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白雪様と二人暮らし  作者:
第一章 雪の中で出会った温もり

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3/8

3話 お家で過ごす初めての夜

 雪山から下りて、バスと電車を何度も乗り継いで、ようやく家に着いたのは夜の11時を回っていた。玄関の鍵を開ける手が、少し震えた。いつものように、誰もいない家。灯りもつけずに帰ってくることが多かったから、廊下は真っ暗で、冷えきっていた。でも今日は、後ろに白雪(はくせつ)様がいる。


「……ここが、私の家」


 私は小さく呟いて、電気をつけた。白雪様は私のコートの裾を軽く掴んだまま、きょろきょろと中を覗き込んでいる。銀色の長い髪が廊下の蛍光灯に照らされて、まるで月明かりのように淡く輝いていた。金色の瞳は好奇心でいっぱいで、狐の耳がぴくぴく動いているのが見えた。すぐに隠したけど。


「ほぉぉう……これが人間の住処か。思ったより広いのう」


「のう、って……さっき『現代人には古い言葉はわかりづらい』って自分で言ってたのに」


 私は思わず笑ってしまった。白雪様は「あっ」と小さく口を押さえて、頬を少し赤くした。


 私は一瞬、ぎくっとした。私の体臭がそんなにひどいのかと、少しショックを受けてしまった。いくら死のうと思っていたとはいえ、16歳の乙女に「匂いがする」なんて言われたら、ひどく傷つく。


 山で汗をかいたままだったし、防寒着の下は蒸れてるし……もしかして臭い?顔が熱くなって、慌てて自分の袖をそっと嗅いでみた。別に、そんなにひどくないはずだけど。白雪様は私の表情に気づいていない様子で、にこにこしながら続けた。


「うん。綾の匂いと、少し甘い匂いと、なんか安心する匂い」


「うん! 綾の匂いと……少し甘い匂いと……なんか、すごく安心する匂い。


 私、こういう匂い大好き」


「え……綾の、匂い?」


「そうだよ。綾の匂い、すごく落ち着くんだ。雪の中で初めて抱きしめたときから、ずっとこの匂いしてた」


 白雪様は私の腕に頬をすり寄せて、ふんふんと本当に匂いを嗅いでいる。


「ほら、こうやって近くにいると、もっとわかる。甘くて、温かくて、私だけが知ってる匂い」


 私はもう、顔から火が出そうになった。


「ちょ、ちょっと白雪様……! 恥ずかしいよ、そんな……」


「えー? どうして? いい匂いだって褒めてるのに」


 白雪様はきょとんとして、私を見上げてくる。その純粋な金色の瞳に、悪気なんて微塵もないのが分かる。


 そうか、これは褒め言葉だったんだ。傷ついたつもりでいた自分が、ちょっと馬鹿らしくなった。


「べ、別に……いいけど……」


 私は小声で呟いて、照れ隠しに白雪様の頭を軽く撫でた。白雪様は嬉しそうに目を細めて、尻尾がふわっと出てきてしまった。


「あ、尻尾出ちゃった……でも、綾の匂いで安心しちゃうんだもん」


「もう……可愛いなぁ」


 思わず本音が漏れた。白雪様は「えへへ」と笑って、私の腕にさらにくっついてきた。


 その瞬間、私の中で何か小さな氷が溶けた気がした。この家は、もう「誰もいない場所」じゃなくなった。ここに、白雪様がいる。私の匂いを「好き」だと言ってくれる人がいる。それだけで、胸がじんわり温かくなった。


「まあ……入って」私はもう一度言って、白雪様の手をそっと引いた。白雪様は嬉しそうにうなずいて、私の後ろについてきた。


 私は靴を脱いで上がった。白雪様も私の予備のスリッパを借りて、ちょっと大きすぎるのをぺたぺた鳴らしながら後ろについてくる。着物姿のままスリッパって、すごく不思議な光景だった。リビングに入った瞬間、白雪様がぴたっと立ち止まった。


「わぁ……!」


 目が、まん丸になっていた。まず目に入ったのは、壁にかかった大きなテレビ。


「これが……噂で聞いたテレビってやつ!?」


「噂って……どこで聞いたの?」


「萬松寺でお賽銭を入れてくれる人たちの会話で、ちらほら」


 私はリモコンを取って電源を入れた。深夜のバラエティ番組が流れ始めた。画面の中で芸人が大声で笑っている。

白雪様はソファに座るのも忘れて、テレビの前にしゃがみ込み、顔を近づけた。


「すごいすごいすごい! 小さな箱の中に人が閉じ込められてる! しかも動いてる! 喋ってる! 笑ってる!」


「ちょっと近すぎるよ、目が悪くなる」


 私は苦笑いしながら、白雪様の肩を軽く押した。次に白雪様が気づいたのはキッチンの冷蔵庫。


「綾、これこれ! この大きな白い箱は何?」


「冷蔵庫。食べ物を冷やしておくやつ」


「わぁぁぁぁ!! 中が明るい! しかも冷たい!これは……小さな氷室なのか!? それに食べ物がいっぱい入ってる!!」


 白雪様は目を丸くして、私の腕をぎゅっと掴んだ。尻尾が興奮でふわっと出てきて、すぐに慌てて隠すのも見えた。


「すごいすごい! 人間って、夏でも氷を保存できるんだね!」


 私はその反応が可愛すぎて、思わず笑ってしまった。興奮しすぎて、声が裏返ってる。白雪様は冷蔵庫の中のものを一つ一つ取り出しては眺めていた。


 ヨーグルトのパックを見て「白い雪みたい……食べられる雪?」


 牛乳パックを見て「これが牛さんから出るやつだよね!? すごい量!」

 

 卵のパックを見て「鶏さんのプレゼントがこんなに……優しい世界」


 残ってるプリンを見て「黄金の宝石みたい……」


 全部、真剣な顔で呟いてるのが可愛すぎて、私はもう笑いが止まらなかった。


「綾、綾! こっちこっち!」


 今度は電子レンジを指さしている。


「レンジ。食べ物を温める機械」


「温める!? 火を使わずに!?」


 私は昨日の残りのカレーを耐熱皿に入れて、ボタンを押してみせた。ピピッと音がして、30秒後、ドアを開けると湯気が立ち上る。白雪様は目を丸くして、しばらく固まっていた。


「……神業」


「違うよ、ただの家電だよ。神様?仏様?なのは白雪様じゃん」


「でも本当にすごい……人間って、こんなに便利なものを作っちゃうんだ」


 本気で感心してる顔が、なんだか愛おしくて、私は頬が熱くなった。


「まあ……お腹空いたでしょ? 一緒に食べよう」


「うん! 食べる食べる!」


 ふたりでダイニングテーブルに座る。カレーを温め直して、二人分のお茶わんにご飯をよそった。


 白雪様はスプーンを握って、最初は恐る恐る一口。そして「美味しい!!!!」と大声で叫んだ。


「綾のご飯、最高!! 温かくて、ちょっと辛くて、幸せな味!!」


「私が作ったわけじゃないけど……残り物だよ?」


 白雪様は目をキラキラさせて、私を見つめてきた。


「でも綾と一緒に食べるから、もっと美味しい!」そう言って、ぱくぱく食べ始める。


 狐の耳が、嬉しさでぴょこぴょこ出てきては慌てて隠すのを、何度も繰り返していた。その様子が可愛すぎて、私はつい笑いながら、自分のカレーも口に運んだ。


 久しぶりに、ほかの人と食べるご飯はすごくおいしい。家族がいなくなってから、いつも一人で黙々と食べていた。味なんてほとんど感じなかった。


 でも今は違う。白雪様の「ん~!」という幸せそうな声や、スプーンを動かす音や、時々出てくる耳や尻尾が視界の端で揺れるのが、すべてが愛おしくて。私も、久しぶりに食欲が湧いてきて、たくさん食べた。


 カレーを、おかわりまでしてしまった。白雪様はそれを見て、さらに嬉しそうに笑った。「綾がいっぱい食べてくれて、私も嬉しい!」その笑顔に、私の心がまた少し、軽くなった。


 食事が終わって、洗い物をしていると、後ろから突然ぎゅっと抱きつかれた。白雪様の小さな体が、私の背中にぴったりとくっついてくる。


 着物の袖が私の腰に絡まって、銀色の髪が肩にかかった。


「綾、ありがとう……」


 声がすぐ耳元で聞こえて、くすぐったい。


「え……どうして急に?」


 白雪様は私の背中に頬をすり寄せて、小さな声で続けた。


「ここに連れてきてくれて。一緒にいてくれて。私、分け身として生まれてから、誰かとこんなに近くにいるの、初めてで……なんだか、すごく嬉しいよ」


 声が少し震えていた。私は手を止めて、振り返って、白雪様の頭をそっと撫でた。銀色の髪が、指の間をすり抜ける。冷たくて、でも優しくて、雪みたいな感触。白雪様は目を細めて、私の手に頰を寄せてきた。


「私も……ありがとう。白雪様がいなかったら、今頃私は……こんなに楽しいご飯を楽しめなかったよ」


 言葉を言い終えた瞬間、白雪様の金色の瞳が大きく見開かれて、すぐに優しく細まった。


「綾……」


 白雪様は私の腰に回した腕にぎゅっと力を込めて、嬉しそうに笑った。狐の耳がぴょこぴょこ出てきて、尻尾もふわふわ揺れてるのが見えた。


「それ、すっごく嬉しい言葉!じゃあ、これからもいっぱい一緒にご飯食べようね!」


「う、うん……」


 私は顔を赤くしながらうなずいた。白雪様はさらにくっついてきて、私の首に腕を回してきた。


「約束だよ?」


「……約束」


 この家が、もう一度こんなに温かくなるなんて、思ってもみなかった。白雪様がいるだけで、すべてが変わった。本当に、ありがとう。


「綾、顔赤いよ?」


「う……白雪様も!」


 ふたりで顔を見合わせて、笑いあった。

 

 その夜、私は白雪様に自分の部屋を案内した。クローゼットを開けて、予備のパジャマを出してあげる。私の古いものだから、少し大きめだけど、白雪様は喜んで着替えた。


「綾の匂いがする……幸せ」って呟かれて、私はもう真っ赤になった。


 ベッドはシングルが一つしかない。


「ソファで寝るから、白雪様はベッド使って」


そう言ったら、白雪様が首をぶんぶん振った。


「いやだ! 綾と一緒に寝たい!」


「え、でも狭いよ……?」


「狭い方がいい!」


強引に決められて、結局ふたりでベッドに入ることになった。最初は少し離れて横になってた。電気を消して、暗闇の中でお互いの呼吸だけが聞こえる。でも、すぐに白雪様がくっついて来た。


「綾、温かいね……」


「……白雪様も、すごく温かい」


 自然と、手が触れ合って、指を絡めた。白雪様の小さな手が、私の手をぎゅっと握り返す。


「……綾、おやすみ」


「おやすみ……白雪様」


 その夜、久しぶりに、私は怖い夢を見なかった。家族の事故の夢も、冷たい雪の夢も、何も。代わりに、温かくて優しい夢を見た。


 朝、目が覚めると、白雪様がまだぎゅっと抱きついたまま寝ていた。銀色の髪が私の頬にかかって、くすぐったい。寝顔があまりに可愛くて、じっと見つめてしまった。金色のまつ毛が長くて、唇が少し開いてて、寝息が静かだった。


「……ありがとう」


 小さく呟くと、白雪様が寝ぼけながら微笑んで、私の首に腕を回してきた。


「……もっと、くっついててもいいよ……」


 寝言みたいな声に、私は胸がきゅんとして、そっと白雪様の背中を抱きしめ返した。外はまだ薄暗い朝だった。


 これから、どんな日々が待っているんだろう。でも、隣に白雪様がいるだけで、生きててよかったって、心から思えた。


 そうして、私たちの、のんびりとした、甘くて優しい同居生活が、本当に、本当に、始まった。

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