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手のひらで踊ってたのは貴方でした。

掲載日:2026/01/30

「エリーズ嬢」

「いらっしゃいませー! 本日のおすすめはこちらの季節のパン……」

「……おい、エリーズ嬢」


 王都のとある通りにあるこぢんまりとしたパン屋。

 そこで接客をしていた私の前に、怪訝そうな顔をした美青年が一人。

 明らかに、高貴な身分であるだろう身なりをした彼に、私は店員として振る舞う。


 日頃涼しい顔をした腹黒男も、この時ばかりは顔を引き攣らせて私の名前を呼んでいた。


 鮮やかな赤い瞳が私を見ている。


「…………親が泣くぞ」

「ウッ」


 涼しい顔でただの店員ですという顔をしていた私は彼のその言葉に思わず声を漏らしたのだった。




「あんな場所で何をしていたんだ」


 仕事終わり。

 私は件の美青年に捕まり、街の広場で問い詰められる。


 アルセーヌ・ブロムベルク公爵子息。

 王立魔法学園に通う、私の学友だ。


 私はエリーズ・ド・グライスナー――グライスナー侯爵家の娘だ。


「家がいつ潰れてもいいように、生きる術を身に付けつつ貯金をと……」


 私は店のパンを全て買い占めた彼からそのうち数個をお恵み頂きながら気まずさに視線を泳がせていた。

 アルセーヌ様は絶句している。


 ……そう、我が家は侯爵家とは名ばかりの大赤字を抱えた貧乏貴族。

 何とか学園には通わせてもらっているが、財政の話をすれば父が胃痛で倒れてしまう程に経済状況は悲惨だ。


 それでも何とか生活は出来ていたのだが……なんと最近、私に関する悪評が学園で流れ始めていた。

 噂は学園から社交界へも広がり……数少ない我が家の後ろ盾すら減りつつあった。


 具体的な噂としてはネリー・ゼーゼマンという男爵令嬢を私が手酷く虐めているという話。

 病弱で発作持ちである彼女を命の危険にも晒した、等という噂が飛び交っているのだ。

 虐めの理由は、幼い頃からの婚約者ジュスト・ド・ディーツェ侯爵子息と彼女の仲が良い事に嫉妬したから。


 ジュストがネリーを可愛がり、浮気をしている事実はある。

 しかしそれに対し嫉妬するなどという事は特にない。

 私が彼に求めていたのは、婚姻後の生家への支援金のみだったから。


 だが、ジュストはネリーを愛したが故に、彼女と親しく出来る正当な理由を求めた。

 その結果が、私が悪役となる様な噂を流す事だったのだ。

 これにはネリーも加担しているのだろう。

 男爵令嬢である彼女からすれば侯爵子息の寵愛を受けるのは棚ぼたもの。玉の輿を狙えるチャンスだ。

 これに乗らない理由はない。

 そんなこんなで、二人は結託し、私を悪女に仕立て上げたようだ。


 流れて来るのは勿論根も葉もない噂。

 冤罪である。

 私が捕らえられていないことが何よりの証拠ではあるが……財政的な問題から既に社交界の中の笑い者となっていた我が家を庇う物好きなど殆どいなかった。

 それを考えれば……アルセーヌ様のように私と友でいてくれる存在は非常に珍しいとも言える。


 私達は学園で常に成績首位を争う関係だ。

 互いの得意科目が異なる事もあり、休憩時間に分からない問いを聞き合ったりもしている。


 そんな彼は。


「そんなにも……君の家の状況は深刻だというのか……」


 愕然とした表情で私を見ている。

 しかしその声は大きく上ずっていて、よく見れば持ち上がりそうな口角がぷるぷると痙攣しつつ笑うのを耐えている。


「信じてないですね」

「当然だろう。貴族令嬢が学校終わりに働くというだけでも意味が分からないが、働くにせよ、もっと条件のいい働き口くらい見つけられるはずだ。識字を求める事務的な職業とかな」


 アルセーヌ様は一つ咳払いをする。


「……何を考えているんだ?」

「さぁ」

「つれないな。俺にくらい教えてくれてもいいだろう」


 アルセーヌ様に強請られながらも白を切っていると、彼が意地悪く笑う。


「どうせ両親には言っていないんだろう?」

「ウッ」


 図星である。

 私が身分を偽り、パン屋で働いているなどと知ったら父は卒倒するだろう。

 そして……私にはアルセーヌ様の力が必要だった。


「であれば、お力をお借り出来ますか?」


 私が不敵に笑えば、彼は驚いたように目を瞬かせたあと苦笑する。


「なるほど……君を案じた俺がここへ辿り着くのも計算の内だったな?」

「信頼していただけですよ。友として」

「……友、か」


 アルセーヌ様は何故か少し複雑そうな顔をする。


「まぁ婚約者がいる身では当然だな」


 それから何やらよくわからない事を呟いた。

 私は首を傾げつつ、自分の思惑を話す。


「まぁ一つは、問題解決にかこつけて普通の令嬢でならば経験できないような体験をしたかったというのが理由なのですが」

「前々から思っていたが、君のその好奇心の塊のような性格はもう少し自重した方が良いと思うぞ。……それで? 二つ目は」

「金です」


 その後の私の説明を聞いたアルセーヌ様は目を丸くした後、「やはり、君といると飽きないな!」と声を上げて笑うのだった。



***



 その後、暫くして。


「――エリーズ・ド・グライスナー! お前との婚約を破棄する!」


 私は学園の真ん中でジュストにそう言い放たれた。

 彼の隣にはネリーが立っており。二人は仲睦まじそうに腕を組み合っている。


「お前はネリーに嫉妬し、彼女を傷つけ続けた! そんな女と婚姻など断じて認めん! よって悪女であるお前の婚約は白紙にする!」


 これは想定内の事であった。

 彼は前々から私との婚約を破棄すると大勢に言いふらしていたし、その話は私の耳にも届いていた。


「一応申し上げますが、私はそのような事は致しておりません。第一証拠も提示せずにそのような事を仰られましても」


 私がそう言えば、ジュストが歪で醜い笑みを浮かべる。


「証拠ならある! 俺達には証言者がいる!」


 その声と共に、野次馬の中から数名の生徒が現れる。

 その最中。


「全部手のひらの上に決まってるだろ。馬鹿が」


 野次馬に聞こえない声量でジュストがそう囁いた。

 それから用意された偽りの証言者らは必死に私の罪を告発していく。

 学園内で孤立している私にはほとんどアリバイもない。証言を否定する材料も、信じ込ませるだけの信頼も足りなかった。


 証言者がそれぞれ話し終えた頃には、周囲から冷たい視線を注がれる。

 けれど私は動じない。


 何故なら、この大勢の注目こそ――私が求めていたものだから。

 私一人の言葉では誰も聞く耳を持たない。厄介者と関わりたくはないからだ。

 ジュストやネリーのように、私を巻き込んで人々の視線を集める存在がいて初めて、私は私の計画を実行することが出来た。


「わかったか! お前は紛れもない罪人! 故に俺はお前との婚約を破棄する!」


 それに加え――注目を浴びるきっかけが『婚約破棄』だったのも、随分都合がよかった。


「わかりました」


 私は深く頭を下げる。


「罪に関しては未だ認める事は出来ませんが、婚約破棄に関しては受け入れましょう」

「な……っ、ここまで来てまだ認めないだと――」

「ですから」


 すぐに話を遮ろうとするジュストの声を私は声圧で制す。

 それから、にっこりと微笑みを称えた。


「――慰謝料、頂きますね?」

「……は?」


 謂われない罪を着せられた時から、私が求めていたのはただ一つ。

 ――金だ。

 それもすぐに手に入る大金。


 そして婚約破棄も冤罪も、人々の注目も――私がこれからお金を得る絶好の機会を作ってくれた。


「当然でしょう? 婚約は何も口約束で行われた訳ではない。一度は両家の合意があって交わされたもの。どのような理由があれ、一方的に反故にするというのであればそれは契約違反――多額の慰謝料を払うのは当然の事です。私も我が家も、貴方との婚姻を前提にお金と時間をかけ、教養を積んで来たのですから」

「何故、罪人であるお前に金を――」

「罪人かどうかを決めるのは貴方方ではなく、お国ですね。そして今もお咎めがない。故にそれを理由に婚約破棄に正当性を持たせることは不可能です。あ、それと浮気もですね。婚約者がいるというのにそのように異性とべたべたしている事はこの場の皆様が見ていらっしゃいますし。きっと追加で沢山請求できるのでしょう」

「な――ッ、こ、これはお前の嫌がらせからネリーを守る為だというのに! この……っ、金に溺れる、卑しい悪女が!」

「どうとでも仰ってください。私はお金さえ頂ければ充分ですから。ああ、それと、慰謝料というのであればもっとガッポリ頂けそうですね?」

「な……ッ、これ以上何を奪おうとするつもりだ!」

「勿論――私に冤罪を着せた事に対する慰謝料です」


 ジュストの顔が真っ赤になる。

 すっかりお怒りだ。


「お前は自分の罪を認めないどころか、俺達に言い掛かりをつけて金を巻き上げようというのか……! どこまでも意地汚い女め!」

「ところが、どうやらそうでもないらしい」


 彼がそう言い放った、その時だ。


 野次馬の中から、アルセーヌ様が姿を現す。

 彼は私の前に立つと、ジュスト達に向き直った。

 目の前に立つのは国の大貴族だ。先程の様な暴言は許されない。


「な、アルセーヌ様……ッ!?」


 ジュストがしどろもどろになる中、アルセーヌ様は笑顔を湛えている。

 彼は証言者を見やった。


「君達は先程、彼女が放課後にネリーに暴行を加えていたと言ったな」


 証言者達が頷く。

 その顔には緊張が走っていた。


「それは嘘だ」

「な……ッ、一体、何を……!」

「何故なら、俺は放課後に彼女の姿を見かけたからだ。そう――」


 アルセーヌ様が良く通る声を張る。


「――パン屋で働く彼女の姿をな!!」

「……は?」


 あまりに突拍子のない発言に、周囲が静まり返る。

 アルセーヌ様は自分で言っておきながらグフッという笑いを吹き出し、それを咳払いで何とか誤魔化した。


「彼女は、家計が苦しい我が家の為に少しでも力になれればと、街のパン屋で働いていたんだ……っ」


 アルセーヌ様が大仰に悲しむ演技をする。

 周囲はすっかり置いてけぼりで、唖然としていた。


「しかもパン屋で働く彼女の姿と言ったら、貴族ですらない店の夫婦に下手に出て、気遣いを忘れず、ただただ素直に丁寧に仕事を熟しているではないか! こんな健気な一面を隠していた彼女が、今社交界に出回っている噂のような悪女だとは到底信じられないッ!!」


 所々声が上ずり、震えている。何かの拍子に特大爆笑が巻き起こる寸前だ。

 せめて話終わるまでは何とか頑張って欲しいところである。


「そこで俺は――彼女の罪について、今一度調べる事にした」


 急にスンッと静かな作り笑いを顔に貼り付けたアルセーヌ様。

 この人の情緒はどうなっているんだ。

 不覚にも、今度は私が笑いそうになってしまった。


 彼は持っていた紙束を掲げる。


「これは学園や国への提出を考えている調査結果だ。我がブロムベルク公爵家はご存じの通り、伝手が多い。情報に強い者達を集めて洗いざらい調べてもらった」


 瞬間、ジュスト、ネリー、証言者の顔が一斉に青くなる。


「おや。先程の証言への反論としてパン屋にいた彼女のアリバイの提示、後は報告書の読み上げでもしてやろうかと思ったのだが……どうやらそれはもう必要ないらしい」


 彼らのわかりやすい反応こそ、真実を示していた。

 それにより、野次馬達の顔までもが青くなり、強張っていく。


「ち、違うんです、アルセーヌ様、どうかお話を――」

「さて、罪は早めに認めておいた方が良い。現状より重くなることはないからな。尤も――我がブロムベルク公爵家の力を甘く見るのであれば、黙秘も否定もすればいいが」


 ジュストの否定はアルセーヌによって即座に切り捨てられる。

 そして――


「「「す、すみませんでしたぁッ!!」」」


 最初にひれ伏したのは証言者達だ。

 彼らはジュストとネリーに騙されていただの脅されただの、散々な事を言って彼らに責任転嫁をする。

 愚かしい事だ。

 利用していたつもりの者達から簡単に裏切られてしまったのだから。


「そ、そんな……ッ、お、俺だって、ネリーに騙されていただけだ!」

「ハァッ!? ひ、酷いわ! 貴方が別れて一緒になりたいって言ったんじゃない!!」


 そして、残されたジュストとネリーが同時に互いを責め始める。

 ぎゃーぎゃーと噛みつき合う二人はさながら猛獣のようで。

 彼らの本性はすっかり野次馬達の記憶に刻み付けられる事となった。


 ――手のひらで踊っていたのが自分だったなど、彼らは微塵も考えていなかったのだろう。


「地獄絵図だな」

「ええ、本当に」


 それを他人事のように見る私達。


「それで、この後はどうするんだ?」

「勿論――これまで着せられた罪の一つ一つを訴え、慰謝料をガッポリいただきます」


 私の目はきっと、輝いていた事だろう。

 アルセーヌ様は目を瞬かせてから「全く、君という奴は」と、くすりと笑うのだった。



***



 さて、その後……。

 私や家の評判はすっかり良くなり、寧ろ多くの貴族から謝罪の便りが届いた。


 また、私に暴行やら何やらの軽くはない罪を着せようとしたネリーの家は簡単に潰れてしまった。

 ジュストに関しても、両親がカンカンになり、彼を廃嫡にしたそうだ。

 領地の片隅へ追いやられた彼が社交界に戻って来る事はないだろう。


 また、我が家は婚約破棄と浮気、冤罪、それによって被った被害の慰謝料をディーツェ侯爵家から搾り取ることが出来た。


 また自分達の家が我が家の二の舞となる事を恐れてか、少しでも社交界の心象を保とうと考えたディーツェ侯爵夫妻の申し出により、今後定期的に我が家にはお金が入るそうだ。

 加えて、証言者達からもちゃっかりガッポリお金を巻き上げる事に成功した我が家は、あっという間に財政を回復させていった。


 何とも世知辛い世の中であるが、財政を立て直すにもお金が必要だ。

 そしてそのお金も、支援してもらう後ろ盾すら持ち合わせていなかったが故に、我が家は困窮していた。

 しかしそれがなくなった今――父と兄のお陰で我が家の財政は好調の一途を辿っている。


 また、必死に机に齧りついていたおかげもあり、私も家の経理の手伝いに貢献することが出来た。

 これで我が家は安泰だろう。




「は~~~~~~~~~~」


 学園の昼休憩。

 私は学園に設置されたガゼボでお茶を飲みながらくつろいでいた。


「最ッ高…………」


 これまで、昼食にティータイムなどという贅沢は全くできなかった。

 昼食は持たせてもらっていたが、他の令嬢とは違う、質素で味気ないパンばかりだった。

 それが今、豪勢な軽食と薄くないお茶に囲まれているのだ。


 幸せを噛み締められずにはいられない。


「やっぱり大切なのはお金ね」

「機嫌が良さそうだな」


 しみじみとしていると、不意に横から声を掛けられる。

 ギョッとしてそちらを見れば、アルセーヌ様が私の顔を覗き込んでいた。


「あ、アルセーヌ様……! どうしてここに……っ」

「どうして、か。君への貸しを回収しに……かな」


 ――貸し。

 その言葉に私は身構える。


 確かに、あの件で想像以上にお金を巻き上げられたのは彼のお陰だ。


 私が彼に求めたのはあくまで『私がパン屋で働いている』という目撃情報だけ。

 目的はアリバイの証明と、周囲の同情を買う為。


 令嬢が街で労働など、本来ならば信じられない状況。

 それでも家の為に平民として働く令嬢の存在を知れば、私の事をただの意地の悪い女として見れなくなる者もいるだろうと考えたのだ。


 おまけにアリバイも立証されれば、冤罪の可能性も強調できるし――そうなれば、ただの傍観者達は不透明な話で私を責めるリスクを恐れ、少なくとも私と敵対する事は無くなる。


 あとは単純に、賄の美味しいパンに惹かれたのとやはり簡単には経験できないような事をしたいという好奇心だ。


 まあ、そんな色々が重なった上でのパン屋労働だったのだが。

 彼は裏で調査まで進めてくれた挙句、野次馬の認識を改めさせる大きなきっかけまで作ってくれた。


 お陰で初めは婚約破棄と浮気という状況証拠が揃った分の慰謝料請求と、私の悪評に対する疑念を植え付ける程度の目的だった物が……想定以上の結果を伴ったのだ。

 勿論見返りはあってしかるべき……だが。


「……我が家に、公爵家が喜ぶだけのお金はありませんよ」

「ああ、違う違う。金じゃない」


 アルセーヌ様は私の手を取り、柔く微笑む。

 相変わらず美しい顔だ。


「婚約してくれ」

「……は?」

「婚約してくれ」

「……はぁっ!?」


 私の驚きようにアルセーヌ様が笑う。


「知っての通り、我が家は金に困っていない。だが――愉悦は足りない」

「ゆ、えつ……」

「学問で切磋琢磨できるような仲だし、何よりパン屋で働くような令嬢だ。君程面白い女がいれば、社交辞令ばかりの世界でも退屈しないだろう?」

「いや、そんな……」

「それに――勿論、婚姻後は相応の金銭がそちらの家に行く事だろう」

「婚約しましょう!!」


 ガッと、彼の手を両手で握り、即決する私に、アルセーヌ様は苦笑する。


「……早めに声を掛けておいてよかったな。このチョロさでは横取りされかねない」

「え?」


 そんな呟きが聞こえた後。


「なんでもない」


 彼は私の手の甲にキスを落とした。


「な……ッ!」

「まぁ、そういう事だ」


「これからもよろしく頼む、エリーズ嬢?」


 その妖しくも美しい笑みに――

 ――私は不覚ながら、ドキドキしてしまうのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました!


もし楽しんでいただけた場合には是非とも

リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!


また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!


それでは、またご縁がありましたらどこかで!

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