第一章 8
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『香波? どうした、なんかびっくりした顔してるぞ』
立ち尽くしたままでいる香波は、トイレから出てきた女を凝視していた。
『……利沙? ……なんでここに?』
香波の消え入りそうな言葉に、
『香波? 知り合いなの、あの子と?』
百合は、香波の顔を覗き込むように尋ねた。
そうでもしないと、香波はこっちを見ているとは思えなかった。
『か・な・み。あの子知ってるの? 誰なのよ』
『…………』
『香波。あの子、誰?』
『あっ。ゆり? えっ? 何?』
『香波。しっかりしなさい。
どうしたの? 変よ。
それに、あの子知り合いなの?』
『そうだよ、香波。あの連中を知ってるのか?』
弘を中心に、みんなで香波に詰め寄った。
『ち、ちょっと待って。えっと……、連中って?』
『香波、お前何か知ってるのか?』
『…………』
『ちょっと待ちなさい。いきなり聞いても答えられないでしょ。
ちょっと落ち着こう』
百合の言葉に、ちょっと冷静になった弘は、香波を椅子に促した。
『そうだな。香波、ここ座れよ』
『……うん。ありがとう』
『はい。お水。飲んで』
すすめられたペットボトルの水に口をつけ、ため息を一つつくと、
テーブルに着いたメンバーを見て、
『ごめん。落ち着いた。ありがとう』
それを待っていたかのように、聡は、感情を抑えるように口に出した。
『それで、何知ってるんだ?』
それに同調したのは、そこにいた全員だった。
みんなで、食い入るように香波を見つめている。
香波は、それを確かめて静かに話し出した。
『先に言うけど、本当に私の知ってる人と同じか、それとも人違いかもしれない。
そう思って聞いて。いい?』
『わかった。それって、リサっていう人?』
『……そう、その子は、私が知ってるその子は、友延利沙っていうの』
それから、香波は静かに話し出した。
それを、メンバーは、固唾をのんで聞いていた。
『私が、利沙と会ったのは、高校一年の時。同じクラスだった。
でも、一緒にいたのは半年ほどで、利沙は退学したの。
それからは会ってなくて、どうしたのかなって思ってたんだけど……』
『さっきのが、その利沙って子なのか?』
『そう。利沙だと思う。
ちゃんと見た訳じゃない。でも、利沙だと思う』
『でも、なんで退学したんだ?
理由ってなんだよ。高校やめるって』
『それは、たぶん、少年院に入ったのが原因だって噂があったの。
事件起こしたって』
『事件? それに少年院って、……何したんだよ』
『私も詳しく知ってるわけじゃないんだけど、
でも、少年院に入ってたのは事実だったって、後で聞いたの。
その原因は、利沙の特技らしいって』
『特技って?』
『利沙って、中学の時ハッキングして捕まったんだって、
それも、優秀すぎて警察からも認められてた。
そんな利沙が、宝石店の強盗をした。……防犯システムを乗っ取って強盗させたって。
……初めてじゃないし、保護観察中に起こして、少年院に入ったって。
……それで退学したんだろうって言われて。
それからは、ずっと会ってなかった。なのに、どうして……』
『ハッカーか。それも優秀な。
……だとしたら、引き抜かれてIIMCに入ったのかもしれない。
今来てるの、あの世界的に有名なIIMC(国際情報管理センター)だろ?
そういう所って、優秀な人材を欲しがるもんだろう?
だったら、……』
うつむいた香波に、孝春が声をかけた。
『……香波。その利沙って子と同一人物なら、一回でも話したいと思わないか?』
『えっ? でも、……会えないよ』
『理由はある。
昔の知り合いなんだ。チャレンジしてみようぜ。
もう一回と言わず、何回も。それに早い方がいい。
仕事が済めば帰るのだとしたら、いつまでいるか分からないし、
今度いつ会えるかなんて、……ないかもしれないだろう?
IIMCだぜ、どうにかして口をきいてもらえたりして、な?』
『そうだな。今ならまだ管理棟にいるんじゃないか?』
『善は急げ。ほら、行くぞ』
そういって、メンバー全員で管理棟に向かったが、やはり、相手にしてもらえなかった。
『知り合いかもしれないんです。話をさせて下さい。お願いします』
何度か試したが、同じだった。
『こうなったら、強硬手段に出よう』
孝春は、そう言うと、とんでもない計画を口にした。
『待ち伏せしよう』
そう言って、詳しく話し出した。
最初は引き気味だったメンバー達も、なんとなく面白そうだと乗って来た。
その中にあって、香波は、
『もういいよ。そんなにしなくても、それに、何かあったらどうするの?
ねえ、もういいから』
止めようとしても、全く相手にされなかった。