そのジュウイチ、過去を
あれから仮眠をとって数時間。ん、数時間って仮眠って言うのかな。でも私からすりゃ十二時間寝なければ睡眠って呼べないから仮眠ってことでいいか。
すっかり明るくなった街の東のほうにはお日様が輝いています。
静まり返っていた夜とは違い、道に通行人も増え、活気付いてきた。そこらへんを歩いているだけでキラキラした世界に目を奪われ、興味が尽きない感じ。
そこら辺にある店を道から眺める。入ってみたいけどまだ来たばっかだからこの世界の秩序わかんないんだよね……赤っ恥かくのはごめんだし。メランも前回の一件から一般常識持ってなさそうだとわかったし。
それにしても、とため息をつく。
道ゆく人に、若い男が率いる二十人くらいの集団を見ていないかと聞いてみれば、異口同音に昨日の夕方に街を出て行った、との証言。その内何回か盗賊に絡まれたものの忘却魔法をかけて光の速さで逃走した。
となると、やっぱレシュさんたちとは完全に別れてしまったようで。
「せめて私を探す素振りくらいしてくれたっていいじゃないですかねえ……」
そんな独り言をつぶやいた。
すると、腰につけた袋に突っ込んでいたメランが顔を出す。
「そういやあいつは俺を一目見て『お前、やっぱり……! ……そいつをどうするつもりだ』とかなんとか言ってたような」
メランを鷲掴みにして袋から取り出し、顔にずずいと近づける。
「そういえばあなたが私を気絶させた後のことを聞いてませんでしたね、そのレシュさんの言葉と共に解説願いましょうか」
私の表情に気圧されたのかどもる。
そして慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「た、単純なことだ。俺が気絶させた後、転送魔法で転送させて、あの家に行っただけデ! レシュの言葉には心当たりすらないから!」
「あんた魔法使えたの?!」
「数週間に一回だけナ」
雑魚っ、とつぶやくとメンタルをやられたのかメランは黙りこくった。
「それにしてもレシュさんの言葉に心当たりがないって本当? レシュさんあんたのこと知ってたみたいだけど」
メランがぴょんぴょんしてる時にレシュさんがつぶやいた一言。あの真意が気になってしょうがなかった。
「俺のことを知ってる? まさか! 俺は極秘に作られたんだ、そこらのただの軍のリーダー如きが知ってるはずがない」
「でも意外とレシュさんがあんたの本体だったりするかもよ?」
考察癖のある私は既に頭の中で様々な進行パターンを展開させていた。色々な憶測が浮かんでくる。ああ、この感じが楽しいんだよね。
メランはその言葉にぷくぷく膨れた。気持ち悪かったので思わず手を離すと、手から滑り落ちたメランは袋に戻って行く。
「それだけは絶対ナイ! 俺と本体は引かれ会うんだ、俺が本体に気づかないはずがない!」
「必死だなあんた」
そう言うとメランは袋の中でもぞもぞ動いた。
「ねえ、レシュさんと会話はしなかったの?」
「見知らぬやつと話すほど危険知らずじゃない」
変なとこで防犯意識あるやつだなー。「ちょっとこいつ貰ってくぜ」みたいなこと言わないのか、つまらん。
……ってちょっと待って。
「それだったら私、レシュさんに敵判定されてるかもしれないってこと?!」
急に因縁のありそうなやつに連れてかれたらね、あり得るね!
心へのダメージがまた加算されようとする。しかしメランの一言でなんとか持ちこたえた。
「いんや、それはないと思うけど」
「な、なんで」
随分あっさりと否定され、逆にドキドキする。
「ダッテサ。俺とお前がグルだったら、お前を気絶させる必要なかっただろ?」
「そもそもあの時も気絶させる必要なかったよね?」
そう言えば、袋の中で深い深いため息をつくような音が聞こえた。
「ホントああ言えばこう言うなお前。お前を説得してからだったら、下手したらレシュたちまでついてくるかもしれなかったろ。それにお前もレシュたちと離れたくないって愚図るかもしれなかったし」
「つまり最初から私をレシュさんたちと引き離すつもりだったと……。こほん、聞かれちゃまずいの、あの話」
「だからゴメンテ。あの話は秘密なんだよ、多分」
私は肩を落とす。この黒モチ、私に不幸を招き入れようとしてないか。
「まあ落ち込むな、まだお前が敵判定されてないってことの裏付けはある」
さっきのは裏付けってほど確信めいたもんじゃないと思いますがね……。
肩をぶつけてしまった通行人Aさんに謝り、メランの続きの言葉を待った。
「お前が目覚める前にチョーットレシュたちのとこ様子見してみたんだけど、仲間に『サエとその例の黒いやつは何者なんだろうね』なんて聞かれたレシュが『さあな。ただ、サエだけは敵じゃない。その確信はある』って言ってた」
心の底で思いっきりガッツポーズをする。よかった、敵判定されてなかった!
「つかそれもっと早く言えよあんた」
呆れ半分でそう言う。メランは黙っていた。
ふと、街の曲がり角を曲がると、雰囲気がガラリと変わったような気がした。今までは心落ち着く下町、みたいな感じだったが、こっちはどこか幻想めいた雰囲気が広がっている。奥のほうには霧が立ち込めていた。空気もヒンヤリとして、心なしか太陽の光が他より少ない。
思わずその場に立ちすくむと、メランが急に袋から飛び出して来た。
「マテお前、こっから先は過去ゾーンだぞ」
「過去ゾーン?」
「別名思い出の地。このセルベールの二つ名の由縁だナ。ここらは魔力の流れとか磁場とかが特殊でな、建物の外だと過去の幻影を見ちまうんだよ」
メランってほんと無駄に物知りだよな。RPGの相棒にはピッタリじゃないの。役立たずだけど物知りでちっちゃいところとか。
「ねえ私がメランの過去見ていい?」
ふと、メランの過去を知っていればこの先役に立つかもしれないし、メランの本体さんの正体に一歩近づけるかも、と思ったので提案してみる。
しかしその考えはすぐに否定された。
「ムリ。あくまでも自分の過去しか見れない。だからここに来るのは記憶喪失のやつか、いつまでも過去に縛られてるやつだけだよ」
静かに答えたメランに、私も黙る。
いつまでも過去に縛られてるやつ、か……。
……一体なぜ、レシュさんはここに来たのだろう。
記憶をなくした仲間が居たのか、あるいはーー。
「……オイ、オイ、サエ!」
メランの呼びかけで現実に戻る。
どうやらボーッとしていたようだ。
何と無くくらくらする頭を支え、痛む目をつぶった。
「大丈夫カ。魔力がデカすぎるやつはここにいると気分を悪くするからな。お前が過去を見なくていいなら早いとこ引き返そうぜ」
肩の上で、後ろを体で指すメランを撫でる。
「うん、でもちょっと待って。一回だけ」
つかつかと歩み寄り、霧の中へと入る。メランは黙って私の肩でジッとしていた。
懐かしい声が聞こえた気がした。
「……ダメだね、薄らぼんやり見えるだけで、ハッキリと見えない」
しばらく歩いて、ちょっとしてから引き返した。霧から出て来た後に、太陽の眩しさに目を細めながらそうつぶやく。
「ソーカ。多分お前の魔力と相反してるんだな。普通は現実と見間違うくらいにはハッキリと見聞きできんだけど」
もぞもぞと動いたメランは腰の袋へ戻って行った。
「大丈夫大丈夫、ぶっちゃけ魔法で過去なんていくらでも見えるし、こんな話でよくあるホームシックなんて起こしてないし。私はここから戻りたいなんて思ってないからさ」
「でもテンションが」
そう言うとメランは袋の口から少しだけ顔を出した。
「なんでテンション低いかハッキリ言っていい?」
あっちの世界もそこそこ楽しかったけど、未練なんて残ってないんだよなー、ありきたり展開にならないのが私らしいや。
ってあたりはテンション高くなる要因なんだけどさ。
今の私は、そんなこと以上の、テンションがこんなにも低くなる悲劇に見舞われていた。
「おう」
「吐きそう」
内容物と魔力的なものが出て来そうです。