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クソチートの脱ボッチ計画  作者: 鹿田はもの
第三章、竜谷と人間
22/55

そのニジュウイチ、本気

「……おまえ本当に同一人物か」


極めると決意して三十分、現在わたくしたちは谷底の道を猛スピードで駆け抜けています。


悔しい思いをしたあの後、私はあることに気づいた。


罠の発動を、魔法で僅かながらに遅らせることが出来ることに。


ちなみに対魔法用の術がかかってるとかで罠の無効化は出来ませんでした。本気だせばいけなくはないと思うけど、やろうとしたらウォルさんに「……わかってるだろうな」と言われたので大人しく走ってます。罠壊すと再設置がとんでもなく面倒くさいらしいよ。


そして魔法で僅かながらに発動を遅らせ、その隙に魔法で体力とスピードをかなり底上げして駆け抜けている、と。そんな私に余裕そうについてこれるウォルさんは化け物です。


私は風! 景色が帯にしか見えない!


「これが私の本気ってやつですよ! ふはは」


「もうすぐ到着だぞ、あんまり速くしないほうがーー」


まあそんなこんなで調子に乗っていると、当然バチも当たるわけでして。


「止まれ!」


ウォルさんの制止の声も虚しく、私は巨大な何かに思いっきり頭から突っ込んで行きました。


なんだこれ! 私風になってたから気づかなかった。ていうか痛い。衝撃が後からきたんだけど!


全身に回復魔法をかけていると、走ってきたウォルさんに襟首掴まれて後ろに引き剥がされた。


揺れる脳を抑えつつ、ぶつかったものを見上げる。思わず魔法をかける手を止めずに言葉を失ってしまった。


「恐ろしいほどの魔力の塊が飛んできて死を悟ったのに、正体は風変わりな人間の小娘とウォルムスか」


大きな口から漏れる声。厳格のあるシルエット。何より、足ですら私じゃ敵いもしないその巨体。


「ど……ドラゴンさん」


燃えるような赤色が網膜を突いた。想像を上回った美しさにろくな言葉が言えなかった。代わりにウォルさんが応答する。


「ごめんな赤いの。こいつがちと魔法を多用してただけだ。突っ込ませて驚かせたか」


ドラゴンさんはしばらくこちらを見下ろしていたが、やがて「やはりお前らのサイズにゃこの体は合わんな」と呟いたかと思えば、するすると小さい体になっていく。


お、これはお約束の……!


最終的に、ドラゴンさんは赤い髪の中性的な美人になった。男性だろうか、女性だろうか。見た目でも話口調でも声の高さでも判別しにくい。


期待通りだ! ありがとう竜谷!


「それにしても、何故おまえのようなやつがここに?」


ウォルさんがドラゴンさんの後ろを見据えて言った。ドラゴンさんの後ろには大きな壁がある。あそこを右折すれば竜谷の入り口らしい。


「ワタシとて外出くらいする、と言いたいところだが……お前を血祭りにしてやろうと思っていたところだ」


「なっ……」


ドラゴンさんのセリフが終わると同時に、私の真横で火花が散った。腕だけドラゴンに戻ったドラゴンさんの爪と、ウォルさんの短剣が重なり合ったのだ。


当然私は何も反応できずにただただ心臓をバクバク動かすだけ。遅れて冷や汗が流れ落ちる。ドラゴンさんは私には敵意はないようだが、これはどういうことでしょう。


「何故だ、おれはちゃんと掟も契約も守ってる……!」


ウォルさんの口から重要そうな単語が出てきた。掟。契約。


「ああ、確かにお前は掟も契約も破っていないさ。だがなんだアレは。何故あんなやつを竜谷へ通した」


その叱責に心臓が止まるかと思ったが、ドラゴンさんの言う「アレ」、「あんなやつ」とは私のことではないらしい。


ウォルさんは一瞬だけ記憶を辿るような表情をして、顔をしかめる。


「おれが通したのは長老の友人一行と馬鹿そうなガキ、あとは無害な変な種族の黒いやつだけだ」


あ……。


その時、私はその場から消え去りたい気持ちでいっぱいだった。


もしや、「アレ」、「あんなやつ」って……メラン?


長老の友人一行はおそらくレシュさん、馬鹿そうなガキはツァック……うん、消去法でいっても、メランとしか……。


しかしそれは杞憂に終わった。


「長老の友人一行に紛れていたあの小娘! あれはただの小娘じゃない」


え、メランじゃないの? と心底安堵する。よかった、面倒ごとはたくさんだよ私は。


しかしウォルさんはこちらを横目で見る。


「……こっちの小娘よりも、まずいやつなのか?」


私もまずい小娘なの? まあ確かに魔力はまずいけどさ。


「そっちはお前と共に来た上に、敵意ややましいことは感じられない」


未だに鍔迫り合いを続ける両者は、そのまま話を続ける。


「じゃあなんだ、長老の友人一行にアレが紛れてたって言うのか」


「素直にそうだと言ってあの小娘を喰ってしまえればよかったのだがな」


「意味がわからない……」


ウォルさんは理解出来ないのを苛立っているようだったが、今すぐ安心して欲しいと伝えたい。


私が一番理解出来ないから。


「どうやら最近、また不眠癖が再発したようだな。お前ならすぐ察せるだろうに」


なんだかこのまま聞いていれば、竜谷のイベントの盛大なネタバレを喰らいそうだ。


それだけは何が何でも嫌な私は、意を決してドラゴンさんたちの会話の間に割って入る。


「あの……私にも詳しく教えていただけません、か……?」


ドラゴンさんの一瞥で言葉が止まりそうになるも、何とか言い切った。


ウォルさんよりほんの少しだけ身長が小さいドラゴンさんを見上げていると、ドラゴンさんはため息をついて爪を仕舞った。


「この小娘、どこから連れてきた。なぜこんな辺鄙なところへ参った」


「えと……長老のご友人を追いかけてやって参りました」


素直に理由を告げるとドラゴンさんは笑う。


「レシュにか?」


「……お知り合いで?」


ドラゴンさんは頷いた。そしてウォルさんを見る。


「あいつはウォルムスと渡り合える数少ない人間だ。と言ってもウォルムスも人間なんだがな」


ウォルさんは顔をしかめる。


「おまえに人間扱いされると気色が悪い」


レシュさんとウォルさんが互角……! ウォルさんもレシュさんも只者じゃないな。


「何はともあれ、そこの小娘は歓迎しよう。まあ、小娘の出方によるがな」


微かにニタリと笑うドラゴンさん。なんだかウォルさんに似ている。そして嫌な予感がするのも同じだ。


「珍しいな、赤いのがよそ者を歓迎するなんて」


「勘違いをするな。いつもよそ者は大歓迎だぞ。竜はエルフと違って心が広いからの」


やはりこの世界にもエルフはいるらしい。いつか会いに行こうと決めた。


「ところで私の出方とは」


嫌な予感を隠しつつ尋ねると、ドラゴンさんは当然とも言うべき顔でこう言う。


「お前が竜谷に危害を与えないかどうかだ」


その言葉に「は?」とこぼしてしまいそうになったが、その前に意味を理解する。


「私はどこにも危害を加えるつもりはないですよ。まあ……向こうから与えて来た場合は臨機応変に対処させてもらいますけど」


驚いた。私はそんなに大きな存在なのか。ドラゴンにさえ危険視される人間……嬉しいような、悲しいような。


私の応えに、ドラゴンさんは笑った。


「そうか。なんのしがらみもなく、自由に生きると言うか。そんなのただの夢想だと嘲り笑いたいところだが、お前はそれを実行するだけの力がある」


「いや、そういうスケールの大きい話ではなくて」


生き方とか、力とか、今はそれを受け入れる余裕がないのでちょっと勘弁していただきたい。この世界を楽しみたいだけですってば。


「はは、成る程な。お前くらいのやつはそうやって生きるのが丁度いいのかもしれんな」


うんうんと頷くドラゴンさん。


「面白い。よし、ウォルムス、ワタシも長老のところまで同行させて貰おうか」


ドラゴンさんとウォルさんは普通の表情だが……。


行くんですか。長老のとこに。


ちょっと待って長老のとこに行く感じだったんですか。


行かないとダメなんすか。


「おまえが来ても意味ないと思うけど」


あっ、やっぱり行く感じになってる。


やだよ緊張するじゃないか。ちょっと楽しみでもあるけど、未知への恐怖が少なからずある。


「忘れたのかウォルムス。お前はアレを谷へ招き入れたなんてことをやらかしたんだぞ」


そんなドラゴンさんの勝ったような一言に、ウォルさんはすごく嫌そうな顔をした。


「おれは今まで谷に尽くしてきた。それに長老だってあのお人好しだ、ちょっとペナルティ与えてくるだけだろうな」


「まあそうだろうけども。ワタシがついていれば、そこの小娘を警戒する竜も減るだろう」


暫く考え込んだウォルさんは、断腸するかのような表情で頷いた。


「しょうがないか」


なんだかこの二人仲が悪いのか良いのかわからん。しかも何と無く似てるし。


もしかして師弟関係とか。


それにしても長老とご対面か……。足震えないといいな。


そんな私の浮かない顔を見てか、ウォルさんが肩に手を置いてくれた。


「ここの長老は温厚だ。威厳こそあるが、ノリも軽いやつだからな。安心したほうがいい」


そうなんですかねえ。


ちらりとドラゴンさんのほうを向けば、「会えばガッカリするくらいだと思うぞ」と頷いた。


そんなに?


「……ていうか噂の娘さん放置してて大丈夫なんですか。長老と顔合わせる暇あるんですか」


必死に言い訳を口に出すと、二人は顔を見合わせる。


ドラゴンさんが言った。


「危害はないらしい」


ウォルさんも続ける。


「アレが本当に危険なアレだったら、今頃竜谷が騒がしくなってるはず」


確かに現在谷の風音しか聞こえない。


もっと説得力のある言い訳を考えたが、皮肉にも何にも思い浮かばなかった。


最後に無駄な足掻きを決める。


「でもその娘さんは竜谷に居ちゃダメなんじゃないんですか」


案の定言い返された。


「そんなことはない」


ドラゴンさんのその言葉にウォルさんも驚く。


「じゃあまさか、おまえ……」


そんな問いかけに、ドラゴンさんは大きく頷いた。


「ちょっとお前をどやしに行こうと思っただけだ」


やっぱりこの二人師弟関係だな。


そう確信した。


ウォルさんは納得がいかないという顔をしていたが、言い返しても無駄だと理解しているらしく、ため息をついて口を閉じる。


「話もまとまったところだし、善は急げと言うからな。失礼」


ドラゴンさんは数歩後ろ下がったかと思えば、元の姿に戻った。赤い大きなドラゴンが現れる。


これは期待していいのかな。


「乗ってけ」


やったー! あざーっす!


ウォルさんに手伝ってもらいながら、ドラゴンさんの首筋のところによじ登った。


うわー鱗硬い! そしてデカい!


「ウォルムス、その小娘を落とすなよ!」


そう言って羽ばたき始める。


「わかってるっつの」


小さく悪態づいて、ウォルさんはドラゴンさんを拳で殴った。

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