そのジュウロク、ごく一時的な脱ボッチ決定
「は? 数日前来た集団のところに仲間入りしたいですって! しかも、もう旅支度を済ませた?!」
アーニャの叫び声が開店前の店に響き渡った。私とツァックは耳を塞ぐ。
あれから数時間が経過し、太陽は東の空に爛々と輝いていた。日がそこまで登るその間色々と話し合った私とツァックは、アーニャを説得するため店のカウンターに寄りかかって戦闘態勢に入っている。
ツァックは、強くなりたいと言った。大切な人が危機にさらされても、充分に守れるほどに。その為にも、レシュさんのところで修行をしたいと。
「何かんがえてるのよ! お酒のお店出すって夢はどうなるの!」
「いや、だってさ」
ツァックが訳を話そうとすると、鬼の形相で「だってもなにも、ない」とアーニャが切り落とした。
ツァックが救済を求めるような目でこちらを見てくる。まるで子犬。可愛い。しょうがない、助け舟を出してやるか。
「あの、アーニャ」
「何よ」とアーニャがこちらを見てきた。もう、昨日のような笑顔の仮面は貼り付けていない。素を出してくれているらしいけど、なんだか怖い。マジこええっす。
「ツァックは……その、十分強いし。旅の途中で死んだりしないと思うし、あと、えー、ホラ、旅は各地を回るやつだと思うし、全国のお酒の勉強もできるんじゃないかって……」
なんだか不自然になっちゃったが気にしない気にしない。
アーニャは瞠目してから一瞬考えるそぶりを見せて、「……確かに、そうかもしれないけど」と弱々しくつぶやいた。
「アーニャ?」なんてツァックが混乱している。いつも強気なアーニャが突然威勢をなくしたことに狼狽しているようだ。
こいつ鈍感すぎんだろ。
心からそう思ったが、口には出さないでおいた。
何だかアーニャが可哀想に思え、しかしこんな時どうしたらいいのかわからない。
くそ、こうなったら当たって砕ける覚悟で……。
私は曖昧な笑みを浮かべ、手のひらを上に翻した。
「アーニャは、ツァックがどっかに行っちゃうのが嫌なんだってさ」
途端、アーニャの整った顔が羞恥に染まり、ツァックは豆鉄砲をくらった鳩みたいな顔になる。
「サ、サ、サ、サーー!」
言葉にならない声で何かを言おうとするアーニャ。私は涼しい顔で無視した。
「え……の…………本当か? その……俺が、どっかに行くのが……い、嫌って」
後頭部をかきながら、必死に言葉を選んでいる様子のツァック。
それに対し、アーニャは磨き上げてぴかぴかになったリンゴ並みに真っ赤な顔でそっぽを向いた。あー、青春っすね。
正直、リア充くたばれって思った。でもこのカップルなら許せてしまう気がないわけでもない。あー、でもジェラシーが。
うん、とても複雑な気持ち……。
しかしツァックは、眉根を寄せて、どうとっても嬉しいという感情とはかけ離れた表情をしていた。
え、ちょ、あれ……?
気まずそうな顔で、頭をかくツァック。そして、目を泳がせながら、口を開いた。
その時、ツァックの表情にほんの少しの変化が現れたことに気づいた。でも、すぐに戻ってしまう。
今の、まさか……。もしかして。
「あー……っと、あの……、なんつーか……ホント申し訳ないんだけどさ……俺、アーニャのこと、その……恋愛対象として、見てなかったっていうか……えっと……」
その言葉に、大きな目をいっそう大きく見開いたアーニャ。
ツァックは気まずそうにへらへら笑いながら、「ごめん」と告げた。「まあ俺以外のいいやつでも探せって」
次の瞬間、開店前の店の中に、乾いた音が響いていた。
呆然として、赤くなった頬を抑えているツァック。
対するアーニャは、肩で息をしながら、涙で濡れる顔を見せまいと俯きながら、叫んだ。
「もう、もうあんたなんか知らない……! 旅なんて勝手に行けばいいのよ! そして、そして……どっかで死んじゃえばいいんだわ!」
アーニャは荒々しく店のドアを開けて走り去って行った。
頬を叩いたのは、おそらくツァックがへらへらしていたからだろう。わからなくもない。
だけど。
私は立ち尽くすことしかできないツァックのほうを見た。目はアーニャが消えて行った、店のドアをずっと捉えている。
不意に、「………………なあ、サエ」とツァックがこぼした。その目には、なんの感情もうつっていない。やばい、かなり重症だ。
呆れたようにため息をついて、苦笑した。
「あー、わかってるわかってる。嘘なんでしょ? さっきの」
ツァックは意表を突かれたようにこちらを向いた。
私は人差し指を尽きたてる。
「もちろん自分も恋愛対象として見ていた。だけど、帰りが何年も、下手したら十年くらい後になりそうな旅に出る自分とじゃなくて、他のやつと幸せになってほしい」
気持ちを代弁してあげたその言葉に、諦めがついたように笑ったツァック。よかった、多少は立ち直ったみたいだ。
「サエは、お見通しなんだな」
伊達に人の顔色うかがって生きてきてないからね、とは言えなかった。「まあ……ね」
ツァックは吹っ切れたように伸びをする。
「はー、まさかビンタ食らうとは思ってもなかったわ!」
そう強がってみたものの、やはり傷ついた心はそう簡単に完治するものではないようで。
「……正直、想像以上に……くるなあ」
寂しそうに、そう呟いた。
「……私はさ、アーニャも……わかってくれると思うよ。……多分」
気がついたら、そんな言葉が口から出ていた。
ツァックは無言でこちらを見る。
「だってさ……期間が長かろうが短かろうが、今まで一緒にいた仲なんでしょ? ツァックの嘘なんて、すぐ見抜くと思うけど」
「……だといいんだけどな」と、苦笑した。なんかめっちゃ絵になってる。そして、いつものツァックに戻った。「さーて!」
「サエ! その、レシュさん? って人のとこに、連れてってくれよ!」
「えっ」
「えっ」
一気に空気が台無しになるその場。シーンと静まり返った。
「……無理?」
心配そうなツァックのその言葉に、私は腕を組んで、考え耽った。
正直レシュさんがどこに行ったかなんてわからない。ぶっちゃけ今後会えるかもわからないわけだし……。
けど、だとしたらここまでしたツァックに申し訳が立たないな。
「んー……まあ、しょうがないな。やれるだけやってみるよ」
魔法で探せば何とかなるか。
オーケーを出されたツァックは、嬉しそうに飛び跳ねた。
「よし! じゃあ今から行くぞ!」
「今から?!」
腕を掴まれ店の外に引き摺り出される。うわっこいつ力強え!
「店の親父さんに報告は?! あと、アーニャに一言言わなくていいの?!」
聞けばツァックは、「親父は……まあ大丈夫だろ! あとアーニャは心配いらないってサエ言っただろ」と超ポジティブシンキングを発揮した。
「でも」なんて愚図れば、「それに」とツァックは笑う。
「俺のことわかってくれた、姉貴みたいなサエがいれば、ある程度の困難に打ち勝てる気がする」
隊長。イケメンの微笑みビーム、直撃しました。
空凪紗枝、殉職。
とまでは行かず。
「サエ? 泣いてんの?」
「泣いてないから……泣いてないから……」
レシュさん、報告があります。
あなたの軍に、一人、めちゃくちゃ強い少年が仲間入りします。
あと、私に、一時的なものでしかありませんが、旅仲間が出来ました。
春の夜の夢のごとしではありますが、脱ボッチ、完了でございます……!
まあ、いずれまた、ボッチになってしまうんでしょうがね!