第一章 19
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レイミアンは、まだ作業中の二人の元に行き、
「リンは本部に返す。残りの作業は二人で終わらせろ!」
「本部だって? リンは何をしたんだよ」
アンリードは、レイミアンに詰め寄ったが、
「お前達には関係ない。今は作業に集中しろ」
「出来るわけないだろ! リンが何したんだよ。
さっきリンが逃げようとしたとか何とか言ってたよな。
あれ、どうなったんだよ。
リンは逃げようなんてしてなかっただろ?」
レイミアンは返事をせず、そのまま部屋を出て行った。
目的は、例の学生に会いに行くためだ。
学生の一人から連絡が来て、どうしても会いたい。
伝えたいことがある。と、いう内容だった。
テラスに行くと、二人の学生がいた。
レイミアンは、ジェインを連れ立っていた。
通訳がいないと、話にならないからだ。
学生は、レイミアン達の姿を見ると、立ち上がり会釈をした。
『すみません。どうしても話したいことがあって』
ジェインは同時通訳をしている。
「いや、それで、何かな? 用事は」
『はい。あの、……』
学生の一人が言いよどむと、もう一人が痺れを切らしたように、
『すみません。
さっきのリンさんのことで、ちょっと言い足りなかったので。聞いて下さい』
レイミアンは、まさしく好都合と思い、
「こちらも聞きたいことがあります。ちょうど良かった」
そう言うと、学生は話し出した。
『私は相田といいます。
リンさんとは、昔、同じ学校に通っていました』
「むかし? 同じ学校というと……」
『高校です。一年生の半年だけでしたけど』
「半年? どうして」
『退学されて、それでどうしてるのか、気になってたんですけど連絡できなくて。
……なのに、ここで見かけて。
どうしても会いたかったんですけど、会えなくて、……』
「退学ね。リンの方から姿を消した。か」
『そしたら、友達が協力してくれて、会わせてやるって。
それで、利沙がトイレに行くタイミングで……』
「利沙、だって?」
『あっ、すみません。今はリンさんでしたよね。
すみません。つい。
一緒だった頃は、利沙って呼んでて』
「リンと友達だった。
それで、それがどうして?
トイレがどうって、どういうことかな?
それと、何を聞かせてくれるんだい。
何か言いたかったんだろう? 私達に」
『はい。あの、……僕達が、強引に来てくれって頼んだんです』
香波の隣にいた弘が、二人の会話に加わった。
言った後弘はうつむいてしまった。
「君達が? 何をしたんだ」
レイミアンの鋭い視線に耐えられなかった。
それでも、弘は思い切って、
『僕達が、どうしても会いたいからって、来てもらったんです』
「来てもらった。リンが納得してか?」
『いえ、あの、その辺りはちょっと……。
ただ、分かってくれて、……それであの場所で話してたんです』
「リンは、君達に脅されたと言っている。
それは確かか?」
『脅した。って、それは、……。
ただ、あまり進んでってわけじゃないのは確かだと思う』
「そうか。で、リンは君達に何を話したのかな?」
『話してくれたのは、たった一つだけです。
リンって呼ばれてる。それだけ』
「他には、何か言ってなかった?」
『いいえ、何も。何も話せないって。そう言ってました。だから……』
「では、何か頼まれたりは、しなかった?」
『頼み? いいえ……、何も』
『それが何かあるんですか?
……頼みって、例えば、どんな?』
香波と弘が重ねて聞くと、
「いや、それなら関係ない。
他には、何かあるか。言いたいこと」
『できれば、もう一度リンさんと話をさせて下さい。
今回のこと、謝りたくて。お願いします』
香波は、レイミアンに頭を下げた。
「その件については、申し訳ないが叶えられない。
リンは優秀なプログラマーで、貴重でね。そうそう部外者に会わせるわけには、いかない」
『少しでいいんです。お願いします』
「伝言なら、受け付けるよ」
『そんな。……』
「申し訳ない。話が済んだようだから、私達は行く。
もう近寄らないでくれ」
『なら……、ここにすごいプログラマーがいるって、言いまわってやる。
なんでもできるすごい奴だって!
そうしたら、ここの学生、山ほど押し寄せるだろうな?
ボディガードが足りるかどうか。だって、みんなそういうのを目指してるんだから』
弘が明らかに挑発するように、レイミアンに言った。
「君達は、そんなこと言って……」
『いいよ、会わせてくれたら何もしない。
ちょっとでいいんだ。……会わせてほしい』
レイミアンは、仕方なく、
「分かった。前向きに検討しよう。
ただ、結果は希望に添えないかもしれない。いいね?」
『いいよ。それなら。でも、……いい結果を待ってる』
そう言うと、レイミアンはすっと立ち上がって行ってしまった。
その後ろ姿を見て、
『弘。すごいね。あんなこと、良く……。
でも、ありがとう』
弘は、椅子から滑り落ちた。
『どうしたの。弘、大丈夫?』
そう言って香波は弘の手を取り、改めて椅子に座らせた。
それを見て、香波は吹き出した。
『もしかして、今になって怯えてるの?
あんな威勢のいいこと言っておいて?』
『悪かったな。仕方ないだろう、あの迫力だぜ。かなり焦った。
でも、感謝しろよ。会える可能性は残ったんだから。
でも、……やっぱり、だめだろうな』
弘のまだ震えの残る手に、軽くキスをして。
『ありがとう。助かった』
『いいよ。分かってくれたなら』
なんだか、甘い雰囲気が二人の間に漂っていた。




