そのニジュウナナ、誘拐
「お久しゅう」
カテーナさんと共に宿の外の暗い空の下に出ると、居たのは赤い髪のあの人。
セルベールで対峙した、ここに来れないと手紙を寄越したあの人が微笑んでいた。
「……ここに来れないんじゃなかったんですか」
ジト目で尋ねると、赤髪の人はうふふと声を漏らす。
「わたくしも最初はシフル様がいらっしゃってくださるなど毛頭思っておりませんでしたわ」
となると、シフルさんはかなりの手練だと伺える。あの森を破り、竜に悟られることなくこの谷に入ってしまうんだ、常識じゃあり得なさすぎて鳥肌立ってきた……。
「そこを退いてください。サエ様は渡しません」
カテーナさんが前に踏み出し、赤髪の人を睨みつける。しかしその足は震えていた。カテーナさん……。
それを見て赤髪の人は眉をハの字に曲げて困ったような顔をする。
「まだ力も充分に使えない貴女が私に勝てるとお思いで?」
力? 巫女には魔法以外になにかあるのか?
ともあれ私はそのままにしていては嫌な予感がしたので、カテーナさんを下がらせた。
「サエ様ダメです、そいつは危険です……!」
「でも、見たところ……私に危害を加えるとは思わないんだよね、多分……」
頭をかいてそう尋ねると、赤髪の人は「お察しが良いのですね」と応えた。
「あと、その……こんな時に何ですけど……お名前をいい加減、その……」
こんな時にコミュ障を発揮し、言葉に詰まりながらも言うと、赤髪の人は驚いたように目を開いていた。どうした。
「あら、名乗っておりませんでした?」
名乗っておりませんよなんですか天然入ってるのかこの人。
失礼いたしました、とお辞儀をした赤髪の人はそっと頭を上げて名乗る。
「わたくしはリリルと申します」
リリルさん、ね……何回か会ってるけど初めて知ったよ。
「サエ様こんなやつ放っておいて早くここから離れましょう!」
痺れを切らした様子のカテーナさんが手を引っ張ってその場から走り出した。私もつられて走り出すが、足でリリルさんから逃げられるとは到底思えない。
案の定、リリルさんはにこりと微笑んだかと思うと魔法を繰り出してきた。ズドォンズドォンとえげつない音が魔法防壁から聞こえる。やばいよこれ殺傷能力高いの繰り出してきてるよリリルさん。
「とりあえず長老様のとこへ参りましょう! あそこならアルクイーリス様もいらっしゃるでしょうし平気なはずです!」
「そうはいかせないんだなあこれが!」
突如響いた爆発音。咄嗟にカテーナさんにも魔法防壁を張っていなければ、塵になっていたかもしれないほどの威力。どうした何があった?!
魔法しか防げない魔法防壁なので、爆風に煽られバランスを崩す。頭から後ろに倒れそうになるも、何者かに受け止められ無事だった。
顔を上げると、そこにいたのはシフルさんだった。さっきの声と爆風はお前か!
「よ、サエ」
「なんでシフルさんがここに……あっカテーナさんは?!」
「カテーナちゃんはちと吹っ飛んだが無事だぞ」
カテーナちゃん?! ちゃん付けに戸惑うけども確かに可愛い女の子にちゃんをつけたい気持ちはわかるから黙っておいた。
力持ちらしいシフルさんは自然に私を小脇に抱えると、トンズラしようと魔法を発動したけたその時。
「シフルゥゥ! てめーよくも俺を撒いた上にカテーナとサエを!」
恐ろしいほど速くて重い斬撃が飛んできて、シフルさんがそれを防いだことで転移魔法は中断された。怒り、といより苛立ちを含んだその声の持ち主はだれでもないレシュさんだった。爆風に巻き込まれて多少怪我を負ったカテーナさんの前に着地し、カテーナさんを立たせる。
「まあカテーナちゃんのことは謝るけどさ。こいつはお前の仲間じゃないし別にそんな怒ることじゃないだろぉ? サエも嫌がってないかもしれないし」
その言葉にレシュさんがこちらを向く。眼光鋭い! かっこいい!
「嫌がる嫌がらない以前に状況が飲み込めないです」
「だそうだ。全部説明してやるから素直にサエを引き渡せ」
殺意を全面に出しているレシュさんが片手を出しそう促すも、シフルさんは無視してハッと鼻で笑った。
「おいレシュ、お前は何故こいつを渡したがらない? お人好しなお前の性格もあるが、一番は立場上敵である俺にこのアホみたいな量の魔力を保持するサエが渡るのが嫌なんだろ?」
えっ、そういう? 困ってる人を放って置けないっていうレシュさんの隊長的理由ではなくて?
ショックを受けつつレシュさんの顔を見ると、レシュさんは静かに笑った。なんて美しいんだ……。
「確かにそれもある。でもな、そいつは旅こそ共にしてないが、俺の仲間なんだよ。友人を護ってやるのが友人の務めってもんだろ」
うわああああイケメンだああああ。
あまりにも隊長様がイケメンだったので私はシフルさんを見上げ「あのイケメンについて行きたくないって思います?」と尋ねてみた。勢いで。
「まあ確かにある意味男にも女にも好かれるやつではあるけどってサエお前自分が置かれてる状況わかってる?」
ごめんわかりません。
「さてシフル、そろそろウォルムスがお前が張った結界を破りアルクイーリスと長老に合流する頃だ。あの二人が命令すりゃここらで息を潜めてる竜たちもお前を止めようとしてくるだろう。その前にそいつを置いて逃げるか、素直に俺に殺されるか、選べ」
レシュさんが切っ先をシフルさんに向けそう言った。イーリスさんと長老結界で動けなかったの? いや多分あの二人のことだから簡単に破れるんだろうけど人間のいざこざに巻き込まれるのが嫌だったんでしょう。人外はそういうのが多いって言ってたしね。
「こりゃ恐ろしい隊長様だこと。でもな、前にも言ったはずだ。ーー俺のすることは俺が決める」
そう言い切ったシフルさんが「リリル!」と叫ぶと、背後にいたリリルさんは私らとレシュさんの間に大きな爆発を起こした。
レシュさんが近寄れないその一瞬の隙に、シフルさんは転移魔法を展開して開いた空間に私を抱えたまま飛び込んだ。遠くからレシュさんとカテーナさんの私を呼ぶ声が聞こえる。
えっちょっとまって私どうなるの? て言うかやっとレシュさんと再会出来たのに! メランもまだ行方不明なのに!
転移魔法を通過しやってきたのは森の中。空気からして竜谷の前の森とは違うところだろう。ひんやりとしていて、静かで、個人的には好きなところだ。
開いた空間から続けざまにリリルさんもやってくると、シフルさんはすぐにその穴を閉じた。直後、さっきの喧騒とは嘘だったとでも言うように静寂が辺りを包む。
集中や緊張を解くようにため息をついたシフルさんは、近場にあった岩に私を降ろしてくれた。
「手荒な真似して悪かったよ、サエ」
「え、あ、いえ」
なんでここの人たちってみんなこんなコミュニケーション能力高いんだろう。コミュ障の私が余計哀れに思えるんだけど。
ははと笑ったシフルさんは私の肩を軽く叩いた。
「そんな硬い顔すんなって、別に殺そうとか思ってないから」
「じゃあ何のために私を……」
こんな状況にあるのに何故私はこんな落ちつき払ってるんだろう。チートだからって油断してるのかな。
いや多分、シフルさんがそんな悪い人には感じないからだ。なんだかどうも、あまり嫌いにはなれない。
「なあ知ってるかサエ。お前はな、今ーー現在進行形であらゆるやつから狙われてんだ」
え? と小さな声を漏らすと、シフルさんは遠い目をして木々の生い茂る頭上を見上げた。
「今まで何回か指摘されてるだろ? お前がその膨大な魔力を抑えきれてないって」
「あー、なんかだだ漏れらしいですね」
「まあ魔力ってのは魔法で辺りを探らないとわかんねーから、普段はバレない上ある程度距離を取ってりゃ早々見つかんない。でもお前の場合、遠くからでも竜谷周辺にいるお前の魔力を感じ取れるほど、主張っつーか存在感がやばい」
そんなにダダ漏れだったのか……なんか恥ずかしいわ……。
「そんなこんなで次々と悪意ある奴らがお前を利用しようと水面下で動き出してる」
「え、むしろ魔力がデカすぎるってんで恐れられたりしないんですか?」
通常そっちの方だと思うんだけど。しかしシフルさんは首を横に振った。
「魔力を抑えられない、魔法に関してほぼ無知な赤ん坊と同レベルのお前を恐ろっていうのは無理だろ」
確かに……あれ……私ってチートじゃなかったっけ……。
自分の無力さに打ちひしがれかけていると、シフルさんはやっと本題を説明し始めた。
「そんなお前を利用される前に保護してついで協力してもらおうと今回こんな真似をしたんだが、どう思う」
「いやどう思うって別に……」
私馬鹿だなぁくらいしか思いませんって……。
「でもあなたたちもあれっすよね、私を利用しようとしてるんですよね?」
確認しようと言うと、シフルさんは悪びれもせずに頷いた。
「確かに利用とも言えるから、そこは否定しない」
開き直ってるよ……。ダメだなあこういうところが嫌いになれない理由かもしれない。
「まあ協力するしないは後にして、シフルさんとレシュさんってどういう関係なんですか?」
「敵っつーかライバルっつーか」
ライバルね。ライバルって確か悪い人じゃないよね。いや敵って言ってる時点でアウトか? でも前に世界を良い方に持っていくだかなんとか言ってたしな。
一人考えていると、シフルさんがリリルさんに時間を確認した。もうすぐ夜明けらしい。
…………嘘、夜明けなの? マジで?
「すみません自覚したらすごく眠くなってきたので寝させてください」
大体昨日もほぼ徹夜だったし、ってああまずい自覚すればするほど眠気が勢力を……。
「お疲れみたいだな。うーんそうだな……取り敢えず寝てもらうか」
やったー睡眠だー。
この状況で喜べるのも睡眠を取るのもどうかと思われるだろうけどそれぐらい眠いんで勘弁してほしい。それにこの人たちあんま悪い人じゃなさそうだし。
「あっちに小屋があるからリリルに連れてってもらってくれ。リリル、いいな」
「はい。シフル様はどちらへ?」
リリルさんが頭を下げシフルさんに尋ねると、シフルさんは微かにニヤリと笑った。
「掃除」
えっどういう意味ですかそれ。