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流転の果て




 不気味な装飾で飾られた広間に、男が倒れていた。

 床が毒々しい赤色であるのに対し、男の顔色は青白いを通り越して土気色だ。


 ピクリとも動かない男を見つめながら、勇者一行は沈黙の末同じ思考にたどり着いた。


(どうしてこうなった…………)




***




 時を遡ること一時間前。

 パーティーは、魔王城の門前に立っていた。

 「大地の神殿」での戦いを終えてから、コウたちは歩みを止めることなく北を目指した。途中に魔物は現れたものの、総じて雑魚であり、あの幼い魔物が言っていたことは事実だろうと思われた。その証拠に、北へ進めば進むほど空の様子が陰ってくる。それまではおおむね晴れていたのだが、城が近づくにつれ暗雲が立ち込めた。

 そして今。そびえ立つ魔王城は、まさにその名にふさわしい外見をしていた。ひび割れた壁には蔦が絡みつき、時折雷で照らされる城全体は血のように赤い。門の両端には今にも動き出しそうな二体のガーゴイルが配置してあり、その間にはぎょろぎょろと動く目があった。


「ここが、魔王城……」


 たまらずセフィが息を呑んだ。

 今まで数多くの魔物と戦ってきたとはいえ、この雰囲気にはのまれてしまいそうだった。コウを除いた三人も、同じような反応を見せている。

 チックが、顔色を悪くして後ずさった。


「あ、兄貴………」

「恐れるな」


 小刻みに震えていた足が、コウの鋭い一声でぴたりと止まる。それにつられるように、三人の動きも止まった。


「のまれたらダメだ。気をしっかり持て」


 前を見つめ淡々と述べていたコウは、一旦言葉を切った。振り向いて仲間たちに向かい、にやりと笑った。


「どんな敵でも、俺たちが力を合わせれば敵いっこない。だろう?」


 その言葉に、四人は瞠目し、次いで目に強い光をともした。


「そうね、ありがとうコウ」

「大事なことを忘れてたっす!」

「皆で無事に帰ろうねぇ」

「…………ああ」


 円になりお互いの顔を確認し合った後、コウは左手に持った斧を高く掲げた。


「行こう!!」


 こうして最終決戦の地へと、パーティは足を踏み入れて行ったのだ。





 城の内部には、不思議なほど魔物がいなかった。大したトラップもなく、どんどん進むことができてしまう。逆に怪しいほどだった。それでも、足を止めることはできないので、用心しながらもひたすらに廊下を歩いていく。

 20分ほど歩いただろうか。五人は巨大な扉の前に立っていた。


「……うわあ…すっごく怪しいわね」


 セフィの言葉に、ミルンが頷いた。


「他の部屋は一通り調べたしねぇ」

「…どうやら、ここで待ち構えているようだな」


 バーリオが口にした結論に、異を唱える者はいなかった。

 いよいよという所で、緊張が場を支配する。気を紛らわせるために、チックが笑いながら言った。


「今までも、何やかんやほとんど戦わずにきたじゃないっすか。もしかしたら、今回も倒す必要はなかったりして」

「もぅ、チーちゃんはそんなことばっかり言ってるから、万年ダメダメなんだよぅ」

「万年ダメダメ?!俺たち出会ってからまだ一年経ってないっすよ!」

「さー、ちゃっちゃと行こうよぅ!」


 戦いを前になんとも気の抜けた会話だったが、場の空気は少し和らいだ。チックが後ろでぶつぶつ言っているのに苦笑しながら、コウとバーリオが重厚な造りの扉を開ける。音もなく開いた扉の向こうに立つはずの相手を見極めようとする四人の後ろで、チックはいまだに文句を言っていた。手を銃に見立てて、敵を狙うように目を眇めている。


「皆は馬鹿にするけど、今度の敵も簡単だと思うんっす。ほら、こうやってバーンってやるだけで倒れたりして。あはは~…」


 ばたん。





 何かが倒れる音がした。






 そして、現在。


「……………………え……?」


 ぱちくりと目を瞬かせるチックの正面では、魔族らしき男が倒れていた。うつぶせになった男の顔の下の床は、赤い液体で汚れている。完全に動きがフリーズしたパーティーメンバーだったが、ごくりと喉を鳴らした後、コウが動いた。

 つんつん。

 つま先で男をつついてみる。だが起きない。

 げしげし。

 鍛えられた足で蹴ってみる。だが起きない。

 だんだんずだん。

 両足で全力で踏んでみる。だが起きない。


 ゆっくりと仲間たちを見回したコウは、呆然とする少年に目を止め、親指を立てた。


「よくやったな、チック」

「ええええええええええええええええええええええええええええ?!!」


 チックは、全速力でコウに迫った。


「嘘っすよね兄貴!顔が引きつってるっすよ兄貴!!」

「オトコハウゴカナイ。タダノシカバネノヨウダ」

「兄貴いいいぃぃぃいいいいい?!」


 肩をつかみがくがくと揺さぶってみるが、コウは「あはははは」と渇いた笑い声をあげるだけだった。どうしよう兄貴が壊れた、とチックは青くなる。助けを求めようと後ろを向くと、揃って笑顔の仲間たちがいた。滅多に笑わないバーリオまでが満面の笑みを浮かべている。怖い。


「チーちゃん、すごいねぇ!その人噂で聞いてた魔王にそっくりだよぅ。影武者か何かかな?」

「きっとそうだわ。それにしても凄いわねチック。その…覇気っていうのかしら?一発KOだったじゃない!」

「ははは、ぜひ後でわしにも伝授してくれ!ところでその男、魔王の兄弟か何かではないか?」


 チックの冗談ごときで、簡単に魔王が倒れるなんて信じたくない。

 そんな思いがありありと伝わるほど、三人の表情は鬼気迫っていた。バーリオに至っては、饒舌すぎてキャラ崩壊寸前だ。

 チックは三人から目をそらすようにして、もう一度男を注視した。藍色の髪に、二本の大きな角。長身に、細身の体。部屋の奥には玉座と思われる大きな台座があった。

 十中八九、魔王に違いない。

 白に染まりつつある思考回路の片隅で、チックはそう思った。盛り上がりの欠片もない終わりに、急速に目から光が失われていく。コウは、そんなチックの肩をたたいた。どんまい、そんな意味を込めて。自分の記憶の情報云々の前に、仲間たちを元気づけることが先決だと思ったのだ。

 帰って、自棄酒でも飲もう。

 そう考えていた時だった。


 がしっ!


「?!!」


 それまでピクリともしなかった魔物の手が動いた。そして、目にもとまらぬ速さでコウの足をつかむ。心臓が飛び跳ねそうになったが、なんとか持ち直す。引きはがそうと渾身の力を込めるも、魔物の力は弱まるどころかますます強まっていく。

 ぎりぎりと足を締め付けられ、コウの顔が歪んだ。四人が救出しようと駆け寄るが、それはかなわなかった。

 コウの足元、勇者一行が見つめる中、魔物はのろのろと顔を上げた。


「は~な~し~ま~せ~ぬ~ぞ~」


 一時の静寂が場を包んだ。

 一拍おいて。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 天をもつんざきそうな悲鳴が、大広間に響き渡った。

 それもそのはず。目の前の魔物は、目を血走らせ、その両端から血涙を流していたのだから。しかも、床に押し付けていたせいで顔中血だらけだ。なまじ人間に近い顔立ちをしているだけに、その様子はまさしくホラーだった。

 コウは真顔で魔物の頭を蹴りつけはじめた。叫んでいたセフィとチック、固まっていたミルンとバーリオが、はっと気が付きそれに倣う。あるのは、一刻も早くこの魔物を沈めなければ!という共通の思いだけだった。


「ちょっ、痛いですって!」

 げしげしげし。

「いや、だから…!」

 げしげしげし。

「…………」

 げしげしげし、がっ。

「…痛いって、言ってるでしょうがああああ!!」


 うがああ、と叫び、魔物が起き上がった。五人は即座に身を引く。距離が離れた勇者一行に、びしりと人差し指を立てながら魔物は言い放った。


「人の言うことを聞かない人たちですね。この人でなしが」


 お前に言われたくない、と五人は思った。


「大体ですねえ、私は魔王じゃないんですから倒したって意味はないんですよ!!」


 ふん、と鼻を鳴らす魔物の前で、五人は目をぱちくりとさせた。コウが、一歩前に進み出る。


「…どういうことだ?人類を滅ぼす宣言をしたのはお前じゃないのか?」

「いえ、私ですよ」

「それなら、やはりお前が魔王じゃ…」

「いいえ」


 腰に手をあてた魔物は、つかつかとコウに歩み寄った。コウより頭一つ分ほど身長が高いため、見下ろす形となる。


「私は魔界の宰相、三本柱の最後の一人キースです。あの時は、魔王様の代わりを務めていたまでです」


 驚きに目を見張ったコウだったが、すぐに武器を構えた。目を細めて、魔物に言い放つ。


「だが、お前を倒さなければならないことに変わりはない」

「確かに」


 魔物は笑んだ。


「まあ、私を倒したところで効果はないのですけどね……」


 しかし、その台詞を口にした魔物は、何故か「うっ」と呻いて体を丸めた。しばらく静かになった後、訝しがるパーティーの前で、突如笑い声をたてはじめる。それは先ほどの艶然とした笑みとは違い、どこか乾いたものだった。


「そう、変わらないんですよ!世界滅亡の未来はねえ!!」

「……………は?」


 人類滅亡からいきなりスケールの大きくなったことを言われて、コウは首を傾げた。しかも、その台詞は、どうとっても魔王のそれである。すると、魔物は再び血涙を流し始めた。


「………まだ記憶は戻らないんですか……」

「は?」

「この魔王城を目にしても、まだ戻らないというんですか…」

「はあ?」

「まあ、さすがと言ったところですね…」


 ぶつぶつと呟いていた魔物は、ふっと顔を上げコウに尋ねた。コウたちの戸惑いは完全に無視されている。


「私が申し上げた期限、覚えておりますか?」

「?……ああ、一週間後、だろう?」


 それを聞いた魔物は、満足したように頷いた。


「そう、一週間。一週間です…」


 そして、言った。


「一週間後、世界は滅びます。この魔界を含めて、生き残るものはいないでしょう」


 至極真面目に告げた魔物だったが、コウはあまりの現実味のなさにポカーンとした。いきなり世界滅亡宣言をされても困るというものだ。その証拠に、仲間たちも同様の表情をしている。


「魔界を含め?そんなことしたら、お前たちも死ぬっていうことだろう?」

「その通りです」

「魔王も死んでしまうってことだろう?」

「ええ。ご自分の命も絶たれることでしょう」


 そんなわけあるか、と笑い飛ばそうとしたコウだったが、魔物の顔はどこまでも真剣だ。思わず口を閉じたコウを見て、魔物は突然両膝をついた。驚くコウの前で、さらに両手をつき頭を下げる。所謂土下座の態勢であった。「あ、やっぱり万国共通なんだ…」と思うコウに、魔物は縋るような声で言った。


「お願いします、もう限界なんです。後は貴方の力に頼るしかないんです!」

「え、いや…」

「この際、私どものとこは忘れててもいいですから!一生こき使ってくださって構いませんから!まあ、すでに使われてるんですけどね!!」

「はあ…?」


 戸惑うコウの足に魔物は抱きついた。後ろで仲間たちが反応するが、あまりの必死さに近寄れないようだ。天下の勇者が戦くほどだから、まあ当り前だろう。血走った眼球で見つめるのは、正直やめてほしい。


「一年前、なんとかあの方を言い含め、私たちは貴方が勇者になるよう仕向けました。この時点では、まだ楽観的だったんです。三か月後、さっぱり記憶を取り戻さない貴方を見て、城の魔物の三分の一が辞職しました。ヴァンパイア一族の長は、何かを悟られた眼で私に仰いました。『生きてまたどこかで会おう』と。死亡フラグが一本立ちました。

 そして、半年後。城の三分の二が病に倒れ実家に帰省しました。狼男の傭兵は私にこう言いました。『俺が育ててたキュアキュア草…。水をやっておいてくれ』。これで二百本目くらいのフラグでしたね、ええ。

 さらに、一か月前。ついに最後の一人が倒れ、残るは私一人になりました。私も一年前から血涙は止まらないわ、内臓という内臓に穴はあくわで散々だったのですが、仮にも宰相、倒れるわけにはいきません。というか医者も全員倒れているので、診てくれる人がおりません。病院は死屍累々で目も当てられない状態ですよ。

 あああああ、もう後がないんです!本当、なんでこんなにちんたらやって来たんですか。こちとら半年くらいで片付くと思って耐えてたのに!愛の力は無敵だ、とかほざいてた貴方はどこに…。あ、また胃痛が」


 懐をごそごそと探って胃薬らしき瓶を取り出した魔物は、それを一気飲みし始めた。液体が緑色だったのは見ないふりをしよう、と一行は目を逸らす。じゅーじゅーという音からして、胃薬、というより胃が溶ける薬の方が正しいんじゃないんだろうか。


「とにかくですね、貴方には記憶を取り戻してもらわないと困るんですよ」

「事情はまだよく分かんないけど、とりあえず世界滅亡の危機なのは理解したよ。それから、予想通り俺とお前たちが以前知り合いだたってこともな」

「そ、それって、兄貴も魔物ってことっすか?!」


 それまで沈黙を保っていたチックが叫ぶ。セフィも顔色を悪くしていた。


「違いますよ。彼は人間です。まあ、若干特殊ではありますけど」

「特殊なのは、認めざるを得ないよねぇ」

「…うむ」


 仲間たちの自分への認識に苦笑しながら、コウは魔物に尋ねた。


「それで、俺がすべてを思い出せば世界滅亡は食い止められるんだな?」

「はい、確実に大丈夫です!」

「……証拠は?」

「大丈夫です、愛があります!」

「なんにも大丈夫じゃねーよ」


 コウは冷たい視線を魔物にくれてやったが、今は魔物の言うことを信じるほかないようだった。


「うまくいかなかったら、ミンチにするからな」

「報告通りそういうところはお変わりないのですね!安心しました」

「兄貴、俺も罵って下さ」

「安心しろ、お前は干物になるまで放っておくつもりだから」


 チックの頭を拳骨で殴り沈めたコウは、魔物と目線を合わせるためにしゃがんだ。


「それで、どうやって俺の記憶を戻すつもりだ?」

「はい、最終手段を使うつもりです」

「最終手段?」


 コウと仲間たちが揃って首を傾げた。魔物は重々しくうなずく。


「ええ。これまで私たちは、貴方と関係のある魔物を放ち、そしてさりげなく過去を仄めかしてきたつもりです。私が人間の城に行ったのも、その一環です。しかし、貴方は思い出さなかった」

「だから、最終手段だと?だけど、あんまりいい手段じゃないんだろう?」

「できれば使いたくありませんでした。以前一度魂だけは飛ばしたことがあるのですが…。今回思い出せなければ、世界はその場で消滅、ジ・エンドでしょうね」

「大博打、だな」

「はい。ですが、もうこの手段しか残っておりません」


 コウは振り返って、仲間たちの顔を見た。今の会話で分かったことだが、コウ以外の四人はただ巻き込まれただけのようだ。コウが記憶を取り戻せば世界が救えるというのなら、今までの旅は無駄だったように思えた。


「ごめんな、巻き込んで」


 しかし、コウの予想とは違い、怒ったような声が返ってきた。


「コウ、今までの旅が無駄だなんて思わないわ」


 セフィが真摯な目で告げる。


「勝手に謝らないでくださいっす」

「二人の言うとおりだよぅ」

「…自分を責めるな」


 優しい言葉に、コウはくしゃりと笑った。自分はいい仲間に恵まれたのだと、心から思う。


「魔物、一つ聞きたい」

「なんでしょうか?」

「お前も世界を救いたいのか?」


 思えば、魔物たちはいつもあっさりと退きすぎていた。コウがそこまで追い詰めなかったこともあるが、はっきりと勇者を殺そうと殺意を持った魔物はいなかった気がする。

 金の瞳に見つめられて、魔物はきょとんとした後微笑んだ。


「はい。貴方とあの方をお守りしたいですから」


 瞬間、胸が詰まる思いがした。何かが込み上げてくる。あの幼い魔物と会った時のような、懐かしくて優しい何かが。


(ああ、俺は。確かにこいつ等を知っている)


『たとえ記憶をなくしても、きっと思い出すよ』


 誰かが言った言葉が蘇った。目を瞑り、その暖かさを胸に満たしたコウは、土気色の魔物の手を握った。骨ばって痩せた手に、ちくりと胸が痛む。


「その、最終手段。…使ってくれ」


 コウの瞳を見た魔物は、何も言わず立ち上がった。そして、コウたちが入ってきた扉の反対側へと歩き出す。玉座の後ろの何もないと思われた空間に立ち、壁に向かって手をかざす。呪文を唱えると、魔方陣が浮かび上がり、巨大な扉が出現した。最初に入ってきた扉と対になっているようだ。

 扉に手をかけた魔物は、ふとこちらを振り向いた。


「早く、思い出してください。もうずっと、泣いていらっしゃるのです」


 そして、数刻前と同じように音もなく開いた扉の向こうに立つ姿を見て、一行は息を呑んだ。






 そこに立っていたのは、どうやってそこに収まっているかも分からないほど大きな竜だった。三つ首を持つ体は黒い鱗に覆われ、鈍い光を放っている。だが、美しいというわけではなく、今まで見た魔物の中で最も醜悪だった。


「な、何これ…」


 距離が開いているのにもかかわらず漂ってくる悪臭と、強烈な魔力にあてられそうになり、セフィはよろめいた。他の三人も同じように、顔をしかめていた。こんなものが最終手段だなんて、やはり騙されたのだとコウを仰ぎ見た。


「……コウ?」


 しかし、コウは反応一つせず、目の前を凝視したまま動かない。その足が、ふらりと前へ一歩踏み出すと同時に竜が唸った。三つの口が一度に開き生まれる音量は、とてつもない。セフィは思わず耳を塞いだ。そして、前方を見て愕然とする。

 コウが、醜い竜に向かって走っていた。

 その手に武器はなく、よく見れば投げ捨てられたように部屋の隅に転がっている。


「コウッ!!」


 悲痛な声は、コウに届くことはなかった。




***




 声が聞こえた。

 あの時と同じ声が。


 扉の向こうに現れた人影を見た瞬間、コウの心のどこかが大きく音を立てた。がらがらと、何かが崩れる音がする。覆っていたものが剥がれ、今まで隠れていたものが見えてきた。


 失くしたわけではなかった。


 ずっと心の奥底に、記憶はあったのだ。


 思えば、そうでなくては可笑しいのだ。だって、自分が笑えるのも、誰かに優しくできるのも、誰かを愛することができるのも、彼女がいてこそなのだから。


 大事な、大事な、誰よりも愛しい。


 そう、たとえ記憶を失っても必ず思い出す。それ程に大切な。


(ヤミ)……!!」


 抱きしめられた黒髪の少女は、少年の腕の中で泣き崩れた。


(コウ)………!」


 泣き声を上げようとする少女の口を、金髪の少年は己の唇でふさいだ。


 コウは、ずっと、この少女に触れたかったのだ。




***




 そこは混沌(カオス)の世界だった。

 目の前で繰り広げられるのは、敬愛する勇者と醜い竜の濃厚なキスシーンである。

 白目をむいているセフィと泡を吹いて昏倒したチックを横目で見て、ミルンはため息を吐いた。反対側に視線を遣れば、バーリオもものすごく微妙な顔をしている。仕方がない。だってこんなキスシーン、微妙な気分にしかなれない。勇者が竜を押し倒した気がしたが、気のせいだ。だって物理的に無理だもの。ああ、できることならば自分も気絶してしまいたい。


「とりあえず……」



 説明を求める、とミルンは感動に血涙を流す魔物に対し、にっこり笑った。








長っ!

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