そのジュウキュウ、腕試し
「……これはなんですか?」思わずしかめてしまった顔の表情を元に戻し、ウォルさんを振り向いた。
「何って、見たとおり、魔物」
爽やかな笑顔を向けるウォルさん。あなたそんな表情出来たんですかと言いたかったが、ぐっとこらえた。命の危険を感じ、目の前に視線を戻す。
数十分前、にやにやと笑う口元を布で隠しながら歩くウォルさんについて行くと、とある洞窟にたどり着いた。森の中にあり、入り口は青々と茂っていたものの、中はどす黒くて見えなかった。
そして中に入り、今に至る。
ちなみに、現在、目の前には数え切れないほどの狼みたいな魔物が群れている。洞窟の内部は広く、気が遠くなりそうなほどの数の魔物がぎゅうぎゅう詰めになっていた。なんだお前らそんなに群れるのが好きなのか。女子か。
「討伐命令があったんだけどな。面倒くさかったんでついでにお前にやってもらおうと」
あくまでも悪びれる様子のないウォルさん。そして今にもこちらへ襲いかかってきそうな魔物。
とりあえず、私のやるべきことはわかった。クマから逃げるごとく慎重に後ろに下がり、洞窟の外側へ出た。そっと、入り口に半透明の緑色をした障壁を作り出す。
「ウォルさん、一応言っておきます。私一般人です」
至極真顔でそう言えば、ウォルさんは鼻で笑った。
「戦えなくても戦えても、そんな馬鹿みたいな魔力があれば一般人とは言わない」
「じゃあせめて! ウォルさんが前に出てくださいよ! 私後方援護が得意なんですよ!」
最も、まだ誰かと共通の敵を相手にしたことがないので、後方援護もやったことがないのだが。
私の叫びに反応してか、エセ狼が堰を切ったように暴れ始めた。障壁にぶつかっては、「きゃん」と子犬のように鳴いて下がって行く。その繰り返し。
「あんだけの魔物を余裕で抑えられる障壁を作り出せんなら、おれの出る幕はないだろ」
自虐気味にかすかに笑ったウォルさん。そんなこと言われてもさあ!
私が渋っていると、「イヤイヤとは言ってても出来ないとは言ってないだろ。やってみろよ。ほら、何かあったらおれが対処するから」と片手をひらひらさせてくる。
眉根を寄せながら、エセ狼の群れに目をやった。ろくなことがない。あーあ、ツァックとメランとはぐれなければよかった。面倒くさいことを押し付けられたものだ。
「ちなみに、夕方までに片付かないとこの森で一夜を明かすことになるからな」
後ろからの声に、私はすぐ構えの姿勢をとった。一夜も経ってしまえば、レシュさんたちに会える可能性が限りなく低くなる! それに一刻も早くメランを回収しなければ、今以上に面倒くさいことになるかもしれない。
ため息を尽きながら、私は洞窟の中を指差した。一回やってみたいことがあるんだよね。
ウォルさんは興味深そうに様子を見ていた。驚かせてやろうか。
たてた人差し指を、くいっと下ろす。そこから途轍もない魔力が溢れ、一瞬にして、洞窟の内部は静まり返った。
「これは……。凍らせたのか」
驚いたように洞窟の入り口をまじまじと見たウォルさんに、満足感を覚えた。
彼の姿勢の先には、入り口とその内部が氷漬けにされた洞窟がある。中のエセ狼たちは、生きたまま氷漬けにされ、剥製みたいになっている。
出したままだった、下げた人差し指を上げる。シャンと音がしたかと思えば、氷は全て消えてしまった。魔物がボトボトと倒れこむ。やがて瘴気となって一匹残らず散って行った。
「……まさかこんなに容易くやるとは。普通氷漬けにしても、魔物は中々死なないというのに」
「私の魔法はそれだけ凄いってことですよね」
「魔力の出し方には無駄が多いけどな」
誇らしげな表情を戻し、拗ねたような顔になる。
「しょうがないでしょう。だって、……魔法の勉強なんてしたことないんですから」
その一言に、ウォルさんは驚いたようだ。目をかすかに見開いた。
「勉強なしに、魔法? お前本物の天才か何かか」
そこで、このまま会話をしていたら、私が異世界人ということがばれてしまう可能性に気づく。慌てて話をそらした。「ところで! 早いところ、この森から抜けさせてくださいよ」
「まあ、そうだな。おれも竜谷に用があるし、そこまで連れてってあげよう。おまえみたいなのが竜谷に突然入って行けば、おれが責任を問われかねないしな」
やったと喜んだものの、ひとつ引っかかることがあった。
「ウォルさんが責任を? ……ウォルさん、この森の守護者か何かですか」
ウォルさんは苦虫を噛んだような顔になると、首を横に振る。
「守護者とかそういう大層なもんじゃない。ちょっと色々あってな、監視役みたいなもんだよ」
へえと相槌を打つものの、本当は詳しく聞き出したくて仕方がなかった。過去のいざこざ? 大好物です!
おっと、人間としてのモラルが……。
何はともあれ、これで竜谷まで行ける。今ならまだレシュさんもいるだろう。
なんかアイドルの追っかけみたいだな私。まあレシュさんに会いたいのだからしょうがない。
「ところでウォルさん、この森ってどうやって抜けるんですか」
「簡単なことなんだよ。……百聞は一見に如かず、とりあえずこっち来い」
また悪質な笑みを浮かべたウォルさんに、なんだかもうどうにでもなれと投げやりな気分になった。
まあ、何かあっても死なないだろうし。