そのキュウ、別れ
ズキン、という頭の痛みで目が覚めた。
背中伝いにコンクリートっぽい材質の床の硬さと冷たさを感じる。
薄暗い部屋らしきものは、ロウソクのような明かりによって、ゆらゆら怪しく揺らめいていた。
あれ、私ーー。
「うっ……」
起き上がろうとして思わずうめき声が出る。軽い脳震とうを起こしたらしく、たちの悪い車酔いしたみたいに気持ち悪い。今下手に動いたらちょっと内容物が飛び出してくるかもしれない。
ところで、なぜ私はこんなところに。確か、異世界トリップして、オオカミに追われて、レシュさんたちと出会って、レシュさんに服を貰ってーー。
レシュさんの服!
なくしていないか心配になったが、すぐにそれは安堵へと変わった。自分の腕はしっかりとレシュさんの服を抱きかかえている。ああよかった、なくしてなかった。
って安堵してる場合じゃねーよ。
ここはどこだよ。メランはどこだメランは。私の頭にぶっ飛んできたやつ!
体の節々から痛みを感じないことから、あれからそんなに時間は経っていないと推測される。
くっそ、メランを探しに行きたいところだけど頭が……。
あれ、ちょっと待てよ。
私魔法使えるんじゃん。回復できるんじゃん。
内心ちょっと恥ずかしくなりつつ頭を回復させた。
あー忘れっぽいって困るねぇ本当に。
「きしゃしゃ、起きたか」
突然頭上から声が響いた。目を丸くしつつ回復した頭を抑えながら起き上がり、後ろを振り返る。
「手荒なマネしてゴメンナ。でも俺にお前への敵意はねーから!」
……え。
……えっ。
なんか……メランが鋭利な牙見せながら喋ってるんだけど。
上下に緩くバウンドしながらこっちに話しかけてきてるんだけど。
……お、おおう……うん。
とりあえず言うべき言葉は見つかったよ。
「キェアアアアシャベッタアアア!」
「落ち着いたかぁ」
あれからもう一発メランに殴られ(?)昏倒した。やっとめまいも治まってため息をついた途端メランからそんな言葉が。
いや、落ち着くも何も最初から混乱してないんだけどね。
あんたが喋るってことは知ってたし。
ここが何処かは分かんないけど、もし悪い人たちに誘拐されたとかだったら魔法で何とかすればいいしね。そのことについてはちょっとドキドキしてるんだけど。
「お前ってホント度肝座ってるよナ、きしゃしゃ」
真顔をまじまじと見られ笑われる。あー、この顔(?)見てたら怒りがふつふつとわいてきましたよー。
私はメランを鷲掴みにして、握力が許す限り握りつぶした。元々の握力が三十キロちょっとで、魔法で補正してるから今ざっと六十キロの圧力がメランにかかってる。
手の中でもごもごと声がする。メランが何か喋ろうとしているんだろうが、あいにくそうはさせない。私が言いたいことを言う番だ。
「あんたさぁ今までどこ行ってたのさ。あとせっかくレシュさんと仲良くなれるとこだったのに何してくれてんの? それにここはどこだ、ついでになんであんた急に喋るようになったのふざけてんのあんたの正体一体なんなの」
とりあえず言いたかったこと全部真顔でメランにぶつけると、そっと圧力をかけるのをやめた。
手の中からメランが無傷で出てくる。無傷とか腹立つ。
「一気に質問されたって困る! 少しずつ少しずつ質問しろヨ」
「よーしわかったお前をオオカミさんのエサにしてもらってこよう」
「ごめんなさい一気に答えます!」
生意気なことを言ったので、そっと掴んで部屋の出口を探すため立ち上がると、必死に抵抗し始めた。
舌打ちしてからもとの位置に戻すと、メランが少しだけ震える。
そしてさっきの質問のマシンガンに律儀に答え始めた。
「諸事情でお前と離れなきゃいけなかったんだ」
「その諸事情って?」
そう聞けば、答えてくれないかと思いきや、メランは随分あっさりと話し始めた。
「この街、セルベールが別名なんて呼ばれてるか知ってるカ?」
なんか急に落ち着いた雰囲気になったなこいつ……。
「えーっと……確かモーレが……、そうだ、思い出の街」
モーレが思い出の街セルベールと言っていたのを思い出す。疑問に思ったけど質問できないまま服の話になったんだよね。
メランは私の答えを聞くと、肯定するようにふるふる揺れた。
「そう。思い出の街、セルベール。二つ名の由来は知らないだロ?」
頷く。だいたい予想はつくけど。
「この街はな、自分の過去を見ることができるんだヨ。理由は後で話すとして」
「へー」
いたって予想通りですね。
大して驚かなかった私に逆に驚いたメランはさっきよりいっそう大きく揺れた。
「エッ、お前……なんで驚かないんだよ」
「えっむしろどんなリアクションをお望みでした?」
そう返せば、メランは少し落ち込んだようにちょっとだけ潰れた。何を期待していたんだこいつ。
「いいよもう……。んで次。会話途中に頭直撃したのは悪かった。ゴメンナ」
そう言ってメランは頭とおぼしき部分をちょっと前に傾けた。頭を下げたらしい。
な、なんかここまで素直に謝られると怒る気力が失せるんですけど。
「以後気をつけるように」
体をつつきながらそう言えば、嬉しそうに揺れる。
「アリガトウ! ……よし次。ここ。ここはセルベールの街の一角の家だよ」
「家? コンクリっぽい材質なのに?」
疑った私は暗視の魔法を使って周囲を見渡してみた。ああ、まあ確かに見た目は普通の家だな……可愛い。床は冷たくて硬いけど。
「コンクリ? ……まあある事情で特殊な作りになってるからナ」
メランはコンクリという言葉に首(?)を傾げる。
そっかこの世界の人たちにはコンクリートという概念が通じないのか……。
「なんでもない、忘れて」
「ゴメンナ、お前の世界のこと全然知らないんだよ」
そこで私は硬直した。
えっ、なんでこいつ、えっ……。
メランが急に固まった私を少し驚いた様子で見てくる。
「あれ? いつだか俺がお前の事情知ってるの気づいてるって臭わせるセリフ言ってなかったお前。だからてっきり気づいてるかと……」
「そんなわけないでしょー! んなの気づけるはずないでしょー!」
メランを掴み四方八方に伸ばす。お餅みたいに伸びた体は球形をずっと保つらしく、手を離すと巻き尺の収納スイッチ入れた時みたいにしゅるしゅる戻って行った。
「ゴメンナゴメンナ悪かったって! 意思疎通不足だな。これからはもっと仲良くして行こう」
慌てるメランの自然な発言に、つい「うん、よろしくね」と言いたくなるが、グッとこらえる。
「お前が喋んなかったからコミュニケーションもクソもなかったんだろ!」
「しょうがねーダロ記憶戻る前に迂闊なこと喋れなかったんだよ!」
「記憶戻る前ってどういうことじゃワレ」
爆弾発言に思わずメランにぐいと顔を近づける。
メランは臆することなく質問に答えた。
「あー、それなんだガ……俺はとあるやつから生み出された……まあとあるやつの分身みたいなもんなんだ」
なんか話飛んでないか、と言おうと思ったが我慢。きっとこれから繋がってくるんだろう。そう信じる。
「俺の使命はお前についていくこと。それだけ記憶したまま、俺はとあるやつに森で生み落とされタ」
ふと、腑に落ちないことをがあった。
「待って。そのとあるやつって人なんか、森にいなかったよ」
探知魔法で近場に人間さんあるいは意思疎通が可能な他の種族がいないか探したが、森には誰一人としてレーダーにひっかからなかった。
「まあ別のとこで魔法使ってたからな」
「そんなことが可能なの?」
その場所に行かずに不死の生命を生むとかその人どんだけ凄いんだよ。私以上のチートさんか。
「お前なら練習すればすぐ出来るようになると思うが、何しろ生命力も削られる魔法だからな。連続使用しないほうがいい」
ああ、そういう縛り付きか。なら納得……って、ンン?
「ちょっと待って、その人ってなんで私を知ってるの。なんでそこまでしてメランを私と一緒に行かせようとしてるの」
腕を組み顎に手を当てる。考えられる可能性は二つだ。
一つ、その人が私の召喚主。何か困っていて私に助けを求めたーみたいな。
二つ、その人が、意図せぬ事故かなんかで召喚主と離れた私を狙った悪い人ということ。だとしたら逃げたほうがいいかな。
「ああ、とあるやつ……というかぶっちゃけ俺だよな、その俺がお前の召喚主なんだよ」
「へー」
前者か。とつぶやくとメランは「またちょっと期待はずれな反応された」と肩(?)を落とした。
「んで、なんであんたは私を呼んだの」
率直な疑問をぶつけるも、メランは困ったように体を揺らす。
「さア。さっき大体の記憶は戻ったんだけど、今俺の本体がどこにいるのかと、俺の本名、なんで俺はお前についていくのかっつーのだけ思い出せないんだよ」
「ねえそれ一番大切なことじゃない?」
のんきにゆさゆさ揺れるメランをつつけば、ころころと転がった。
「うるせーよ、しょうがないだろ、忘れちゃったんだから。まあ俺の本体がピンチになったらなんらかの合図みたいなのだしてくるだろ。それまでゆっくり行こうゼ」
なんだよこのお餅……危機感ないなあ。普通に考えて、異世界から誰かを呼び出すって尋常じゃないことが起こった証拠でしょうに。
まあなんかの実験で連れて来られた可能性もあるので口をつぐんでおく。
ジト目で見られたメランはそこらをころころ転がった。うわっなんか可愛い。
ふと、脳裏に嫌な予感がよぎった。
話も一通り済んだところだし、私は兼ねてからの疑問をぶつけてみる。
「ところでメラン。レシュさんたちは?」
「もうとっくに旅立ったぞ」
「ああああああああああああ!」
くっそおおお嫌な予感が的中しちまったよ!
床を思いっきり両手で殴りつける。骨から何か嫌な音がしたが気にしない。
くっそ、くっそ、くっそ、よくもお前、せっかくのお仲間チャンスを!
せっかくのイケメンとお近づきになるチャンスをよくも奪ったな黒モチめ!
頬を伝わる大量の何かを拭い、黒モチを恨む。
はああ、レシュさんたちとの楽しい旅ライフが……。
メランは私の今までにない取り乱しように今までで一番驚いていた。
ちくしょう、なんだってんだよ神様、もしかして別の仲間がいたりするの?
でもレシュさんが良かったし、私の長年の経験が『もうお前には仲間なんて出来ねーよ』と語りかけて来る!
もう無理だ、絶望しかない……。
何を楽しみに生きて行けばいいんですか……。
それでも、レシュさんから貰った服を抱きしめていたら、少しずつ、本当に少しずつだが気持ちは落ち着いていった。しかし落ち込みは戻らなかったが。
出会いと別れがこんな序盤に来るだなんて……。
「だ、大丈夫カ……」
「大丈夫じゃないです……」




