そのサンジュウ、目的
「ところで、思ったんだけど、メランさん」
場所は変わって街のはずれにある宿屋。移動魔法を使ったあと見知らぬ街に降り立ったが、明け方まで起きていたせいかとんでもなく眠かったので、すぐ宿屋へ向かい、思いっきり熟睡した。おかげでさっき起きたら夕方だったけどスッキリしております。
「なんだよ」
むしゃむしゃとケーキをむさぼるメラン。これはやらねーぞと言いたげに体をよじらせた。
「どーして私に仲間を作らせてくれないのさ」
指先で小突けば、そのまま滑らかに転がる。メランは少し黙ったかと思うと、その口をぱっくりあけた。
「オマエに仲間ができると都合が悪い」
「めっちゃ正直に話されるとどう返したらいいかわからないんだけど」
突然明かされた衝撃の事実。飲んでいた紅茶をひっくり返しそうになったが、咄嗟に魔法で浮かせてセーフ。シフルさんのところで修行して以来、格段に魔法が上手くなったと自覚している。
「いやー、なー。オレの目的はだな、オマエを誰のサイドにもつかせずに本体のとこに連れてくことなんだよ」
「本体さんに? どこにいるかわかるの?」
「知ラネ」
うわ、なんだこの無責任餅。
「何か不都合があったの?」
「さあ。多分アレだ、あのー……オレのことよく知らない方が、オマエ自ら興味持って積極的にやって来てくれそうだって思ったんじゃネ?」
じゃネ? じゃないでしょそこは。
でも言われてみれば一番合理的だし確実かも。無理やり連れて行けば、私がこの有り余りすぎる力を使って逃げたりする可能性もある。居場所がわかってても、明らかに罠の匂いがするだろうからね。
だとしても、最初から私を目の前に出現させれば済む話でしょうに。出現場所は選べないのかなぁ。でもメランはちゃんと私の目の前に現れたし……。
いや、メランは言わば簡易魔法生物。私が出現した場所を特定したあとに、遠距離操作で生み出したのかも。
もしその仮説が正しければ、メランの正体……本体さんは、少なくともとんでもない力を持った人となる。魔力量は私には敵わないだろうけど、活用の仕方が超人レベルとか、そういった感じの。
……なんか、いくら魔力量がとんでもなくたって、頭が良くなけりゃ無意味だって神様に笑われてる気がする。悔しい。
「でも楽しみだなー、メランの本体さん。さぞかしイケメンなんだろうね」
「顔に対して期待を募らせる癖は直しておいたほうがいいゾ、オマエ」
「え、どブスなの?」
前イケメンって言ってたじゃん、見栄張ったの?
「いや、イケメンだ」
「自分で言っちゃう?」
まあ、自分の容姿に自信を持ってるというか、自慢はしないけど自分がイケメンだと知ってる人は、悔しいけど嫌いじゃないよ。
ケーキを完食したメランを眺め、私はひとまずある目標を立てた。
「んじゃあ、しばらくそのメランの本体さんを探す旅に出るとしますか。目標もないまま行動できるほど、私は都合良くできてないしねぇ」
「なんかアッサリオレの目的に協力してくれるっぽいけど。いいのか、もしかしたらオマエを利用しようとしてるかもしれねーんだぞ」
「それを確かめに行くんじゃんか」
不思議そうに揺れたメランをまた小突いた。
「だってさあ、利用されるかどうかは別として。自分がなんでこの世界にきたのかくらい知りたいじゃん? それに、このまま何もしないで逃げ回って、それに見かねたメランの本体さんに送り返されたらたまったもんじゃないもん」
「つまり、帰りたくないってことか」
「察しがよくて助かります」
よくいるじゃん、『私、元いた世界に帰るわ!』とか言うキャラ。なんていうか、その……。
もったいないですよね。ハイ。
私はさ、前の世界じゃクラスでも目立たないようにこそこそ生きて、上に立つ人たちの眩しさに目をつぶってきたから。この性格と顔で、青春もクソもない生活を送らされてきたから。
超絶的な量の魔力を手にした今! やさしい世界にやってきた今! せめて楽しく生きたいんだよ!
それぐらいいいよね? 陰キャラだって楽しく毎日を送りたいの。うん。もう誰も私の野望をとめられないよ。
「それに! あんたの本体さんと会わなきゃ、いつまでたってもレシュさんたちとお近づきになれないじゃん!」
「ほんとオマエ、なんつーかこう、欲の塊だな。嫌いじゃねーゼ。……んじゃ、さっそく探しに行くか?」
ゆさゆさと揺れて笑ったメランに頷き、立ち上がった。
「まず東西南北、どこに向かったらいいと思う?」
「さーな、オレも知らんのだわ」
「……じゃあ本体さんについての情報ちょうだいよ」
本体さんの元へ連れて行くのが役目じゃないんですか……。
「ウーム…………」
メランは深く深く考え込むと、突然顔を上げてこう述べた。
「魔法使いの国。そこで必ず情報が入る」
「直接教えないのかい!」
漫才みたいなツッコミを入れてしまったが、そんな文化メランにはわかるはずもなく、少し不思議な顔をしただけだった。
「どうもオレの本体ってのは、意図的に己の情報を都合よくオレから抜き取っているらしい」
遊ばれてる……完全に本体さんに遊ばれてる……!
「でもセルベール行ったじゃん? セルベールでも思い出せないことってあるの?」
思い出の街、セルベール。記憶喪失の人でさえ過去を見ることができるそこで、メランは記憶を取り戻したって言ってたけど。
「式に組み込まれていない魔法が作用しないように、最初からありもしないものは思い出せねえヨ」
わかりやすく訳すと『USBメモリに保存してないものは最初から開けない』ってことか。つまりメランはUSBみたいな存在……USBメラン……?
何はともあれ、とりあえず魔法使いの国に行けばいいのね。今できることはそれだけっぽいし。
「で、魔法使いの国って何?」
メランは少し黙り考えると、つらつらと情報を並べ始めた。
「正式名称はアヴェンドラ王国。ここから北東に位置していて、その異名の通り国民の三分の一が魔法使いの超魔法国家だ。人口はさして多くはないが、魔法使いの存在のおかげで戦争にはめっぽう強く、また侵攻も侵略もしないさせないっつー変わったスタンスだぞ。国王は国一番の魔法使い……というわけではなく、魔法を使えない国王と、賢者でもある魔法使いの二人で国を治めてるらしい。都市部には特に優秀な魔法使いが多くて家賃が恐ろしいほど高いんだとカ」
「三分の一が魔法使いだと超魔法国家になるの」
「マー普通の国じゃ、魔法使いの割合は人口の五パーにも満たねーからナ」
通常の国の六倍以上か……。
……いまいちよくわからないけど、すごいのかな、多分。
「よーし、じゃあメラン、アヴェンドラだっけ? 王国に行くとしますか。今から」
「今から」と驚き気味につぶやくメラン。
「そりゃそーでしょ、早く着くのに越したことはないよ」
「ただ早いとこアヴェンドラ観光したいだけだろ」
ばれたか。
とにかくメランを腰の袋にしまい込み、私はほとんど沈みかけた太陽の照らすオレンジ色の街に繰り出した。
「ところでここどこなの、適当に飛ばされた気がするけど。どこに向かえばいいのかさっぱりだわ」
ひと気の少ないところでメランに語りかけると、メランは縛った口からほんの少し顔を出して答える。
「ただの街だ、名前確認するほどのとこじゃねー。とりあえずアヴェンドラ……北東に向かってひたすら歩けば、魔法なしのお前で十日ってところダナ」
十日……結構近くない? てっきり大陸の対角線みたいな距離かと思ったけど。
いや、そもそもワープするときに魔法使いの国に連れてってくれればよかったのに。
まあメランにも事情があるんだな、と諦めて、街の門を目指す。ワープは行ったことないところには行けないから、メランもただ単に行ったことなかったのかもしれない。
よーしアヴェンドラに行けば本体さんの情報が手に入る! 待っててイケメン!
街の門を出る頃には、すでに日は沈んでしまっていた。空は紫色に焦げ、風に撫でられる草たちも空と同じような色をしている。
草原の香りを胸いっぱいに吸ってから、さっきから思っていたことを口に出す。
「さっき寝たせいで眠くないな……夜通し歩けそうな気がする」
「オマエなぁ、生活リズムの乱れで体調崩しても知らねーからな」
街から出たので肩へと登ってきたメラン。
「アハハーそんなアホなことになるわけないじゃんー」
私が笑っていうと、メランは静かになった。
「……三日後にそのセリフ、思い出してみろヨ」
「大袈裟なんだからさ。お兄ちゃんかっての」
風邪なんて引くわけないじゃんと苦笑して一歩を踏み出す。
黄昏時の草原は、昼とは全く違う妖艶な風貌で私を迎え入れてくれた。
いざ、メランの本体さんの情報収集へ。