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調べ響く夜

 夜が訪れた。



 三本柱との戦いから一週間後、パーティーは「大地の神殿」を目指していた。本来なら敵の罠ではないかと疑い、慎重に情報を吟味すべきなのだが、もうその必要はないだろう。最初こそ勇者たちもギルドや酒場で情報を集めながら進んでいたのだが、あまりにも魔物の情報が正確であるため、大人しく従うことにしたのだ。


「それにしても『大地の神殿』とはねぇ」


 ミルンの声に、たき火に手をかざしていたコウは顔を上げた。すでに辺りは暗く、森のざわめきが聞こえるだけだ。パーティーは現在、小さな洞窟を宿として休んでいた。疲れているのだろう、チックとセフィは既に就寝している。バーリオは、いつも通りどこかで剣の修業をしているはずだ。よって、この場には勇者と僧侶のみが起きていることとなる。


「何かあるのか?その『大地の神殿』っていうのは」

「ううん。逆だよぅ」


 首を振ったミルンを見て、コウは怪訝な顔をした。


「逆?」

「うん。あそこにはね、何にもないの。随分前に廃れてしまった神殿だからねぇ、神官もいないんだよぅ」

「いいことなんじゃないか?誰にも怪我させずに済むんだし」

「そうかもねぇ……」


 ミルンは納得していないらしく、うーんと考え込んでいる。その考えには、確かに共感するものがあった。この間の結界を張っていた魔物といい、何かがおかしい。


(そうだ。人間に損害がなさすぎるんだ)


 コウが耳にしたことのある魔王像とは、恐ろしく残忍なイメージばかりであった。事実、王の前に現れた魔王も、顔に血を飛び散らせていたという。人間の被害者はいなかったが、動物を殺してきたのだろうという噂だった。


(だけどなあ、損害がないのはいいことだし、どうしようもないよな)


 被害があったのならば対策のしようもあるが、今の状態は全く逆であり、対策をたてる対象がないのだ。まあ、深く考えすぎても何ともならないと、コウはそこで思考を中断した。隣の様子をうかがうと、何やらまだ考え中のようなので、邪魔をしないようにそっと立ち上がる。


(ミルンは、一人にしといたほうがよさそうだな)


 そう思い、自分は周囲の散策に行くことにした。



***



 場所を選んだだけあってか、森には危険な動物は見当たらず、ましてや魔物など存在しない。それでも一応注意を払いつつ進んでいくと、少し開けた場所に出た。なだらかな丘のようになっていたため寝転がってみる。草に埋もれた状態で空を見上げると、満天の星が輝いていた。光と闇しかない世界は美しく、コウは大きく息を吸った。


「ニャーオ」

「!」


 静かな帳の下りていた世界に、突如鳴き声が響いた。慌てて起き上ると、そこには黒猫がいた。尻尾をゆらゆらと揺らしながら、こちらを見つめている。


「なんだ、猫か」


 コウはほっと嘆息した。次いで、すっかり戦いの続く日常に慣れてしまっていることを悟る。記憶がないから分からないが、以前の自分も戦いを生業をしていたのだろうか。魔物の言うことを信じたわけではないが、確かに自分の戦闘能力は異常と言ってよかった。記憶を失っている状態では、殊更にそれを感じる。


「『記憶を取り戻したくはないのか』ねえ……」


 仲間たちにはああ言ったものの、確かに記憶を取り戻したいという欲求はコウの中にあった。自分の心を探るように目を瞑ってみる。すると、体にすり寄ってくるものがいた。


「何だよ」


 目を開けてみると、先ほどの猫が膝の上に座っていた。すっかりくつろいでいるようで、ゴロゴロと喉を鳴らしている。抱き上げて目線を合わせると、黒く見えた瞳が時折きらきらと光ることに気が付いた。


「お前、まるで夜空みたいな瞳をしてるな」

「ニャー」


 嬉しそうに鳴いた猫は、手足をばたばたとさせた。地面に下してやると、またすぐに膝の上によじ登ってくる。短時間のうちに懐かれてしまったようだと、コウは苦笑した。振り払う理由もないので好きなようにさせておく。しかし、猫が顔の方に手を伸ばしてくると、さすがに慌てた。


「おい、引っ掻くんじゃ…」


 チリン。


 耳元で響いた音に瞠目する。どうやら猫が触れたかったのは、自分の耳飾りだったらしい。コウの髪の色と同じ、金色の飾りが気に入ったのだろうか。猫はそれにそっと触れていた。それがキラキラと光を反射して輝くたびに、嬉しそうに喉を鳴らした。


「お前も気に入ったのか?」


 大粒の金のピアスは、唯一過去の自分を知る手掛かりだった。気が付いた時には、自分の一部のように馴染んでいたから、きっと大切なものだったのだろう。討伐に出発するとき、粗方の衣服などは置いてきてしまったのだが、どうしてかこれだけは捨てられなかった。


(大切な人、かあ)


 自分にもいたのだろうか。あの魔物は自分を冷たい奴だと評したが、実際はそこまで感情を制しきれているわけではなかった。猫が触っていない方の耳飾りに、そっと触れてみる。ほんのりと温かさが流れ込んでくるようで、心が満たされた。

 今の仲間が大事なことは確かなのだが、過去の自分を捨て切れたわけでもない。だから、セフィの思いにも、チックのまぶしい程の憧れの瞳にも応えてやれなかった。彼らを大切だと思う度に、何かが違うと訴えるものがあるのだ。きっとそれを無視してしまった方が楽なのだろう。だけど、どうしてもできなかった。


(まるで、迷子みたいだ)


 どこにあるか皆目見当がつかないものを探し続ける、哀れな子供。動かなければいいのに、それもできない。救われる方法は二つ、なんとか自力で脱出するか、誰かに助けてもらうかだ。


 チリン。


 黒い闇に、金色の音が響く。そろそろ帰ろうかと、猫を抱き上げた時だった。


 チリン、チリン。


(え………?)


 鈴かと思ったそれは、どうやら違うようだった。首元を探って出てきたものに、コウは目を見開いた。食い入るようにそれを見つめる。


「俺と、同じ……」


 今まで、自分と同じ型の耳飾りを探してみたことは何度かあった。しかし一度として見つかったことはなく、こないだ通った街で「特注品ではないか」との指摘を受け、落ち込んでいたのだ。それが今、目の前に存在した。色は全く違ったが、形や大きさは全く同じだった。


(闇色の耳飾り……)


 黒猫の首から下がる装飾品は、同じ色の体毛にしっかり隠れてしまっていた。猫は、触られるのが嫌なのか逃げ出そうとする。ジタバタと暴れる猫を抑えきれず、猫はコウの腕からするりと逃げだした。


「待ってくれ!お前の飼い主は……!」


 俺の過去を知っている人かもしれない。

 そう叫ぼうとして、はたと口を閉じた。口に手を当てると、自嘲の声が漏れてきた。猫相手に叫んで、一体どうなるというのだ。むなしくなるのは、目に見えていた。


(馬鹿だな、俺は)


 そう思うと同時に、どうしようもない悲しみが溢れてきた。結局自分は過去を知りたいのだ。記憶がないのは、不安でたまらない。思いを馳せるたび、心の奥で誰かが泣き声を上げている気がした。

 柄にもなく涙が溢れそうになって、慌てて目に力を入れる。こんなことで泣くなんて、勇者である自分らしくない。


「ニャーオ」

「…なんだ。慰めてくれるのか?」


 てっきり去ってしまったと思っていた黒猫は、いまだコウの足もとにとどまっていた。一人よりはマシだと、抱き上げてそのぬくもりを感じる。顔をうずめると、柔らかな毛並みがくずぐったかった。些細な手がかりを得てしまったことで、ぽっかりと空いた胸の穴を埋めるように、強く抱きしめた。猫は不思議と暴れなかった。


≪………………て≫


「……え?」


 唐突に、音が聞こえた。いや、音というよりは、まるで誰かの声のような。


≪……………して≫


(なんだ……?)


 声はすぐ傍で聞こえた気がした。まさかと思って、ゆっくりと自分の手中にあるものを見下ろす。先ほどまでと同じように大人しくしていた黒猫だったが、その瞳の輝きが変わっていた。吸い込まれるような闇の色は、コウと同じ金色に変化していたのだ。


≪おもいだして≫


(!!)


 今度ははっきりと聞こえた。呆然と猫を見下ろしていると、その首にかかっていた耳飾りまでもが光っていた。


「ニャー」

「っおい?!」


 何故か猫は、耳飾りを通してあった鎖を弄りはじめた。驚くコウの前で、器用に鎖から耳飾りを取り外す。そして、それをコウの足元に置くと、あっという間に走り去ってしまった。

 止める間もなく行ってしまった黒猫を固まったまま見送ったコウは、やがて体を動かした。ぎこちない動作で身をかがめる。そこでは、猫が残していった耳飾りが、元の黒色の状態に戻っていた。


 最後にもう一度、猫の去った方角を見つめたコウは、フラフラとした足取りで洞窟に戻っていった。



***



 翌朝、「大地の神殿」を目指してパーティーは洞窟を発った。


「そういえば、コーちゃん昨日はどこまで行ってたのぅ?」


 ミルンの言葉に、セフィとチックが首を傾げた。


「兄貴、どっか行ってたんすか?」

「気づかなかったわ」

「それはねぇ、二人が爆睡してたからだと思うのよぅ」


 確かにそうだった、と思いだし、二人は背中を丸めた。その様子を視界に入れながら、バーリオが唸る。


「…ワシよりも遅かったようだが、何かあったか?」

「いや、何もありませんでしたよ。ただ、夜風が気持ちよくて」

「あー、それは分かるかもしれないなぁ」


 自分たちは共感できない会話に、セフィとチックは肩身の狭い思いを感じた。そもそもミルンは年下なはずなのに、どうして大人の会話に混ざっているのだろうか。違和感がなさすぎるのが、逆に怖い。


「まあ、人それぞれだから、分かんなくても気にしないで」

「コウ…」

「兄貴…」


 今日も今日とて、コウへの気持ちを確かなものにする二人であった。朝から幸せ気分に浸ったセフィは、いそいそとコウの方へ体を近づけた。その笑顔を見ようとしてコウの顔を盗み見たが、予想外の表情に思わずコウの腕をつかんだ。


「…コウ、どうしたの?」

「兄貴?」


 セフィの声につられるように、仲間たちも振り返る。そこで一瞬目にしたのは、切なげに目を細める勇者の姿だった。珍しい光景に、動きを止める。戦闘時以外、コウが笑顔より他の表情を見せることはほとんどなかった。反応することもできず、四人はコウを凝視する。

 そんな凝り固まった空気を壊したのは、原因であるコウだった。


「いや、何でもないよ」

「でも……」

「大丈夫、心配してくれてありがとう」


 いつもの笑顔に戻ったコウに不審な色を見せた四人だったが、一応は歩を進めだす。気にはなったが、勇者という職業に何か思うところがあったのかもしれないと、それぞれ納得した。仲間といえど、あまり詮索するのはよくないだろう。

 その優しさに感謝しながら、コウは森に目を向けた。

 躊躇いながら口を開く。唇は小さく震えていた。


「たとえ……」


 呟きはかすれていて、すぐに空気に溶けてしまう。コウは胸元に手を当てると、前を歩く仲間たちに続いた。


 勇者の胸に光るのは、黒猫が残していったもの。


 そして、もう一つ。




『たとえ記憶を失っても、きっと思い出すよ』



 

 ようやく取り戻した、記憶の欠片だった。







 次回からは、テンション戻ります。シリアス書き始めるとのめり込んでしまうので……。

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