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白雪様と二人暮らし  作者:
第二章 のんびりとした日常

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最終話 白雪様とあの場所へ

 おせちを少しつまんで、温かいお茶を飲んだあと、ちょっと休憩。

 こたつに入ったら、白雪様がそのまま膝に頭を預けてきた。


 こたつの中に、甘い雪みたいな匂いがふわっと混じる。

 その瞬間、息が止まる。なんで毎回こうなるの。


 銀色の髪が、私の太ももにさらりと落ちた。

 柔らかさがじんわり伝わってきて、正直かなり危ない。

 朝の光を受けた髪はきらきらしてて、触ると絹みたいに滑らか。綺麗すぎる。


 尻尾はこたつの中でゆらゆら。

 ときどき脚にふわっと当たって、その温かい毛がくすぐったいのがまた気持ちいいから仕方ないんだよね。

 それだけで心臓がばくっと鳴るから、ほんと困る。


 私は白雪様の銀髪を、そっと撫でた。

 指先が髪に沈む感触が気持ちよくて、言葉の方が追いつかない。

 緊張をごまかすみたいに、静かに口を開いた。


「白雪様、今日は行きたいところがあるの」


 白雪様がゆっくりと顔を上げ、私を見上げてきた。

 金色の瞳はまだ朝の眠気をまとっていて、細くとろんとしながらも、興味と好奇心でキラキラと輝きを増している。

 まぶたが重たげに持ち上がる瞬間、朝日をたっぷり含んだその瞳がまっすぐに私を捉えた。

 心臓が、一瞬跳ね上がった。


 狐耳がぴくんっと小さく跳ね、こたつの中で尻尾がぱたぱた。

 ぱたぱたと楽しげに打ちつける音が聞こえる。


 布団の下、尻尾の先が私の脚にそっと触れてくる。

 ふわっとした毛並みの温かさが、すべすべとした感触とともに膝裏までじんわり伝わってきて、体の芯が熱を帯びた。

 心拍が、静かに、でも確実に速くなっていく。


「行きたいところ? 綾が行くところなら行きたいけど。どこ?」


 白雪様の声は、相変わらずの甘ったるい響きをまとっていて、少し鼻にかかったような甘え声。

 語尾がふわっと伸びて、まるで蜜を垂らすように耳に絡みついてくる。

 

 私は一瞬、言葉に詰まりながらも、ちゃんと伝えたいという想いが胸の奥で疼いた。

 息を深く吸い込んで、絞り出すように口を開く。


西穂高岳(にしほたかだけ)に行きたい。白雪様と初めて会った場所に……でもあそこってダキニ天様の祠とかないよね」


 白雪様の金色の瞳がぱちりと大きく見開かれ、次の瞬間くすっと小さく吹き出すように笑った。

 尻尾がぱたぱたぱたっ! と今まで以上に勢いよく揺れ、狐耳が嬉しそうにぴょこんっと垂直に立ち上がる。

 小さな体が私の膝の上で弾むように跳ねて、銀色の長い髪がさらさらと朝の光をきらめかせながらこぼれ落ちた。


 頬が、ほんのり桜色に染まる。

 眠たげな表情のままなのに、瞳の奥は期待と喜びでいっぱいで、キラキラと星を散らしたみたいに輝いている。

 その無防備で、愛らしい笑顔を真正面から浴びせられて。

 私の胸の奥が、熱くて、苦しくて、たまらなく疼いた。


 「うん、たまには圏外に出て山の中を走りたいなって思ったら、まさか人の罠に引っかかっちゃって。その時に綾に助けてもらったんだよ。綾は去年お参りに来てくれたよね」「うん」私は小さく頷いた。


 その一言だけで、胸の奥にしまっていた記憶が一気に溢れ出す。

 一昨年の初詣、家族と笑いながら参拝したこと。雪に埋もれかけた白い狐を、思わず抱き上げて温めたこと。

 そして去年、すべてを終わらせようと決めた。

 でもあの場所に行く前に、最後だけでも挨拶をしようと萬松寺へ向かったこと。

 

「お参りに来た綾の感じが私の能力が働いたからかな」


 白雪様の声が、ふわりと優しく耳に落ちてきた。

 あまりに柔らかくて、思わず顔を上げてしまう。

 金色の瞳が、じっと私を見つめていて、その奥に深い慈しみが揺れている。


「どういうこと?」


 声が少し震えた。自分でも分かるほどに。


「私が大黒天様っていうより大日如来様って言った方がいいのかな。死期を察知する能力を授かったんだよ。それが綾の雰囲気から出てたから、少し見てた」


 私は息を飲んだ。

 去年の元旦。あの雪深い山の奥で、私は確かに死のうとしていた。

 足元に広がる白い闇に身を委ねようとしたその瞬間、銀色の毛並みと金色の瞳が現れて。

 私を、抱きとめてくれて、一緒に暮らそうと言ってくれた。

 白雪様は、私の死期を、感じ取っていたから。


「そうだったんだ。そしてあの時会ったんだね」


 白雪様が、そっと私の手を握る。

 小さな手のひらなのに、驚くほど温かくて、柔らかくて。指先が私の指に絡むように重なり、静かに、確かに頷いてくれた。

 その仕草があまりにも優しくて、切なくて、胸の奥が熱く疼く。

 涙が込み上げてくるのを必死で堪えながら、私は白雪様の手を、ぎゅっと握り返した。

 金色の瞳が、ほんのり潤んでいて、それなのにどこまでも優しい光を湛えている。

 涙の雫が宿りそうなほど透明で、でもそこには深い慈しみが揺れていた。


「ところで何で行くの?」


 私は少しだけ考えて、それでも素直に言葉を紡いだ。


「一年前、白雪様と会って、私は前を向いて生きていけると思ったから。その初心を忘れないように行きたいなぁって」


 瞬間、白雪様の金色の瞳がぱっと花開くように輝いた。

 狐耳がぴょんぴょんっ! と弾むように跳ね上がり、まるで心の喜びがそのまま耳に宿ったみたいに。

 こたつの中で尻尾がぱたぱたぱたっ! と激しく打ちつけ、抑えきれない嬉しさが全身から溢れ出している。


「うん。行こう」


 白雪様が私の首に細い腕を回して、ぎゅうっと抱きついてきた。

 小さな体がぴったりと寄り添い、温かな体温と、ほのかに甘い。

 雪と花のような、懐かしい匂いが胸いっぱいに広がる。

 その温もりがあまりにも優しくて、愛おしくて、涙腺が熱く疼いた。


「綾と一緒に行こう」


 私は白雪様をそっと抱きしめ返し、頷いた。

 銀髪が私の頬をくすぐり、心臓が幸せでいっぱいになる。


「千石園地の外れに行こう。白雪様と初めて会った場所に……一緒に」


 白雪様が私の胸に顔を埋めてくる。

 柔らかな頬が私の鎖骨に触れ、吐息がコートの隙間から温かく染み込んでくる。


「うん。初めて会った。始まりの場所だね」


 外では雪が静かに、ひそやかに降り続けている。

 私たちは着込み始めた。

 厚手のコートを羽織り、マフラーをふわりと巻き、手袋をはめる。

 白雪様はピンクの着物の上から大きめのコートを着込んで、マフラーをふわふわに巻きつけた。

 その隙間から狐耳がぴょこんっと飛び出していて、まるで雪うさぎみたいに愛らしい。

 尻尾はコートの裾からちらりと覗き、雪の粒をぱたぱたっと払う仕草がたまらなく可愛くて、胸がきゅうっと締め付けられる。

 小さな手が、私の手のひらにすっぽりと収まった。

 指先が温かくて、雪の冷たさを一瞬で溶かしてくれるような感触。

 白雪様が上目遣いに私を見上げてくる。


「綾、楽しみだね?」


 私は白雪様の手を強く、確かめるように握り返した。


「うん楽しみ」


 玄関の扉をそっと開けると、凍てついた空気が一瞬で頬を刺すように流れ込んできた。

 吐く息が白く舞い、鼻先がきりりと冷える。

 でも、白雪様の小さな手が私の手のひらにしっかりと絡みついていて、その熱がまるで柔らかな炎のように冷気を跳ね返してくれる。

 指の間からじんわり伝わる温もりが、雪の冷たさを一瞬で溶かしていった。

 雪の積もった道を、ゆっくりと踏み出した。

 足元はふかふかの綿菓子みたいに柔らかくて、靴が沈むたびに「ぽふっ」「ぽふっ」と優しい音が響く。

 雪の粒子が靴の縁に積もって、きらきらと朝の光を反射している。

 白雪様の歩幅がとても小さくて、私も自然と足を緩める。

 一歩ごとに、二人分の足跡が雪の白い布に並んで刻まれていく。


 私の大きな靴跡のすぐ隣に、白雪様の小さな丸い跡がちょこんと並ぶ様子が、なんだか愛おしくて胸が締め付けられる。

 白雪様が時々、私の腕にそっと寄りかかってくる。

 小さな体が傾くたび、コートの袖越しに柔らかな重みが伝わって、心臓が少しだけ速くなるのを楽しんでいた。


「綾、冷たくない?」


「白雪様の手が温かいから、平気だよ」


 白雪様が「えへへ……」と照れくさそうに笑って、私の腕に頬をすり寄せてくる。

 ふわっとした銀髪が頬をくすぐり、雪と混じった甘い花のような匂いがふわりと広がる。

 頬に触れる肌はひんやりしてるはずなのに、なぜか熱を帯びていて、触れた部分からじんわり幸せが染み込んでくる。


 雪の純白と、白雪様の銀髪が重なり合って、世界がまるで淡い水彩画のように優しい色に染まっていく。

 空気までが柔らかく、静かで、どこか夢の中にいるみたいだ。

 遠くから初詣の人の笑い声や鈴の音が微かに聞こえてくるけれど、私たちはその賑わいを背にして、反対方向へ。

 西穂高岳へ向かうバス停まで、ひっそりとした雪道を二人だけで歩く。

 足音と雪のきしむ音と、白雪様の小さな吐息だけが、私たちの世界の全部だった。

 バスが雪煙を上げてやってきて、乗り込むと車内は暖房でほんのり温かく、頬がじんわり緩む。

 白雪様が私の膝にちょこんと座ってきて、小さな体がぴったり収まる。


「綾、ちょっと眠いかも……」


「寝ていいよ。着いたら起こすから」


 白雪様が私の胸に頭を預け、静かに目を閉じる。

 狐耳が私の頬にそっと触れて、ぴくぴくと小さく動くたび、柔らかな毛の感触がくすぐったくて愛おしい。

 尻尾が私の腰にふわりと巻きついてきて、まるで「離さないよ」と言っているみたいに、しっかりと絡みつく。

 バスが雪道を進む微かな振動が体に伝わり、白雪様の穏やかな寝息が耳元で響く。

 すー、すー、と規則正しいリズムが、胸の奥を温かく揺らす。

 この温もり、この寝顔、この距離――全部があまりにも尊くて。

 一年前の私が、凍える雪の中で死のうとしていた場所に。

 今は白雪様と一緒に、生きるために向かっている。

 その事実が胸の奥で熱く膨らんで、涙がこみ上げてくるのを必死で堪えた。


 窓の外、流れる雪景色がぼやけて見える。寒さのせいか、それとも緊張のせいか、私の指先は微かに震えていた。

 ロープウェイを乗り、ようやく辿り着いた千石園地の外れ。

 空はもう夕陽を飲み込み始めていて、すぐそこまで夜のとばりが迫っていた。


 慣れない雪道に足を踏み出すたび、膝までずぶりと沈み込みそうになる。

 ブーツの隙間から冷たい雪が入り込んで、指先の感覚を奪っていくけれど、不思議と怖くはなかった。

 繋いだ白雪様の手を強く握り返す。

 たったそれだけで、不安なんてどこかへ吹き飛んで、胸の中は楽しさでいっぱいになっていた。


 その小さな手のひらから伝わる熱が、まるで命の糸のように私を繋ぎ止めてくれる。

 ゆっくり、一歩ずつ。

 白雪様の歩幅に合わせて、私も慎重に雪を踏みしめる。

 足跡が深く刻まれるたび、二人の存在がこの白い世界に確かに残っていく。


 あの罠があった場所は、少し奥まった藪の近くだったはず。

 今は雪にすっぽりと埋もれて、木々の枝も白く重たく垂れ下がり、昔の鉄の罠や血の痕跡はどこにも見えない。

 でも、私の記憶にはあまりにも鮮やかに覚えている。

 凍える指先、雪と間違えるほどの立派な白い毛並みに染まる赤。

 助けを求めるように震えた小さい白狐。

 そして、金色の瞳が私をまっすぐ見つめた瞬間。

 全部が、胸の奥で今も疼いている。


 白雪様が私の手を引いて、ぴたりと立ち止まる。

 小さな体が少しだけ緊張したように固まって、金色の瞳が静かに、あの場所を見つめた。

 雪の結晶がまつ毛に溶けそうに光り、瞳の奥に深い懐かしさと、優しさが揺れている。


「ここだね……綾が私を助けてくれた場所」


 その言葉が、静かな雪の降る山にそっと落ちた瞬間、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

 私は無言で頷いて、白雪様をそっと抱き寄せる。

 小さな体が私の胸にぴたりと収まり、銀髪が頬をくすぐる。


 コート越しに伝わる体温が、凍てついた心まで溶かしていく。

 雪が静かに、ひそやかに降り続ける。



 そしてここは一年前私が死のうとした場所だった。

 あの時は気づかなかったけど、同じ場所だったんだとはっきり思い出していた。

 足元に広がる雪の闇に、すべてを投げ出そうとしたその瞬間、


 白雪様が現れて、凍える手に温もりを差し伸べてくれた。

 あの金色の瞳が、私に「綾、私と一緒に家族として暮らそう」と囁いてくれた。


 今は、白雪様の手を握って、ここに立っている。

 同じ場所なのに、もう何もかもが違う。


「白雪様……ありがとう。一年前、ここで会えてよかった。家族になろうって言ってくれてありがとう。これからも、ずっと一緒にいてね」


 声が震えた。涙が込み上げて、言葉の端が掠れる。

 白雪様が私の胸に顔を深く埋めて、


「うん……綾。ずっと一緒にいるよ。私も、綾と出会えてよかった」


 その小さな声が、耳元で溶けるように響いてくる。

 甘くて、優しくて、確かな約束みたいで……胸の奥がぎゅっと熱くなった。


 ふと見上げれば、ゆっくりと流れる雲の合間から月が顔を出していた。

 淡い銀色の月明かりが雪原を照らし、白い世界がまるで夢みたいに輝き始める。

 降り続く雪が月光を浴びてキラキラと舞い落ちる様は、まるで私たちを祝福しているかのようだった。


 白雪様がゆっくりと顔を上げ、私をじっと見つめてくる。

 金色の瞳が月明かりを映して、宝石みたいに輝いていて……見惚れて、息が止まりそうになる。


 まつ毛に積もった雪が溶けて、頬を伝う一筋の雫。それが涙みたいに光るのを見て、胸が苦しくなるほど愛おしくなった。

 ぴくり、と狐耳が動いて、私の髪を撫でる。

 腰に絡みついた尻尾が、ぎゅっと締め付けるように巻きついてきた。

 まるで「離したくない」と、言葉の代わりに訴えているみたいに。


 私は吸い寄せられるように、白雪様の頬に手を添えた。

 冷たい雪の感触と、指先に伝わる温かな肌の温度差に甘く痺れ、心臓がうるさいくらいに脈打つ。

 白雪様の瞳が少し細められた。それでも私を真っ直ぐに捉えて放さない。


 どちらからともなく、互いの顔が近づいていく。

 吐息が混じり合い、雪の冷たさなんて忘れるほどの熱が頬に触れた。

 そして――唇が、そっと重なった。

 柔らかくて、温かくて、ほんの少し震えていて。

 最初にあんなにひんやりしていた彼女の唇は、すぐに私の体温を吸い取って、甘く、甘く、溶けていく。

 頭の中が真っ白になった。

 月明かりも、雪も、世界も全部ぼやけて消えて。ただ、白雪様のことしか感じられない。

 耳が髪に触れてぴくぴくと動くたび、尻尾がぎゅっと締まるたび、もっと近くにいたいという想いが溢れ出していく。


 どれだけ時間が経っただろう。

 唇が離れたとき、白雪様の頬はほんのり桜色に染まっていた。

 金色の瞳を潤ませ、恥ずかしそうに、でも幸せそうに微笑むその顔を見て、私の胸は幸せでいっぱいになった。


 不意に、熱い涙がこみ上げてくる。

 雪は降り続け、私たちはただ、互いの温もりに寄り添い続けた。

 月明かりと雪に包まれた、永遠みたいな時間を、二人で刻んでいくために。


 これからもたくさん二人でいろいろ体験して暮らしていこうね。

 私は心の中でそう言って、白雪様と一緒に岐路に帰った。

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