そのイチ、浮かれ
雨中を無我夢中で走っていた。家に通じる道をなんとなくの感覚で進んでいく。整備されたアスファルトは硬く、時たま現れるマンホールに足を滑らせかけた。
うざったいほどの雨飛沫で視界が遮られ、ストレスは溜まる一方だった。
なんとか体制を立ち直しさらに走る。カバンの中にあるケータイを濡らしてはいけないと本能と理性が告げる。データが、データが……!
するとその時。
ズルッ
「は?!」
普通の女の子は「キャッ」とか言うんだろう。しかしそんな事を考える余裕はなかった。
突然足下が沈んだのだ。そう、地面が。そして雨とも合間ってバランスを崩し転倒。盛大に地面とキス。
幸いにも歯が折れることはなかった。さすが私の歯。
「いってーな……なんなのもう」
地面に手をついて顔を上げると、なぜ足下が沈んだのかすぐにわかった。ここは雨のせいで緩くなった土の上なのだ。
起き上がることもせず、泥だらけのまましばしフリーズする。
あれ、確か私ん家までずっとコンクリートだよな? こんな田舎のゆっるい土みたいな道はなかったよな? それになんか緑の匂いもするぞ?
帰宅路の途中、脇道に入ってしまった可能性はない。ちっさい頃こそここら辺を駆け回っていた私は土地勘があるほう。そして記憶の中ではここら直径数キロに土の道はないはずなのだ。
いつまでたっても結論を出せない私は理不尽にも未だ私の頭に容赦無く降りかかる雨に腹が立った。お世辞にも女子らしいとは言えない目つきで空に叫ぶ。
「オラッてめいい加減にしろやっ! ちょっとは私様のために晴れる努力くらいしろ!」
そこで一息ついてうなだれる。
……何やってんだろう、私。
混乱する頭に虚しさが加わって頭が痛くなってきた。
しばし痛む頭を目を閉じ抑えていると、ふと体に陽光の暖かさを感じた。
反射的に目を開ける。
明るい。
あれ。
先ほどまでは三十センチ向こうも見えないくらいの雨だったのに、今は数メートル先まで見える。
その数メートル先には雨に洗われた初々しい若葉をつけた木々が。
私が横たわるこの地面は人の通りがあるのか、コンクリートなどではないが舗装された土の道だった。
…………ンン?
はてさて。何か森の中っぽいなとは雨の中思っていたものの。本当に森の中だとは思いもしなかった。
ってちょっと待て。森って、私の学校から歩いて数時間はかかるところにやっとあるくらいだぞ。
それになんで雨が急に止んだの?
もし某ネコ型ロボットがいて、道具をバンバン使えると仮定しよう。
そしてなにかの事故ないし手違いによって、その道具の中でも一番フェイマスでポピュラーとも言えるピンクのドアで地元とは別のところに飛んできてしまったとする。
しかしその説では雨が止んだことは説明できない。確かにここらは先ほどまで集中豪雨に見舞われていた形跡がある。
では。
私は自分の心臓がかつてないほど早く鼓動するのを感じた。
いや、まさか。うん。まだ確かな確証はないし、思い込みはよくない。
でも、でも……この状況……、中学からずっと夢みてたーー。
体を倒れていた体制から直立不動へと一瞬でうつす。身体中が泥まみれだが仕方が無い。
高鳴る鼓動を抑えつつ、右手を出し……頭の中で、〈目の前に木が生えてくる〉イメージをした。
イメージして刹那。地面から少しの地鳴りや揺れと共に枝先が鋭利な木が私の眼前で勢い良く生えて来て止まった。
二重の意味での驚きに心臓が一瞬止まる。
数秒間真っ白だった頭が、徐々に回復してくる。
これは……。
「魔法……!」
ギャーどうしよう、私、私……"異世界トリップ"しちゃった!
確信を持った私は心の中で踊り狂った。今までの人生で一番とも言えるガッツポーズをしっかりと決める。
この世界の誰が私を呼んだのかなんて、気にも留めなかった。
ああ、急にゆるゆるの地面になったのは、異世界トリップによって現代の都会からこっちの世界の森の中に来ちゃったからなのか。そして雨が止んだのは私が無意識に発動した魔法によって。
問題はここがどのような世界観の世界なのか。エセ中世ヨーロッパじみた剣と魔法の世界がいいです。
しかしそれは杞憂だったようだ。
雨でぐちゃぐちゃになった道に、比較的真新しい馬車の車輪の跡、すなわち轍があった。つまりこの世界は馬車を使う世界。
そして、近くの木の幹になにかの目印かそれとも戦闘が行われた跡なのか、剣のような大きなナイフで削られた後があった。つまりこの世界は剣を使う世界。
さらに極めつけはさっきの魔法。
「……」
これ以上嬉しいことがありますか。一人なのでバカ騒ぎできないがとりあえず人生で一番の幸せを噛みしめる。ああ、生きていてよかった。ありがとう神様。
さて、それならば勇者のパーティにでもなるイベントが待ってるはず。そのためにも一刻も早く人里について勇者だかの情報を集めなければ。
「空の雲なくなれ!」
今のテンションに任せ、そう空を指差し叫べば、空の上の綿あめは強風に吹かれたように散って行った。
うん、魔法まじ楽しい。