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白雪様と二人暮らし  作者:
第二章 のんびりとした日常

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10/24

10話 私の誕生日

 誕生日当日。朝、目を覚ました瞬間、胸の奥に小さな違和感が走った。

 いつもなら、眠気に負けてもう一度まぶたを閉じ、布団に沈み込むはずなのに……その日は、すっと意識が浮かび上がる。

 まぶたの裏に残る夢の残像が、すぐに消えて、現実の輪郭がはっきりする。

 静かすぎる。部屋の中が、いつもより空っぽに感じる。

 部屋の中が、いつもより空っぽに感じる。


 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、床に淡い金色の線を描いているのに、空気が少し冷たくて、音が吸い込まれるように静まり返っている。


 遠くの車の音も、今日はどこか遠くに聞こえる。

 まるで、世界が息を潜めて、私を見ているみたいに。私はゆっくり体を起こして、ベッドの隣に手を伸ばした。


 はっとする。白雪様がいない。いつもなら、ぎゅっと抱き寄せたまま、銀色の髪が私の胸に広がって、

 規則正しい小さな寝息が、耳元で「すー、すー」と響いているはずなのに。

 指先に触れたのは、体温のないシーツと、まだ少しだけ残っている温もりだけだった。


 まるで、ついさっきまでそこにいた証みたいに、布団のくぼみが柔らかく残っていて、

 その凹みに指を沈めると、ほんのり温かい感触が伝わってくる。

 でも、隣は空っぽで、狐の耳も、尻尾も、金色の瞳も、何もない。胸が、どくん、と大きく鳴った。


 喉の奥が急に乾いて、息が浅くなる。「……白雪様?」声が掠れて、小さく部屋に響く。

 返事はない。

 ただ、朝の光が、静かに床を照らすだけ。私は慌てて布団をはねのけて、立ち上がった。

 足元が少しふらついて、部屋を見回す。

 机の上に置かれたカレンダーが、今日の日付を赤く囲んでいる。


 誕生日。

 私の誕生日。でも、白雪様の姿はどこにもない。

 いつもなら、朝一番に「おはよう、綾」って眠たげに笑って、

 額にキスを返してくれるのに。

 今日は、ただの静けさと、残り香のような温もりだけが、私を待っていた。

 胸の違和感が、じわじわと広がっていく。


 どこに行ったの?

 どうして、いないの?

 私はベッドの端に座り直して、シーツをぎゅっと握った。

 まだ温かい部分に指を押し当てて、目を閉じる。


 白雪様の寝息を、記憶の中で再生しようとするけど、

 今日は本当に、聞こえない。部屋の空気が、重たく感じた。

 誕生日なのに、こんなに寂しい朝なんて……初めてだった。


「……白雪様?」


 小さく名前を呼びながら、体を起こす。

 シーツの感触がまだ少し温かくて、指先がその残り香をなぞるように滑る。


 部屋を見回しても、見慣れた銀色の髪はどこにも見えない。

 障子越しの朝の光が、柔らかく床を照らしていて、淡い金色の粒子がゆっくり舞っているだけ。

 空気が静かすぎて、自分の息づかいがやけに大きく聞こえる。


 耳を澄ますと、リビングの方からかすかな物音がした。

 カチャ、という小さな音。

 スプーンが皿に触れるような、控えめで、忍ばせるような気配。

 それと一緒に、ふわりと甘い匂いが鼻をくすぐる。


 キッチンの方から漂ってくる、砂糖と生クリームの香り。

 バニラの甘さと、ほんのり温かいバターの匂いが混じって、胸の奥を優しくくすぐる。

 私はパジャマのまま、足音を立てないようにそっとドアを開けた。


 リビングのテーブルの前に、白雪様が立っていた。

 銀色の長い髪は、いつもより丁寧に三つ編みにされていて、きちんとまとめられている。

 普段の着物の上には、見覚えのあるエプロン。


 妹のものを白雪様用に修正したけど、少し大きくて、袖口がぶかぶかで、裾が膝のあたりでふわっと揺れている。

 白雪様は真剣な横顔で、何かを整えていて……その姿が新鮮で、思わず見とれてしまう。


 狐の耳がぴくりと動いて、尻尾がゆっくりと左右に揺れるのが、朝の光に映えてきれいだった。

 私の気配に気づいた瞬間、白雪様はぱっと顔を上げた。

 金色の瞳が大きく見開かれて、次の瞬間、ぱあっと花が咲いたみたいに表情が明るくなる。


「綾! おはよう! ……誕生日おめでとう!!」


 そのまま、弾むような足取りで駆け寄ってきて、勢いよくぎゅっと抱きついてくる。

 温かい腕が背中に回って、懐かしい甘い匂いが一気に包み込んでくる。

 エプロンの布地がパジャマに触れて、柔らかくて、少し生クリームの甘い香りが移ってくる。

 白雪様の三つ編みが私の頰に当たって、さらさらと滑る感触がくすぐったい。

 胸の奥で、さっきの不安が一瞬で溶けていく。

 代わりに、温かくて、ふわふわした喜びが広がって、目頭が熱くなった。


「……びっくりした……」


 掠れた声で呟くと、白雪様はぎゅっと抱きしめたまま、くすくすと笑った。


「ごめんね、起こさないようにそーっと起きて……綾の誕生日、特別にしたくて」


 その言葉が、耳元で優しく響いて、

 私は白雪様の背中に腕を回して、ぎゅっと抱き返した。

 朝の光が、二人を優しく照らしている。

 誕生日なのに、こんなに温かい朝が来るなんて……

 白雪様がいるから、こんなに幸せなんだって、改めて実感した。


 驚きで固まる私に、白雪様は少し誇らしげに、でもどこか照れくさそうに笑った。

 狐の耳がぴくぴくと動いて、尻尾の先がゆっくりと左右に揺れる。

 金色の瞳が朝の光に照らされて、キラキラと輝いている。


「綾の誕生日、前から、こっそり準備してたの……」


 そう言って、私の手を取る。

 少しひんやりしているけど、ぎゅっと力がこもっていて、指先が震えているのが伝わってくる。

 そのまま、テーブルの方へ優しく引かれていく。

 足音がリビングのフローリングに小さく響いて、朝の静けさを優しく破る。


 テーブルの上には、手作りのケーキが置かれていた。

 形は少しだけいびつで、スポンジが片側だけ高くなっていたり、クリームがところどころ波打っていたり……完璧とは言えない。

 でも、赤いいちごがたくさん飾られていて、真っ赤な実が朝の光に濡れたように輝いている。


 チョコペンで書かれた「綾へ♡」の文字が、丸っこくて少し歪んでいるけど。

 丁寧で、一文字一文字に想いが込められているのがわかる。

 その文字を見るだけで、胸がきゅっとなって、息が詰まる。


 ケーキの横には、小さな手作りのカード。

 白雪様は、少し緊張した表情でそれを差し出した。

 指先が微かに震えていて、エプロンの袖がぶかぶか揺れる。


「これ……綾に」


 私はそっとカードを受け取って、開く。

 中には、丁寧で少し丸みのある、白雪様の字。

 インクの匂いがふわりと漂って、胸の奥をくすぐる。


「綾へ誕生日おめでとう。綾と出会ってから、私の世界が変わったよ。毎日が楽しくて、温かくて、幸せで……これからも、ずっと一緒にいたい。白雪より」


 最後には、小さな狐のイラスト。

 耳がぴょこんと立っていて、尻尾がくるんと巻いていて、どこか白雪様にそっくりで、愛らしい。

 文字を追ううちに、視界がにじむ。

 胸の奥が熱くなって、涙が溜まっていく。

 喉が詰まって、息が震える。


「……白雪様、ありがとう」


 声が少し震える。

 それに気づいた白雪様は、慌てたように私の顔を覗き込んだ。

 金色の瞳が心配そうに揺れて、狐の耳がぴくっと下がる。


「綾、泣かないで……!サプライズ、失敗しちゃった?」


「違うよ……嬉しすぎて」


 そう言って、私は白雪様を抱きしめた。

 温かい体が腕の中に収まって、エプロンの布地がパジャマに触れる。

 白雪様はほっとしたように息を吐いて、私の背中を優しく撫でる。

 指先がゆっくりと上下して、優しいリズムで心を落ち着かせてくれる。


「よかった……綾が喜んでくれて、私も嬉しい」


 ケーキを切って、ふたりで並んで座る。

 白雪様はフォークで一口すくって、少し緊張した顔で私の方へ差し出した。

 クリームが少し崩れて、いちごの汁がぽたりと落ちる。

 でも、その不器用さが愛おしくて、胸がまた熱くなる。


「綾、あーん」


 白雪様のフォークが、ゆっくりと私の口元に近づいてくる。

 いちごの赤い実がクリームに半分埋もれて、朝の光に濡れたようにツヤツヤ光ってる。

 チョコペンの文字が少し溶けかけて、甘い匂いが鼻先をくすぐる。

 私は言われるまま、素直に口を開けて、ぱくり。


 甘さが舌の上にふわっと広がって、スポンジの柔らかさと生クリームの濃厚さが溶け合う。

 いちごの酸味が優しくアクセントになって、胸の奥までじんわりと染み込んでくる。

 一口で、幸せが体中に広がる感じ。


「美味しい……白雪様が作ってくれたケーキ、最高」


 そう言うと、白雪様は頬をほんのり赤くして、照れたように笑った。

 狐の耳がぴくぴくと下がって、尻尾の先がテーブル下で小さくぴょんぴょん跳ねるみたいに揺れる。

 金色の瞳が、朝日を受けてキラキラ輝いて、なんだか見てるだけで胸がきゅんとする。


「綾の好きな甘さにしたよ……生クリーム、少し多めにしちゃったけど」


「ちょうどいいよ」


 私はもう一口フォークでケーキをすくって、白雪様の口元に差し出す。

 白雪様は目を細めて、ぱくりと食べて、くすくす笑う。

 クリームが唇の端に少しついて、白雪様が指でそっと拭う仕草が可愛くて、

 思わず見とれてしまう。


 指先がクリームをなぞって、ぺろっと舐める仕草まで、愛おしくてたまらない。

 ふたりでケーキを半分こして、コーヒーを飲みながら、ゆっくり話す。

 カップから立ち上る湯気が、朝の光に透けて、部屋を優しくぼかしていく。

 コーヒーの苦味とケーキの甘さが口の中で混じって、時間が穏やかに流れていく。

 時計の秒針の音が、遠くで小さく響くだけ。


「白雪様、いつ準備してたの?」


「綾が学校行ってる間に、こっそり……昨日は夜中までケーキ焼いてたの。ちょっと焦げちゃったけど、綾に食べてもらいたくて」


 白雪様の声が少し小さくなって、耳がぴくっと下がる。

 私はケーキの端っこをフォークでつつきながら、首を振った。


「焦げてないよ……すごく美味しい」


 いびつな形も、多めのクリームも、全部が白雪様の想いが詰まってるみたいで、

 一口食べるたび、胸が温かくなって、涙がにじみそうになる。


 白雪様は私の手を握って、指先を絡める。

 少しひんやりした指が、すぐに私の体温で温まって、ぴったりと重なる。

 手のひらから伝わる温かさが、胸の奥までじわじわ広がっていく。


「綾の誕生日、初めて祝えて……私、幸せすぎて、胸がきゅんきゅんする」


「私も……白雪様に祝ってもらえて、こんなに嬉しい誕生日、初めて」


 プレゼントは、カードの他に小さな箱。

 白雪様が少し緊張した手つきで差し出してくる。

 箱はシンプルな白い紙に包まれていて、淡いピンクのリボンがふわっと結ばれていて、朝の光に照らされて優しく輝いている。


 そっと開けると、中にはシルバーのネックレス。

 チェーンは細くて繊細で、光に当たると小さな星のようにキラキラと反射する。

 その先には、小さな狐のチャーム。

 耳がぴょこんと立っていて、尻尾がくるんと巻いた形が、白雪様にそっくりで、愛らしい。

 チャームの表面は滑らかで、指で触れるとほんのり温かみが残っている気がした。


「これ……私が作ったの。綾の誕生日プレゼントに、狐の分身を少しだけ、分けてみたんだ」


 白雪様は照れくさそうに目を伏せる。

 狐の耳がぴくっと下がって、頰がほんのり桜色に染まる。

 金色の瞳が、ちらりと私を覗いてはすぐに逸らされて、長いまつ毛が影を落とす。


「これを着けてると、私の気持ちがいつも綾の近くにいるよ……」


 私はネックレスをそっと手に取って、首にかける。

 チェーンが肌に触れる瞬間、ひんやりとした冷たさが一瞬だけ感じられて、すぐに体温に馴染んでいく。

 小さな狐のチャームが胸元で軽く揺れて、銀色の光が反射する。

 指でそっと触れると、チャームの輪郭が指先に優しく当たって、温かさがじんわり伝わってくる。


「ありがとう……大切にする」


 声が少し震えて、自然と笑みがこぼれる。

 白雪様は私の首元に手を伸ばして、ネックレスを優しく整えてくれる。

 指先が鎖骨に軽く触れて、くすぐったいのに心地いい。

 

 そして、そっとキスを落とす。

 唇の柔らかさが首筋に触れて、温かさがじんわりと広がる。

 甘い生クリームの匂いが混じって、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


「綾……大好き」


 その囁きが耳元で響いて、胸の奥が熱くなる。

 私は白雪様の頰に手を添えて、優しく返した。


「私も……白雪様、大好き」


 誕生日ケーキを食べ終えて、ふたりでソファに座り、プレゼントの箱を抱きしめ合う。

 箱の紙の感触が手に残って、ケーキの甘い匂いがまだ部屋に漂っている。

 白雪様は私の膝に頭を乗せて、安心したように目を細めた。

 銀色の髪が膝の上に広がって、さらさらと滑る。

 狐の耳が私の太ももに軽く触れて、ぴくりぴくり動くのが感じられる。

 尻尾がソファの上でゆっくりと揺れて、柔らかい毛が私の足に当たる。


「綾の誕生日、これからも毎年祝いたい……」


「うん……一緒に、ずっと」


 夕方まで、ふたりでごろごろしながら、誕生日を祝ってくれた。


 外は春の陽が優しく差し込んで、部屋の中は甘いケーキの匂いと、白雪様の温もりで満ちていた。


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