そのジュウ、不安
あれから長い時間が過ぎ、なんかもう色々と吹っ切れたころ。
私はレシュさんの服に着替えていた。
メランをそこら辺にあった袋に押し込み、見えないようにして。
あ、別にメランを袋に押し込んだのは「もうっ、スケベなお餅さん。そんな子は袋押し込みの刑だゾ!」みたいな理由じゃないです。
一応私も人間だし恥ずかしさはあるものの、私の肉体を見せられるメランの気持ちになってみたらすごくいたたまれなかったからです。
そんなメランは今、死んでるんじゃないかと心配するくらい物音たてずにいます。ぶっちゃけ怖ぇ。
そんなことはさておき、着替え終わったレシュさんの服を見下ろす。赤い服に案外黒髪は似合う。あれか、黒髪赤目は天使と同じ法則なのかな。
それにしても着替えてる途中に広がったレシュさんの匂いがヤバかった。私ボキャ貧だから頭悪そうなことしか言えないけど超ヤバかった。これが幸せか、と十何才ながら人生の真理を悟った気がする。
先ほどとは正反対の清々しい気分。しかし問題が残っていた。
「制服どうしよう」
今まで着てた制服は、多分唯一元の世界との関わりを持ったブツだと思う。
カバンとかなくしちゃったみたいだしね。
……ん?
今私なんつった?
カバンとかなくしちゃったみたいだしねーー。
「うわあああああああああカバンなくしたああああああああ!!」
すごく今更ながら叫ぶ。うわあああああうああああああ麗しの、愛しの、あああああああっ!
ちくしょうなんでだこんなに自分の手の神経呪ったことないぞ!確かに今までにも大切なもの握ってて気づかぬ間に落としたとかはあったけどさ!
「せ……生命線が絶たれた……」
巨大鉄球が直撃したみたいなことが今日だけで二回もあった。それもここ一時間以内で。
さすがに私のポジティブシンキングも機能を失った。
部屋の隅で三角座りをする。
「ど、どうしたよ急に」
袋の中から、活動を再開したメランがもぞもぞ出てきた。なんだこの情緒不安定馬鹿、みたいな目で見てくる。ああまたガラスのハートにヒビが……。
「あんたがイケメンだったら見下されるだけで元気出たのにね……」
ジト目三白眼のイケメンに見下されるのが夢です。レシュさんはジト目予備軍三白眼イケメンだけど。あともう一つの夢は不器用男子をからかい倒すことです。
「なんで俺のルックスにケチつけられなくちゃいけねーんだよ。今はこんなんだけど俺の本体はかなりのイケメンだぞ」
「そっかー」
ならはやく本体様を連れてきてください。
膝に顔を埋めて唸っていると、「あ、そう言えば」とメランがつぶやく。
めんどくさいけど首をあげてメランのほうを見てみる。
思わず心臓が口から飛び出しかけた。
「なっ、なっ、な、なーー」
何してんの、何て言えず。それぐらい目の前の光景がショッキングだった。
どんな光景かと言えば……。
口の中に何か柔らかく四角いものが入っているらしく、机の上にいるメランはいつもより数倍の大きさに引き伸ばされていた。
それだけなら耐えられたものの、今にも「プツン」なんて言って破れた風船よろしくいろんなものが弾け飛んできそう。
しかも月光に照らされて怪しくキモく揺らめくもんだから、風船が破れる音が嫌いな私には耐えられなかった。
魔物は殺せるけどこういうドッキリ系のは無理! ぜっっったいに無理!
顔を青白くさせ耳を塞いで、怖いもの見たさにメランを見つめていた。
メランが一層大きく波打った。魂が抜ける思いで見守ってれば、〈それ〉は案外すぐに出てくる。
「あれ……それーー」
恐る恐る出てきたブツをみてみれば、えらく見慣れた私のカバンが。キーホルダーをつける部分にはあまりオタバレをしないようにと隠してつけた大好きなキャラ一人のラバストだけが揺れていた。
「きしゃしゃ!森で拾ったからお前に渡そうと思ってたんだけど忘れてた」
ワナワナと震える私の横で誇らしげに笑うメランの前に、スライディング土下座をかます。
「えっ」
戸惑うメラン。しかし気にしない。
「メラン様! 本当に! 本当にありがとうございます! 今までのご無礼、どうかお許しを……!」
心の底からの叫びをメランに土下座して伝えると、頭上からありがたいお言葉が降りてくる。
「そーか、そんな大切なモノだったんだナ。拾っといてよかったわー。お前の力になれてヨカッタヨカッタ」
うわあああああなんだこのド天使いいい!
涙ぐみながら、私はカバンを開けてみる。
教科書一冊に、ノート、筆箱、漫画、そして……。
「スマホ様ぁ」
恭しく、一番残っていて欲しかった自分のスマホをバッグから取り出し頭上に掲げる。メランがスマホを覗き込んできた。
「なーんだこの変な板」
白いスマホケースに包まれたそれをメランに見せてあげる。
「へへへー、これさえあれば超遠くの人とでも意思疎通できるんだよ」
「フーン、連絡用の魔法媒体みたいなもんか」
「まあそんな感じ」
試しに中身を確認してみると、案の定圏外。ソーシャルネットワークサービスに繋いでみるも、あっけなく真っ白になって固まった。
ですよねー……。ちょっと期待した私が馬鹿だった。
「何してんだぁ?」
メランがゆっさゆっさ揺れながら私のスマホを覗き込む。魔法の生活に慣れているからか光に驚いたりしていなかった。
ン、魔法。
そうだ魔法! 私には魔法という無限の可能性が味方についているんじゃないか!
試しに魔法でネットやらに繋いでみる。
圏外なのは直らなかったものの、ネットには繋がった。
ソーシャルネットワークサービスの一つ、あの超大型絵の掲示板サイトが表示される。
「やっ……たああああああああああああ! 物は試しだね! いやあ嬉しい」
案の定カキコミや投稿は出来なかったものの、自由にサイトを行き来出来た。試しに外部リンクを踏んでみると見事につながる。よし、これさえあればもう十分だ。充電も魔法があれば何とかできるし。
「ホントありがとうございますメラン様! にしてもよくその体の中に入ったね」
この黒モチは悪いやつじゃないと確信。ずっと一緒に旅してあげようっと。
そう思いながらメランを見れば、得意げに揺れる。
「お前が嬉しそうで何よりダ。俺の中は魔法型のカバンと似たようなもんだし、それより内容量が多いからな。倉庫みたいに使えるんだぜ」
へえ、と相槌をうつとふとあることを思い出した。
「それじゃメラン。私の制服預かってくれること出来たりする?」
「モチロン。朝飯前だぞ」
そっかありがとう、と言いつつ、制服に状態固定系の魔法をかけた。これで何かあっても汚れないし破れないね。
そして口を開くメランの口に突っ込む。突っ込む側になれば、案外「破れるかもしれない」みたいな心配は起きなかった。そもそも材質が違うんだよね、風船とは。
「ホントありがとうホントありがとう。もう感謝してもしきれない」
「気にすんナって。元々俺の事情でお前をこっちに連れてきちゃったんだし」
押し込んだ後にもう一度お礼をすると、黒モチは謙遜する。
なんだこの謙遜黒モチ! 日本人かお前は! ああほんっと可愛いなあ。
「よーし、気分も落ち着いたというかむしろ上がったところだし、レシュさんたち追っかけようか」
そう言って伸びをすると、急にとんでもない空腹感に支配された。
お腹を押さえてうずくまる。
「オイどうした急に大丈夫か」
メランが机から飛び降りて私の目の前に飛んできた。心配そうに顔を覗き込んでいる。
「お……す……い」
「おすい?」
「ちゃうわ。お腹すいたっつったの」
「元からそう言えよ」
面倒臭そうにこっちを一瞥した(?)メランは、腹の中からまた何か取り出し始める。うわ、風船みたい。やっぱ見るのは苦手。
見るのが嫌ならこちらから仕掛ければいいじゃないと私の中のマリーアントワネットが囁いた。
何かを出しかけているメランの口をこじ開け、取り出す。
「あれ、これは?」
かなりでかい皮袋が出てきた。中身はズッシリとしていてチャラチャラ音がする。大体予想はついた。
「金。俺の本体が一応持たせたやつ」
準備というか面倒見いいなメランの本体さん。
「ほう。つかこれどれくらい入ってんの」
「一万レジグ」
さらっと言いのけたメラン。その表情からしてあまり多くないのかと思う。しかしこの量であんま価値ないっておかしくないか。超円安ならぬ超レジグ安なのかな。
「聞いたことない単位」
「だろうな、別の世界なんだし」
メランは「ソーダナ、例えるとすれば……」と例え話で具体的な価値を教えてくれようとする。
「ンー、王都の一軒家十個くらい買えるかな」
私は皮袋もといドル袋もといレジグ袋を足元に落とす。
袋の口は縛ってあるためお金がぶちまけられるということはなかったが、かなりいい音が響いた。
「ど、どうした」
私はメランに詰め寄る。
「ねえ、メラン? 王都って国で一番物件の値段高いよね?」
「おう」
さらに顔を近づける。
「……その一軒家ってクソ高いお値段だよね?」
「一般人からすればそらそうだな」
私はまたも言葉を失った。なんだこいつ、金銭感覚狂ってやがる……!
それにメランの本体さんも十分おかしい。
こんなちっこい生命体に〈一応〉のレベルであの大金を渡すなんて。
私は眉間を押さえてこれらの使用用途を考える。
とりあえず、ちょっとずつちょっとずつ使っていこう……庶民の生活万歳。
メランは、何故私がこんな反応しているのか理解出来ないとでも言いたげな顔(?)でこちらを見ていた。
はい、これから始まる旅の、第一第二の不安が生まれました。
金銭感覚の相違と、メランの本体さんの正体。
果たして私、幸せなスローライフを送ることができるのでしょうか。