そのヨンジュウ、襲撃
「……サエ? どうした」
私の顔を見て心配そうに体を引っ込めたシフルさん。少しかがんで目線を合わせてくれる。
「……レシュさんって本当に優しい人なんだなぁって……」
レシュ、という言葉に複雑そうな表情をする。
「あいつは、優しいというか……お人好しなんだよな。本当は自分が救いを求めているくせに、だ」
私がパッと顔を上げると、「あー、いや」と目を泳がせて慌てて付け足した。「お前もわかるだろ、あいつのどこか危なっかしいところ」
「……シフルさんって実はレシュさんのこと大事に思ってたりしません?」
シフルさんは、私のツッコミに「は?」と、本当に、本当に嫌そうな顔をした。
「あいつなんかよりカテーナちゃんの方が大事だね」
「カテーナさん好きなんですか? アッもしかしてカテーナさんを取り合ってレシュさんと決裂したんですか……⁉︎」
詰め寄りすぎたのか、「あーもうちげーよ!」と声を荒らげ私を追い払う。おとなしく身を引くと、シフルさんは拗ねたような顔をした。
「カテーナちゃんは人間として好きなだけだし、レシュも多分カテーナちゃんのことは異性として見てない」
「は⁉︎ あんな胸でっかくて美人で華奢で守ってあげたくなるような子をですか⁉︎ 人間としてありえないですよマジで」
思わず必死になってしまった。いやだってそうだろう、あんな、自分を慕ってくれる完璧な女の子……私だったら真っ先に攻略してるんですけど。
「だから言っただろ、あいつは守ってあげたくなるような子じゃなくて、守り守られる関係を望んでんだよ」
「カテーナさんだいぶ母性ありますし、精神面でも守ってくれると思いますけど……」
いよいよ面倒臭くなったのか、シフルさんは適当に答えた。「……好みの問題じゃね?」
「美少女を選べるご身分ってことですか……クソ……さすがのイケメン……」
また柱からレシュさんの方を伺う。シフルさんも続いて私の頭上から顔を出した。レシュさんたちは何やら色々話し合っているようだがさっきより声が小さくて聞き取れない。ここじゃ魔法も使えないので、何を言っているかさっぱりわからなかった。
「つーかさ、サエはなんなんだ? レシュのこと好きなんだろ、でもカテーナちゃんとくっつけばいいみたいな口ぶりじゃん」
とんでもない発言に思わず息が詰まった。慌てて身を隠し、咳をして呼吸を整える。
「な、なんで私が、れ……レシュさんのことをす、す……」
「俺はあいつほど鈍感じゃねーし見ればわかるっつーの。で? どうなんだよ」
至極楽しそうに、面白そうに聞いてくるシフルさん。性悪!
「……た、単純なことですよ! 私よりカテーナさんの方がこう、見た目的にも性格的にも立ち位置的にも相応しいし……ああいう守ってくれる人と守られる人が結ばれるっていう運命? 物語? が最高なんじゃないですか! こっちだって複雑な気持ちなんですよ! もう! わかりましたか!」
私の熱弁に、シフルさんは目を瞬かせ、一言。「わからん」
「シフルさんだって、私みたいな性格も見た目も立ち位置も、その、アレなやつよりはカテーナさんの方がいいでしょ」
「それはまた別だろ? 俺はお前といると楽しいから友達やってるってだけで。ただ性格がいいってだけのやつじゃつまんねーよ」
くっ……シフルさんにときめいてしまった……でもダメだ、この人はアレだ、多分恋愛感情とか持てないタイプの人だ……。恋愛だのなんだのするなら本読んだり研究したいタイプの人間だ……。それに私も、この人とは友だちとして一緒にいるのが一番楽しい……。
「シフルさん……この先何がってもずっと友だちでいてください……私もうシフルさんくらいの変わった人じゃなきゃ上手くやってける気がしません……」
「奇遇だなサエ、俺もお前くらいの変人じゃなきゃやってけねーと思ってたところだよ」
変人に変人認定されたことに多少ショックを受けながらも、嬉しいことには変わりないので素直に喜んでおく。
「ところでサエ、あいつらに動きがあったみてーだぞ」
私の後方を指差したシフルさん。振り返って見てみれば、例のセーラー美少女が水晶製の天秤を手にしていた。奥の祭壇にあったものらしい。
「あ! あの神具だ、ソアルタさんに頼まれたやつ……何で手にしてんだろ、あの子」
「さあな、でもうかうかしてると持ってかれるぞ、いいのか?」
「ダメに決まってますけど」
「じゃあ行ってこい」
急にシフルさんに背中を押され、「うわあ!」と叫んでしまった。転びそうになるもなんとか踏み止まり、顔を上げると……。
レシュさん御一行全員が私の方を見ていた。
あ、やっべ。
「あはは、はは……どうも……」
苦しい! 沈黙が厳しい!
お仲間さんは全員レシュさんの方を見た。
視線を向けられたレシュさんは何だか面白そうに笑っている。なんで?
「やっぱり来たな、サエ」
「えっ来るってわかってたんですか……?」
「ああ。おそらくソアルタにパシられるだろうなと。なあモーレ」
よっ……よかったぁーストーカーだからとか言われないで!
「うん。どんな情報が行こうが、夕闇の巫女捜索に神具が必要になるだろうなってレシュが言ったんだ」
モーレが得意げに話す。するとそこで約一名から手が上がった
「あの……その人は……」
例のセーラー美少女だった。誰かから貰ったらしい上着を着て暖かそうだ。
「ああ、スズノ、こいつはサエだ」レシュさんはセーラー美少女ーースズノさんに私を紹介すると、今度は私にスズノさんを紹介する。「で、サエ、こいつはスズノ」
お互いお辞儀をする。言うこともないし気まずい。気まずさに耐えられずに、私は口を開いた。
「あの、その神具を預かりに来たんですけど……」
おずおずと指せば、レシュさんは「ああ」とこぼす。
「元々サエに渡すつもりだったしな。スズノ、渡してやってくれ」
「うん」と答えたスズノさんは、私に近寄って手渡ししてくれた。しかし顔をまじまじとみられる。
「レシュ、この子は何者なの……?」
タメ口⁉︎ さっそくレシュさんにタメ口! やばいぞこの子、絶対コミュ強だ!
レシュさんはタメ口を気にも留めず、「俺もよくわからんが、とんでもない魔力を持ったやつだ。お前が使命を終えた時、多分魔法で帰してくれると思う」と説明した。
"多分帰してくれる"ってやけに適当で投げやりですね! まあ本当に帰せるのなら帰してあげますけど……。
「本当ですか⁉︎ その時はよろしくお願いしますサエさん!」
「あ、あの、歳近いと思うし、話しやすいならタメ口でいいですよ……」
キラキラした目を向けられるのは悪い気はしないけど、敬語だと私だけ距離を取られてるような気がしてちょっとだけ嫌だ。
「そう? わかった!」と眩しい笑顔を向けたスズノさんだったが、帰すという言葉を思い出したのか、笑顔が曇る。
「……あたし、本当に帰れるのかな」
「スズノさんは……帰りたいの?」
私の問いかけにスズノさんは「どうして?」と首をかしげた。
「サエだって故郷に帰りたいでしょ……? 友だちとか、家族とか……いるだろうし」
その言葉を聞いた私にただならぬ何かを感じ取ったのか、今まで黙っていたカテーナさんが割って入る。
「スズノ様、その、きっとサエ様なら戻してくださると思います。なので心配する必要はありませんよ」
「そうだよスズノ。何かあってもレシュが守ってくれるから安心して」
完全な他人任せのモーレの頭をレシュさんは呆れたように小突いた。
そして「さて」と場を仕切り直す。
「スズノは回収したし、神具もサエに渡した。やることは全てやったから、さっさとこんな寒いところから引き上げるか」
そうだね、とモーレが相槌を打ったその時。
突如として、腹の底に鳴り響くようなけたたましい轟音が鳴り響いた。
あたりが揺れ、地震かと疑う前に「うわ!」と聞き慣れた声が聞こえる。私がやって来た方から聞こえたそれはシフルさんのもので、当のシフルさんは「まずい、引きあげろサエ!」と叫んで広間に駆け込んできた。
「な、シフルお前、つけてやがったのか……!」
シフルさんを見て、誰にも向けないような嫌悪の表情を浮かべたレシュさん。しかしシフルさんはそんなこと意にも介さず後方を指差した。
「まあ待てよレシュ、今は一旦休戦だ! まずいことになったぞ、マジで、アレが作動した!」
アレという言葉と今までにないほど焦ったシフルさんを前に、レシュさんは事態の緊急さを察したらしい。
「嘘だったら殺すからな」
「誰がこんな状況下でお前をはめるか! っつーかはめるならもっと鮮やかにはめるから俺は」
レシュさんは早速お仲間に指示を出し、奥の方から抜けられるという出口へ誘導した。
「アレってなんですか?」
「ここは人間が文明を持った頃、あるいはそれ以前から存在していると言われているつまり神の力が宿った空間だ、それは古より悠久の時を荒らされずにいたってことになる」
「……いやいや、まさか」
そんな強いもの、存在するはず……あー神の力が宿ってるっぽいからあり得るのか!
「多分俺とサエでキャパオーバーになったかで発動したか、まあいい、とにかく逃げるぞ」
シフルさんが私の腕を掴み、出口に向かい走り出そうとした瞬間、ーー横の壁が破裂した。
瓦礫と爆風に呑まれかけるも、シフルさんが咄嗟に私とそこにいたレシュさんを突き飛ばしてなんとか助かる。こんな状況下でも咄嗟にレシュさんを守ってしまうシフルさん……なんて馬鹿な思考は、レシュさんの「サエ!」という叫びにかき消された。
飛ばされた体を起こして振り向けば、レシュさんは「大丈夫か⁉︎」とやけに心配そうにこちらを覗いている。レシュさん越しに見えた、さっきまで立っていた場所は、完全に瓦礫と砂埃で埋まっていた。
シフルさんがいなければ、今頃どうなっていたことか……なんて今更ながらにゾッとする。
「おい聞こえるかレシュ! 今の攻撃で完全にそっちとこっちで分断された! お前に恨みはあるが、それにカテーナちゃんたちは関係ねーからな、仲間は俺が特別に避難させてやる! だからお前はそっちのルートでサエ連れてさっさと逃げろ!」
瓦礫の向こうから聞こえたシフルさんの叫び声。あの人、本当に根はいい人なんだよな……。
「うるせーわかってるっつーの、そっちだって仲間に傷一つでもつけたら許さねーからな!」
許してねーのは今もだろ、というシフルさんの不機嫌なツッコミの声を最後に、走り去っていく音が聞こえた。
シフルさん相手にだけは口が悪くなるレシュさん……素敵。
いかんいかん、今はそんな場合じゃない。
「よし、サエ、立てるか?」
レシュさんが手を差し伸べてくれたので、返事をして掴み立ち上がる。
と、その時。レシュさんの頭越しにとんでもないものを目撃してしまい、思わず閉口する。
そんな私を見て不思議そうに振り返ったレシュさんも、ソレを目撃して動きを止めた。
砂塵から浮かび上がった、巨大な黒曜石のような、硬そうな表面。かなり高い神殿の天井に届きそうな、大迫力の巨躯。敵を捉え、金星のように爛々と輝く目……。
あんなわかりやすいの、私でもハッキリとわかる。
どっからどう見ても、巨大ゴーレムさんです。
ーー巨大ゴーレムさんが、こっちを見ています。