。目の前にあったビーフシチューのようなものを口にかきこむ。美味しい。


「そりゃ相棒でいるけど! その謎の仮定やめてくれる⁈」


「いってぇ……! オマエなあ! オレは神の子の弟だぞ!」


 勢いにまかせて殴ってしまったので、かなり痛かったらしい。メランは少し悶絶して、抗議の声を上げた。


「相棒は対等な関係なので無効ですー」


 憎らしげにこっちを見ていたメランだったが、私は無視して料理を口に運び続ける。美味しい。するとメランはしばらくして諦めたように笑った。


「……オマエに出会えてよかったよ」


「うん、私も」


 よかった、メラン、笑ってくれた。




「ところでさ、夕闇の巫女がメランを見た時、あの方の! みたいに言ったじゃん。あれ、どういう意味だったの?」


 食事を終え、皿を二人で洗っていたら、メランはこちらを見て少しだけ固まった。


「……それなんだよ」


 わざわざ敵であるメランを「あの方」呼ばわりしたのは一体……。


 メランも心当たりがないらしく、うんうん唸っていた。


「そもそも、夕闇の巫女たちの狙いってなに?」


 メランは手に持っていた皿を置くと、申し訳なさそうな顔をする。


「オレは前線を退いた身だから、正直、知らないこともある。物知り顔をできんのは、小せえほうのメランみたいな擬似生命体をあっちこっちにばらまいてるからで……。やつらは敵対してるから、迂闊に近寄れないんだよ。でもあの方……って言ったってことは……うーん、よくわかんねえな。

 でも、目的ははっきりしてる。やつらは、あの悲劇を繰り返そうとしてるんだ」


「え?」


 メランははやる気持ちを抑えたいのか、皿洗いを再開して続ける。


「今年、また神の代替わりの儀式がある。今年こそ成功させなければ、もうこの世界は危ういかもしれない。それでもやつらは、わずかな可能性を盲信して今度こそ邪神を誕生させようとしてるんだ」


「邪神⁈」


 神話とかでしか聞いたことありませんけど。マジか。邪神か。怖いな。


「自分たちの崇拝する神を誕生させる。それがやつらの目的だ。……やつらの信仰する神は神に違いはないが、人の欲を浴び、穢された神はどれだけの神であっても邪神になる。人が信仰によって神を生み出したって構わないが、決して触れてはいけないんだよ。ましてやその名を騙るなんてもってのほかだろ」


「難しいことはよくわかんないけどさ、とりあえず代替わりの儀式を敵に邪魔されずに成功させればいいってこと?」


「ああ。でも……夕闇の巫女が言った、『あの方』が気になるよなぁ。どうも、嫌な予感がするんだよなぁ」


「探る方法とかって、ないのかねぇ」


 私がぽつりと呟くと、メランは何かに気づいたかのように顔を上げ、明後日の方を見た。かすかに魔力を感じるから、なんか見てるのかな?


 メランが手を止めている間にすべての皿洗いを終わらせると、動きを止めていたメランは突然嬉しそうな顔で私の肩を掴む。


「絶好のチャンスだ、サエ。ダンスパーティに行きたいって思ったことねえか?」


「は?」


 急に何言い出したんだこいつ。

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