第一章 7
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夜はどうするか。
それは、学校の近くにあるホテルに寝泊まりする。
もちろん、移動はボディガード付き。
ホテルでは、各々が自分に割り当てられた作業の続きや翌日の準備をしていた。
一人でしたり、どこかの部屋に集まったりしながら、日々の予定を消化していた。
徐々に全貌が見えてくると、その作業の進み具合も早まっていた。
「ここまできた。あと、もう少し」
そんな思いで行っているが、これを終えると、久しぶりに休みがもらえる手筈になっている。
「帰れば休み」
そう思っているからか、もう少しなのに、行き詰ってしまった。
「なんか、終わらない。
……アン、やっぱり手を抜いてるでしょ。ちゃんとして!」
「手なんか抜いてません。リンこそ、ちゃんとしろ!」
「いい加減にしろ、二人とも!」
アンリードとリン。
アンリードとヘイクワース。
ヘイクワースとリン。
この言い合いがしばしば見られるようになり、
作業自体が暗礁に乗り上げてしまった。
「……私、ちょっと出てくる」
「リン!」
「大丈夫。すぐに帰ってくる。ありがとう、ヘイクワース」
「ああ、落ち着いたら帰って来い」
そして、リンはボディガードと共に、部屋を出た。
すでに、何度も来ていた所。
別に案内されなくても行けるのだが、
そういう訳にもいかず二人で向かっていると、
夕方の陽射しが校内まで入ってきていた。
その中に、南国の海の香りが混じっているのに気づき、
ふと外を見ると、眼下に浜辺が広がっていた。
「そういえば、ここって海洋研究してるんだった。
確か、ここってプライベートビーチになってるんだよね。
……ねえ?
ここのビーチに行きたいんだけど、いい?」
最後は、ボディガードに確認するように話し、
「いいですよ。確認してみます。
今日、という訳にはいかないかもしれませんが」
「ほんと? いいの?
いいよ、いつでも。嬉しい! 三人で行きたいからね?」
笑顔ではしゃいでいる。
さっきまで喧嘩していたとは思えない表情だった。
その後、トイレを済ませて元の部屋に戻ると、ビーチの話で盛り上がっていた。
もちろん三人で。
と、言いたいが、約一名はそうでもなさそうだった。
ところで、リンのこの行動を見ていた者がいた。
正確には者達だが。
ちょうどリンがビーチの話をしていた場所は、
学生達がくつろげるように広いテラスになっていて、テーブルや椅子がセットされていた。
リン達が作業している管理棟の別館から一番近いのが、
管理棟本館ではなくこの校舎だった。
渡り廊下でつながった建物同士なので、行き来はしやすかった。
そして、その渡り廊下が広いテラスのようになっている。
両サイドはガラス張りで、景色が見えるようになっていたのだが、
学生達には不評だった。
理由は、想像つく方もいるだろう。
ここは南国。
陽射しは強い。
今のように夕方でも、真夏は耐え難いものがある。
一体誰が何の目的で、ガラスで覆うなんてしたのかは不明だが、
ごく限られた季節しかここに学生のくつろぐ姿は見られない。
それが丁度、今頃だった。
春先の今頃までがいい季節だった。
ここには!
その場に、例の管理棟に荷物を運んできた学生達のグループがあった。
『なあ、あれ。あの子じゃないか?
システム書き換えに来てる』
『えっ。あ、あの子?』
不思議そうに聞く女の子達に、
『例のシステムの書き換えに来てる、そのうちの唯一の女だよ』
指差しながら男子が教えている。
『そうだな。
ボディガード様も付いてるし。
でも、ここってそんなに危険か?
ボディガードがないと歩けないのかよ。ここは!』
『落ち着け、孝春。
だいたいこの時間に来るよな、あの子。俺、何回か見たぞ』
『私も見た。
一人のとこはないけど。いつも誰かと一緒』
『百合も見てたのか?
でも、あの子、日本人だと思うんだけどね?』
『私もそう思う。
なんとなくだけど、……しぐさがね。
弥生とも話してたんだよね、弥生?』
『うん。でも、本当はどうなんだろ。
どう思う?』
『そうだろうな。
どうであれ、関係ないだろ? 聡どう思う?』
『そうだな、でも、っていうか、だから気になるんだよ。
それに、どう見ても俺等の年くらいだろ?
弘だって気になるだろ?』
『気になるっていうより、何言ってるんだ?
どう見ても俺等には関係ないだろ。
何回かあの部屋に入ろうとしたけど、追い返されたし、
全く相手にしてくれないんだぜ』
『そうなんだよ。
何回行っても、相手にされないと言うより、邪魔者扱い。
あれはないだろ?』
『何言ってんの? 弘も聡も。
どうであれ、無視されてそれでいいの?』
『百合。言いたいことは分かるが、相手しない方がいい。
どうせ、すぐいなくなるんだから』
『そうそう、仕事が終わったら、それでお終い。
そうだろう?
……どうした、香波?』
孝春が、さっきから一点を見たまま動かない香波に気づき声をかけた。