そのサンジュウロク、翡翠
沈みつつある太陽は、向こうの山にちょうど端っこを隠していた。嫌がらせのようにどこかから夕陽が射し込んでくる。
ここはどうやらテントの中らしい。テントにしてはやけに大きいなぁ、と現実逃避を始めたところで我に帰る。
目の前にいるのはレシュさん。いや、目の前にいるというかもう抱きついている形なんですけど。
あの竜マジで覚えてろよ、という気持ちと、ありがとうございますアルクイーリス様、という気持ちがせめぎあっていたが、今はもう焦りしか感じない。思いっきり下敷きにした申し訳なさと、こんな私がこんなイケメンと接触しているという意味の申し訳なさ、そしてカテーナさんへの申し訳なさ……ぜんぶ申し訳なさじゃん。
「す、すみ、すみますんっれすさん‼︎」
うわ噛んだ! こんな時に限って思いっきり噛んだよ! 穴があったら入りたい、むしろ今から掘りたい!
慌てて退くと、状況が飲み込めていなかったらしく固まっていたレシュさんは、いろいろ察した様子で半分呆れたように笑った。動悸がさらに激しくなる。
「ずいぶんなご登場だな、サエ」
「あの! あのですね、これには深い訳があってですね」
必死に言い訳を考えていると、後ろの方から声がかかる。
「あの赤いの……アルクイーリスにでもやられたんだろ、でなければレシュが気づけない訳がない」
こ、この安心できるような懐かしい声は……。
急いで振り向くと、あの人が苦笑して座っていた。片膝を立て、そこに腕を乗せている。
「ウォルさん、どうしてここに……!」
貴方竜谷で門番みたいなことしてたじゃないですか、と聞くと、ウォルさんはただ遠い目をして「レシュに付いて行けという竜どもの総意だ」と簡潔に述べた。この人やっぱり苦労人だな。
なるほど……と一人納得していたら、突然背後のレシュさんに腕を掴まれた。えっ何ですかなんなんですかどうかしましたか。
「さてサエ、ちょうどお前の話をしていたところなんだ」
「私ですか、っていうかこの手は一体……」
今は優しく掴まれているが、ちょっとでも不審な動きを見せたらどうなるかわかったもんじゃない。照れ八割と恐怖二割でガチガチに固まってぎこちなく応答する羽目になった。やめてくれ、レシュさんの体温をまた感じたらどうなるかわからない。
「こうでもしないと逃げられるかと思ってな」
「いやいやそんな逃げませんって」と残った手で顔を隠しながら答えると、そうか、と異様なほど爽やかな笑顔で手を離される。……成る程、まずい、この答え方だと全て話すまでどこにもいきません、って言ったことになる。レシュさん策士、さすが! はめられた!
感心している場合じゃないな、と冷静になって、「まあ尋問だの拷問だのするわけじゃないから楽にしてくれ」というレシュさんの言葉に従い正座した。胡座かきたかったけどさすがにそんな空気じゃなかった。レシュさんは胡座をかき、両膝に手を置いて口を開く。
「話はホレムから聞いた。夕闇の巫女に狙われたそうだな」
「ハイ」
王都に向かう途中、レシュさんがソアルタさんを探してる、ってホレムくんが来て、ホレムくんとソアルタさんが転移魔法をくぐった直後に夕闇の巫女が現れたんだよね。
「なぜ狙われたか、心当たりはあるか」
「ナイです」
簡潔に答えると、ふむ、とレシュさんは顎に手を当て考える。絵になってます。
しかし見惚れていた次の瞬間、私の腰を指差してとんでもない爆弾を落としてきた。
「……その腰に潜んでいる黒いの。そいつならわかるんじゃないのか」
ウワァ一番触れられたくないところに急に触れてきた……! どうしよう今普通にメランこの袋の中にいるよ、メラン・イン・腰袋だよ。つーかなんでここにいるってわかったんだ。超能力者か。
言葉を詰まらせ正座で後ずさりした私を見て、「成る程? 出すつもりはない、と」なんてレシュさんは淡々と述べる。
違うんです、この黒いのは私の召喚主を自称する人と深いつながりがあるヤツなんです! もし貴方に渡して殺されでもしたら強制送還もあり得るんです! 帰りたくないんです!
……なんて叫べるはずもなく。
レシュさんに見つめられ、反論する言葉は全てどこかへ飛んで行ってしまった。卑怯、卑怯だよこのリーダー……!
「……急に壊したりしないって約束するなら、出さないこともない、です」
そう言いながらテントの端のほうににじり寄ると、レシュさんは目を丸くし、ははは、と短く笑った。
「安心しろ、そもそもそいつは誰にも壊せねえ」
レシュさんでも無理なのか。
……本当に?
ちょっと疑ったけれども、レシュさんの曇りのない目を見ておとなしく腰袋を漁り、メランを取り出した。おとなしく収まっていたメランは動く気配がない。
レシュさんはメランを見ると、触れずに語りかける。
「なあ黒いの、お前なら知ってるんだろ」
メランは数秒の沈黙の後、もぞもぞと動いてから、レシュさんを一瞥するようなそぶりを見せ、そっぽを向いた。
「オマエに教える義理はナイ」
「サエに危険が迫ってんだぞ」
「オマエには関係ないだロ」
えっ待ってやけに仲がよさげじゃないですか?
にらみ合い火花が散っている二人に、勇気を持って話しかける。
「あの、お二人さん、どういったご関係で……」
「初対面ダ」
「ああ」
華麗なまでの即答ぶり。
嘘こけ! めっちゃお互い事情を知ってそうな口ぶりじゃん!
「初対面だとしても接点とかはあったんですよね? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないんですか! そのためにアヴェンドラに来たようなもんだし!」
私の必死の訴えは、完全に無視される。手の上のメランを見つめたままのレシュさんは難しい顔をして何も話さない。
「……もー、話す気がないならいいです、ウォルさん外行きましょ外」
メランを床に放り投げ、いや叩きつけ、私は立ち上がった。
きっと私がどれだけ駄々をこねてもこの二人は口を割らないだろう。それに関しては謎の確信がある。
今まで関わりたくなかったのかずっと黙って見ていたウォルさんの腕をつかみ、テントの出入り口をくぐる。
レシュさんとメランは何も言わずテント内に残った。え、引き止めないの? と内心思うも、今更戻るわけにもいかず。
「……勢いで出てきちゃったけどあの二人放置してて大丈夫ですかね」
「さあな。大丈夫だろ、多分」
ウォルさんも案外雑だなぁ、と思いながら、外を見回す。
夕日はもう上弦部分しか残っていない。黄昏時に包まれたこの場周辺には幾つかテントが張ってある。どうやらレシュさん御一行のキャンプ地らしい。今晩は野宿よってやつか。
さらに見渡すと、ここは草原の一角であることに気づいた。草がはげているところで火を囲う見慣れた人影が見える。そのうちの一人は私に気がついたようで、立ち上がって手を振ってきた。周囲に比べて背が小さい。
「サエ! いつ来たの? また会ったね」
「モーレ!」
小さな少女はこちらへ駆け寄ってきた。私の手を取るとぴょんぴょんと小鳥のように跳ねる。
なんだこの天使は……下界に迷い込んでしまったに違いないな……。
モーレはウォルさんを見ると、「もうレシュとのお話は終わったの?」と尋ねた。
「もともと大した用でもなかったしな。構いやしないと思う」
そういえば私の話してたって言ってたけど何を話してたんだ……? とんでもないブスだな、とか、超絶喪女だよな、とか……いや……あの二人に限ってそれはないな……そう願おう……。
モーレは私の手を引っ張り、火を囲う集団の元へ私を誘導した。隙を見てどこかへ行こうとしたウォルさんの腕を引っ張る。ウォルさんは小さなため息をついて、おとなしく付いてくることに決めたらしい。
「ねえサエ、あのね、今みんなでサエの話してたんだ。ソアルタのお姉ちゃんもいるよ!」
「もしかして私ってかなり有名人? どんな話してたの」
「んー? 変わってるねーって。あ、変な意味じゃないよ! ボクもみんなもサエが大好きだよ」
このモーレのストレートな好意や優しさは、たまに私には刺激が強すぎる。どう返事をしていいかわからなかったので、「変わってるって……」とだけ言っておいた。
ああ、私もモーレたちが大好きだよ、って言うべきだったな。
火を囲う集団には、ソアルタさんだけではなくホレムくんやカテーナさん、あのツァックもいた。ヒメルさんは見かけない。セルベールで話して以来、一回も見かけない。どこか出かけているのだろうか。
みんな各々に私のことを心配してくれていたらしく、優しい言葉をかけてくれた。やっぱり、優しい。命をかけている人って、優しくなれるものなのだろうか。
ソアルタさんにいたっては立ち上がり、私の手を取って詰め寄った。
「本当にごめんなさい紗枝ちゃん。私がついていながらあんなこと……怖かったでしょう」
「そりゃもう……あ、いや、でも私、一人で逃げ切ったんですよ! 誰の力も借りず!」
メランがついてたけどノーカン、ノーカン。
ソアルタさんは「さすがですね」と微笑むと、隣に座るように示した。モーレはツァックに構ってもらっている。兄妹のようで可愛らしい。ウォルさんは私に引っ張られ、なし崩しに隣に座った。
「紗枝ちゃんは向上心がありますね。……常に前に進もうと頑張る姿、素敵ですよ」
ここの人たちは褒めすぎだ。あまり私を買い被らないで欲しい、けれども……大賢者様の言うことだ、ちょっとは素直に受け取ってもいいだろうか。
ソアルタさんはそんな私を見て微笑んでから、真面目な顔になった。火を見つめ、あの時の話を切り出す。
「夕闇の巫女は私とホレムくんがいなくなった瞬間を狙いました。ということは、私たちがいたら手出しをしないと解釈しても問題ないはずです。つまり彼女は複数人を相手にできるほどの力は出せないか、あるいは出さないのか……」
「夕闇の巫女は力を出せないのです」
ソアルタさんが思考を巡らせていたら、カテーナさんが話に入ってきた。
そういえばカテーナさん、巫女だし一回襲われてるし……夕闇の巫女について思うところがあるんだろうな。
「夕闇の巫女は本来大賢者であるソアルタ様くらいの……いえ、あるいはそれ以上の力を持った存在です。しかしそれの大半をレシュ様が封じました」
封じたの⁉︎ レシュさんが……!
驚きのあまり何も言えない私だったが、そこに今まで黙々と剣の手入れをしていたホレムくんが横から補足した。
「僕の提案した方法で、まあちょっとした賭けだけど……それをあいつはやってのけたんだ。キミもだけど、レシュもなかなかの化け物だよ」
ば、化け物って……人を化け物って……。別にいいけど。
「力を封じる……論理的には可能ですが……相手を上回る力がなければ無理でしょう?」
ソアルタさんは魔法使いの血が疼いたのか、食いついた。心なしか目が輝いている。
「カテーナとレシュの力を足し算したのさ。下手をすれば死んでただろうけどね」
足し算……足し算かぁ……やっぱカテーナさんとレシュさん、そういう関係なのかなぁ……。
ソアルタさんとホレムくんが魔法の話で熱くなっている横で、私は火を見つめ少しだけ憂鬱になった。
いや、わかってたよ、わかってたけどさ。なんていうか……やっぱり現実を見ると悲しくなるっていうか……。
やっぱ人間、生まれ持ったものといいますか……。
負のスパイラルに入ろうとしたところで、私の表情を見ていたらしいウォルさんが耳打ちをする。
「おまえ一回、カテーナと一対一でちゃんと話してみたらいいんじゃないのか」
思いがけない言葉に一瞬固まったが、かろうじて「きゅ、急になぜ……」と声を絞りだせた。
ウォルさんは表情を変えず「なんだかそんな顔してた」とだけ言うと、カテーナさんの方を向いたかと思えばとんでもないことを口にする。
「カテーナ。おまえ確か、今はモーレと同じテントだったな? モーレはレシュのところへ行かせるから、今日はサエと一緒に寝てくれるか。空きがレシュのところしかないらしくてな、流石にあいつのところへこいつは放り込めない」
「えっ⁉︎ ちょっ、ウォルさん……!」なんて小声で訴えてもウォルさんは知らん顔。
一方のカテーナさんは即「サエ様と一緒に眠れるんですか! やったあ……嬉しい、ふふ」と笑顔になる。
どうしてそんな性格良く生きていられるの! 性格も容姿も圧倒的に負けてる私の方が惨めになってきた。悲しい……どうして同じ人間なのに……。
カテーナさんは早速立ち上がって私の手を取ると、「案内します!」と引っ張っていく。ウォルさんは小さく手を振って私を見送った。口パクで「頑張れよ」と言い残して。ええい、何を企んでいる、ウォルムスよ!
そのまま引っ張られるがままついて行くと、小ぶりなテントの前にやってきた。
「ここです、ここ! わあ、同じくらいの年頃の女の子とこんなに仲良く出来るのは初めて……!」
嬉しさが振り切れたのか、歌声交じりにカテーナさんはテントの中へ誘導してきた。大人しく入り、なぜかカテーナさんと向かい合わせに座る。
「……あの、カテーナさん?」
「はい?」
にこにことお花畑のような笑顔を見せるカテーナさん。これはどう扱えばいいのか……。
私がどんな話題を出すか迷っていると、カテーナさんはまた嬉しそうに笑う。
「……サエ様は不思議な方ですね。見た目はこんなにもミステリアスなのに、一緒にいてとても……楽しいというか、楽というか……落ち着きます。こんなたくさんの魔力を持った方でもあるのに……本当に不思議」
「そ、そうかなぁ……」
こんな美少女と同じ空間にいると私は落ち着けませんけどね。
ハッ、もしかして、顔面偏差値がみなさんより低いから緊張しないって意味で落ち着くって言ってるのだろうか……!
こんな時に密かに人間不審を発揮していると、そんなことはつゆ知らず、カテーナさんは「そういえば」と白くしなやかな人差し指を立てた。
「私、サエ様にお尋ねしたいことがありまして……以前、シフル様に連れ去られた事件がありましたよね。そこで仲を深めたとかなんとか。よければシフル様のこと、教えて下さりませんか」
「いいですけど……何故シフルさんなんですか?」
「レシュ様と何かと因縁がある様子で……。それにレシュ様、シフル様の話題を出すと不機嫌になるんです」
不機嫌になるのはカテーナさんに他の男の話題を出されるのが嫌なのか、はたまた単純にシフルさんのことが嫌いだからか……。
「あ、それと、私たちいろんな国へ行くんですが、行く先々、大体の国でシフル様のお名前を出すとみなさん震え上がるんです。気になるでしょう?」
シフルさん、さすがと言うか、なんというか……。何故か納得してしまう自分がいた。
私は渡された布団にくるまり、カテーナさんと横並びになって寝っ転がった。ランプの光を消し、私の魔法で薄っすらと周りが見えるくらいに明るくする。
記憶をたどり、シフルさんの人物像を掴み、整理していく。
「うーん……シフルさん……子どもっぽさもありますけど、誰よりもしたたかで……大人のずる賢さを持った子どもって表現がしっくり来ますね。とてもフレンドリーで、気さくで、優しくて……でも、芯の部分は恐ろしいほど何もわからない。何を考えているのか……いい人なのは、確かですけど」
「へえ……子どもっぽい、ですか……レシュ様とは正反対ですね。やはりお二人は相対的な何かを持っているんでしょうか……」
二人が正反対なものを持っているのはよくわかる。しかしよく似たところも多いのも事実、だけど。
子どもっぽいが正反対?
私の目線を受け、カテーナさんは補足した。
「レシュ様はお若いのに、リーダーだからか大人であろうとするんです。本当は私とそう年も変わらないのに……もっと甘えて欲しい。いつか、潰れてしまいます……」
カテーナさんがこちらを向いて、目があった。と思ったら寂しそうに笑った。
「貴女ほどの力があれば、レシュ様も心を開いてくださるでしょうか」
心を、開く……。
「レシュさんは、心を開いてないんですか」
その問いに、悲しそうに目を伏せた。
「……モーレには開いていますが、私たちには……。いえ、あの方が私たちを、仲間を誰よりも想っていることは伝わってきます。でも、弱みは見せてくれないんです」
レシュさん御一行、ただ仲がいいと思ってたけどそうじゃないんだな……。そういえばヒメルさんも言ってたな、絶対に過去を話そうとしないって。
それ以前に気になることがあり、私はカテーナさんを見つめた。カテーナさんは不思議そうに見つめ返す。
なんだか勢いで聴けそうな気がする。ずっと聴きたかったこと……。
「……あの、カテーナさんって……レシュさんのこと、どう思ってるんですか」
あー聞いちゃった、聞いちゃったよ……!
内心バクバクと心臓を鳴らしながら、驚いたように口を開けているカテーナさんを見つめた。
カテーナさんはふわりと笑った。
「さあ、どうでしょうか」
なんてズルい返答だ、可愛いから許してしまいそうになる……。
しかしカテーナさんの返答は続いた。
「今は、夕闇の巫女たちをどうにかすることが先決です。確かにレシュ様のことは気にならないと言ったら嘘になります。あんなに魅力的な殿方、他にそういらっしゃいませんもん」
うう……やっぱりそうか。いや、カテーナさんに気があろうとなかろうと、レシュさんが私に振り向いてくれるなんて思ってないけど……なんといいますか、人の旦那に萌えるのはどうかと思いまして……。人妻に対する罪悪感とかそういうのに似てる……男性だけど……。幸せになってくれればそれでいいんだけどね。
「そうだ、サエ様」カテーナさんは尚真っ直ぐな口調で私に語りかける。「今後もし夕闇の巫女に遭遇することがあれば、左腕を狙ってください。ホレム様が怪我を負わせた場所です。十年治ることはない傷ですので、怯ませるなら打って付けです」
私を心配してくれてるのか。左腕ね……狙えればの話だけど。というかホレムくん、傷を負わせるって強いな。
「こんなこと巫女である貴女に聞くのもなんですけど……確実に巫女を弱体化させる方法ってありますか?」
カテーナさんは短く面白そうに笑ってから、そうですねぇと悩む。
「巫女は魔法使いより魔法の性質が上位の存在ですから、なんとも……しかしサエ様ほどの魔力があれば、もしかすればなんとかなるかもしれません」
普通の妨害系の魔法使えるかもしれないってことか。今度試してみよう……いや、今度なんて来ないことを祈ろう。
カテーナさんは眠そうにしていた。あくびをかみ殺し、涙を目に貯める。
「今日はたくさん歩いて疲れちゃいました……もっとサエ様とお話したいんですけど、横になった途端、目が……」
今にも眠りにつきそうな顔だ。まぶたがもう半分以上閉じかけている。
「明日もあるんですし、疲れてるんなら寝たほうがいいですよ。安眠できる魔法、かけておきましょうか」
「よろしくお願いします……」と消え入る声で頼んできたので、思わず小さく笑ってからカテーナさんに魔法をかけた。と思ったらもう眠っていた。早いな。
布団を掛けてあげてから、可愛らしい人だなぁと見つめた。純真で無垢で……そういえば確か記憶喪失だとかなんとか竜谷で聞いたな。怖いだろうに、こんなに明るく振舞ってさ。
私は眠くないので、また横になって天井を見つめた。
どこか遠く、山からだろうか、狼のような遠吠えが聞こえる。
もしかすれば夕闇の巫女相手でもなんとかなるかもしれない、というカテーナさんの言葉を思い出した。
戦うことはもちろん怖いに決まってる。絶対的な力を持っているからといって、絶対的な安全が保障されているわけじゃないのは今まででよくわかった。何度いろんな人に助けられたことか。
メランの本体さんは私に何を望んでいるんだろう。何を目的として召喚したのか。巫女関連であることは確かだろうけど、最終兵器として呼ばれたのならどうしよう。無理。私ただの女子高生。恵まれた場所でぬくぬくと育った現代人。
まあわからないことを心配してても仕方ないか、と結論付けて目を閉じた。
眠気は案外すぐそこまで迫っていた。




