そのジュウナナ、北へ
「どうだ? サエ」
草原のど真ん中、私は額に三角形にした両手を当てて目をつむっていた。
ツァックは後ろで、頭の後ろで手を組みながら手持ち無沙汰だと言いたげにそう聞いてきた。
「ちょっと待てちょっと待てキタキタキタキタ」
北ほうを向くと、微かに魔力を感じる。これは確かにあのレシュさんのものだ。さらに意識を集中させ、詳しい座標を絞り出す。
「ふむ……ここからまっすぐ北に言ったら、何かある?」
私は目を開けて、後ろにいたツァックに尋ねた。ツァックは人差し指をたてて即答する。
「竜谷だな」
「竜谷? え? ドラゴン? 私の愛するドラゴン?」
エルフをはじめとする妖精とか獣人に並ぶ、ファンタジーのお約束の素晴らしい種族、ドラゴン……。
期待に目を輝かせて聞き返すと、ツァックは訝しげな表情でこちらを見てきた。
「そうだけど……ドラゴン好きって……お前物好きだな」
「なんでよ、ドラゴン素晴らしいじゃないですか! 長寿で、聡明で、そして何より、他の追随を許さない強靭な種族……」
男ならみんな好きだと思ってたけど、実際同じ世界に住んでたら被害とかなんとかであまり好ましく思われてないのかもしれない。
少ししょげた顔でいると、ツァックは気を使っているように言葉を濁す。
「うーん……お前はここらの人間じゃなさそうだし……お前のいたとこじゃそういうイメージなのかねえ」
「何さっきからそんな……言いたいことあんなら言ってくださいよー。後でガッカリするの嫌なんだけど」
私がつぶやくと、ツァックは私の目をまっすぐ見据えてこう言った。
「ぶっちゃけ、ここらの人間は、大体ドラゴン好きじゃない」
「な、なんで……」
あんなに素晴らしい種族なんですよ!
「んー、何て言ったらいいんだろな」と髪をかきあげるツァック。絵になってる。イケメン。
「ドラゴンはな、人間に被害出すし、あんまり人里と関わろうとしないし、気難しい種族だし……」
なあんだそんなことですかとため息をつく。
「好かれてないとか言うから、一回国だか大陸でも滅ぼしたのかと思っちゃったじゃん」
「ドラゴンが国とか大陸を滅ぼせるわけないだろ。王宮とかなら簡単かもしれないけど、この国の周辺には厄介なやつらもいるし……」
王宮簡単に滅ぼされてもまずいんじゃないか。大丈夫かこの国。
「厄介なやつらって?」
私が問えば、ツァックは眉をひそめた。
「種族が入り混じってるからな。ドラゴン並みに強い種族も地味にいるんだよ」
「勢力とかが、まさに均衡状態だと」
ひとたび戦争とかはじめちゃえば、刺激された種族とかがさらに争い始めて復帰不可能なくらいに国荒れちゃうんじゃないか。種族間での血で血を洗う争いとか見たくないよ私は。
「まあそれも言えるし、他種族は人間に興味ないのが多いからなあ。『国とかどうぞご勝手にお作りください、ただ私たちには迷惑かけるなよ』みたいなもんだ」
「まじかよ」
変なとこでフリーダムすぎるな。ファンタジー世界すごいな。
「それよりサエ、早くそのレシュさんとこ行こうぜ!」
待ちきれなくなったのか、ツァックは北を指差し走り出した。普段の私だったらキレるだろうが、ツァックの走るそのスピードの速いこと速いこと。一瞬で怒りが引っ込んだ。馬鹿は世界を救う。
「ツァックー! もう少し左の方向! あとちょっと待てよ、私はあんたみたいな人外の体力持ってないんだから!」
叫びかけるも、もう米粒ほどになったツァックは、遠くで「早く来いよ!」なんて叫んで手を振っている。予想はしていたが、この旅、結構疲れそう。
呆れてる私をよそに、ツァックはまた進み始めた。
ふと腰の袋が動いたので目を向ける。メランが顔を出していた。
「竜谷か……お前のペースだと、明日の朝くらいに着きそうだな」
「明日の朝……レシュさんに会えるかなあ」
「また入れ違いになりそうだけどナ」
ケラケラと笑うメランを鷲掴み、平原の向こうに思いっきり投げつけた。
「……不吉なこと言わないでください」
口より先に手が出てしまう癖、直した方がいいのかね。
「まあいいや」とすぐに諦め、私も、ツァックとメランが消えて行った方向へ歩み始めた。
ドラゴン、実に楽しみである。