15話 白雪様と盆踊り
そろそろ夏休みが終わりを迎える。8月後半の土曜日。今日は近くの神社で盆踊りがある日だった。
夕方から空がオレンジに染まり始めて、街のあちこちで提灯の灯りが点り始めた。
私は浴衣に着替えて、白雪様の浴衣の帯を結んであげた。
深い藍色の浴衣に、銀の月と星の刺繍。
鏡の前に立つ白雪様は、銀髪まで夜空に混ざっていくみたいで、息をのむくらいきれいだった。
白雪様は裾を軽く持ち上げて、くるっと回る。
「綾……どう? 似合う?」
私は帯を整えながら笑った。
「すごく似合う。白雪様、夜空の妖精みたい」
白雪様は頬を赤くして、今度は私の浴衣の袖をそっと触った。
「綾の浴衣もかわいい……淡い紫、銀髪にぴったり」
その言い方がくすぐったくて、心がふわっと軽くなる。
手を繋いで家を出た。
外はもう薄暗くて、遠くから太鼓の音が聞こえてくる。
どん、どん、と低い音が胸の奥まで届いて、歩くたび少しずつ近づいてくるのがわかる。
白雪様が、私の手を少し強く握った。
「綾……音が……心の中まで揺れる」
「うん。大丈夫。ゆっくり行こ」
握り返すと、白雪様の指先の冷たさが少しほどけた。
会場は神社の境内だった。
鳥居をくぐった瞬間、提灯の光が一気に広がって、橙色の海に浸かったみたい。
石畳の参道はふんわり明るくて、浴衣の裾が光を拾う。
人の笑い声と屋台の呼び声が重なって、甘い匂いと香ばしい匂いが混ざって鼻をくすぐった。
白雪様は境内を見回して、目を丸くする。
「綾……提灯がいっぱい……声もいっぱい……でも、きれい」
その声が嬉しくて、私は手を離さないまま、境内をゆっくり歩いた。
屋台はずらっと並んでる。
炭の匂いが濃い焼きとうもろこし。
湯気の立つ串もの。
それから、照りの強いみたらし団子。
白雪様は、みたらし団子の屋台の前で足を止めた。
看板を見上げて、ふっと目を細める。
「……知ってる。あの甘じょっぱい匂い、好き」
言い方が妙に確信に満ちてて、私は笑ってしまう。
「じゃあ、買おう」
「うん」
団子を受け取って、少し端っこに移動する。
白雪様が一口かじって、目を細めた。
「……やっぱり、いい。焦げの香りもちゃんとある」
串を持つ指先が少し赤くて、私は反射でその手を包む。
「熱かった?」
白雪様は照れたみたいに笑って、私の手の中で指をぎゅっと動かした。
「熱い。でも、綾の手のほうが落ち着く」
もう一つだけ、飲み物の屋台に寄った。
冷えたラムネを渡すと、白雪様は瓶の口を見つめて真剣な顔になる。
「綾……これ、開ける」
「うん。せーの」
ぽん、って音がして、白雪様の肩がびくっと跳ねた。その反応が可愛くて、笑いがこぼれる。
白雪様は少しむっとしながらも、すぐにラムネを飲んで目を丸くした。
「……しゅわしゅわ。夏の味」
「夏の終わりの味、ね」
そう言うと、白雪様は私の腕に絡みついた。
「終わりって言わないで。今日は、まだ夜」
その頃、櫓の上で音頭が始まった。
太鼓のリズムが境内いっぱいに響いて、輪がゆっくり動き出す。
屋台の明かりと提灯の光が混ざって、境内全体がやさしく揺れて見えた。
白雪様は輪を見つめて、小さく息を吸う。
「綾……踊りたい」
「うん。入ろ」
私は白雪様の手を引いて、輪の端へ向かった。
輪の中に入ると、太鼓の音がもっと近くなる。
右、左、右、左。
振りはシンプルなのに、みんなの動きが重なると、ひとつの波みたいで綺麗だった。
白雪様は最初ぎこちなくて、私の手を強く握る。
「綾……これでいい?」
「うん。ゆっくりでいいよ」
私は白雪様の指をほどくみたいに、やさしく握り直した。
白雪様の動きが少しずつ滑らかになっていく。
袖がふわりと揺れて、銀髪が夜風に舞う。
提灯の光が金色の瞳に映って、きらきらしてる。
その横顔を見るだけで、胸の奥が熱くなる。
「綾……楽しい……みんなと一緒に踊るの、温かいね」
「うん……それに楽しいね」
手を繋いだまま、ふたりで輪の中をゆっくり回った。
踊りが一区切りついて、輪から抜ける。
白雪様は少し息を切らして、私の腕に寄りかかった。
「綾……踊り終わったら、体がふわふわする……心もふわふわ」
「うん……軽いね」
私は腰に手を回して、白雪様を支える。
境内をゆっくり歩きながら、提灯の光を眺める。
白雪様は小さな声で言った。
「綾……この光、みんなの笑顔を映してるみたい」
「うん……白雪様の瞳にも映ってる。星みたい」
白雪様は頰を赤くして、私の腕に絡みつく。
「綾……ずるい。そんなこと言うと、また心がふわふわする」
会場を後にして、帰り道を歩く。
提灯の灯りが、ふたりの影を長く伸ばす。
白雪様は私の手を離さずに言う。
「綾……今日、ありがとう。盆踊り、最高の夜だった」
「うん。最高だった。わたしもありがとう」
家に帰って、浴衣を脱いで、リビングに座る。
白雪様は私の膝に頭を乗せて、目を細めた。
「綾……楽しかったね」
髪を撫でると、白雪様は小さく笑う。
「心の中、まだ踊ってる」
「うん……私も。まだ太鼓が残ってる」
窓から夜風が入ってきて、ふたりの髪をやさしく揺らした。
夏の終わりの盆踊りが、胸の奥に静かに残った。
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