8:ヒロインとドキドキ密着
こうして晴れて僕たちは……え?これどういう関係になるの??
友達以上……いや、そもそも連絡先すら知らないんだよな。
目をトロンとさせて見つめてくる紅羽さんにムラムラしつつ、僕は問いかける。
「えっと紅羽さん。これで僕たちってどういう関係になるんだろう?」
「分かんない――」
そう言った瞬間、紅羽さんは僕をソファの背もたれに押し付けた。
「ちょ、ちょちょちょ――紅羽さん!?」
次の瞬間、紅羽さんは僕の膝の上にちょこんと座り込む。
体重は軽い――けれど、その軽さがかえって現実感を突きつけてくる。
華奢で小柄だと思っていたイメージが、こうして実際に太ももへ重みとして伝わり、体温となって広がっていく。
心臓の鼓動が耳まで響き、息が詰まる。しかも肩に手を置かれ、完全にロックオン状態。逃げ場なし。
いやいやいやいや!! 膝の上!? Hの3乗でえっち立方体完成しちゃうよ!?!?
そして僕の視界の端に、チラリと白いフトモモが飛び込んできた。
……突然だが、フトモモとは尻から膝の間の脚のことを言う。大事なことなので今確認した。
紅羽さんのスカートは普段、膝上こぶし一個分くらいの丈で、割と長めの部類に入る。――なのに僕の上に跨がるように座り、上半身を背もたれ代わりにして寄りかかってきている。
そのせいでスカートの裾がお腹に押し上げられ、完全に危険域に突入。椅子に前後逆に座るとこうなるよね。……って違う!
ちょ、ちょちょちょ――紅羽さん!? その座り方は危ない! 裾が、裾が……まくれそうなんだってば!!
ああ! その太ももの露出部位は、クラスで一番ギャルな女子の領域なんです!! 清楚代表の紅羽さんが踏み込んでいいゾーンじゃないって!!
しかも、その下には……いや待て、正確には太ももの上、でもスカートの下!? なんだこのややこしい位置関係は!!
ちゃんとスパッツ的な何か履いてますか!? 毛糸のパンツとか!?
……って今初夏じゃん!! 履いてるわけない!! そもそも想像するんじゃない僕!!! 頭の中の自分を全力で殴り飛ばしたい!!
そして紅羽さんはおでこを僕のデコにコツン。――近い。近すぎる。視界いっぱいに紅羽さんの瞳、吐息、唇。え、これ、これって……!?
唇が触れそうな距離まで迫ってきて――僕はその目を見開いたまま、閉じることが出来ない。 来るのか!? キスか!?吸血か!?
最初の一文字は一緒だし!? 「うけつ」を「す」に変えたらキスだよ!!
――しかし次の瞬間。
頬をかすめるように彼女の顔が横へそれて、首筋に熱い吐息がかかる。
紅羽さんは僕の首筋に唇を寄せ――
チュウ……チュッチュ……。
――ラブコメの定番「キスシーン」みたいな空気だけど、これは食事である。
……あ、実際に吸われるとけっこう血の匂いするんだな。
鉄っぽいというか、オシャレに言えば“鉱物の香り”ってやつ?
2回目ともなると、少し余裕が出てくるらしい。
「ふっ、俺ももう慣れたもんだぜ」みたいな気持ちになってくる。
――いや待てよ。玲央のあれも含めたら3回目じゃないか。
ぐぬぬ……この“経験値”の水増し感、なんか悔しい。
* * *
「――ごめん、我慢できなくなっちゃった」
紅羽さんは申し訳なさそうに落ち込んでいる。
僕の膝の上で。
ドキドキ密着タイム継続中!!!!!!
「いや、良いよ。全っ然良いから!!」
そういうと紅羽さんはポフっと僕の肩に顎を乗せる。
「……すっごく、美味しかった」
これは食事の感想これは食事の感想これは食事の感想……!
どう頑張っても「アフターラブ」的にしか聞こえない雰囲気だが、必死で「食事レビュー」方面だと言い聞かせる僕。
――いや、自分で言ってて意味分からないよ!!!
あーもー手汗ヤバいんじゃ……って思って気付いた。
僕の両腕、紅羽さんの腰に回ってるゥゥゥゥ!!!!
「――ちょもんッ!?」
「ひゃッ!?」
ビックリして腕を離した僕と、それに驚いた紅羽さんが同時に変な声を上げる。
見つめ合う二人。紅羽さんはそのついでに、自分の体勢に気づいたようだった。
「ごめんなさい……」
顔を真っ赤にして膝から降りると、隣に座り、すすす……と距離を取る。
ドキドキ密着タイム――継続ならずッ!!
僕は行き場を失った両腕で、自分をギュッと抱きしめた。
紅羽さんは下を向いたままストローを咥え、ウーロン茶を一気に飲み干している。
「……1曲、歌っても良いですかっ!」
いたたまれなくなったのか紅羽さんが歌いだした。
……やけっぱちテンションなのか、さらに音痴に磨きがかかっていた。
僕も負けじと1曲。
変な振り付けがある曲で二人だけの空間を盛り上げる。
ドリンクバーで補充をして、ほっと一息。
何気なくスマホを開いて、ふと思い出した。
「あ、そうだ紅羽さん。連絡先教えてよ」
「えっ!?」
紅羽さんがどうしよう……って感じで、すっごく悩んでる。
――え?食料に連絡先教えるの、そんなに嫌なんですか??
さすがにそれは堪えるぞぅ……。
「あ、嫌なら無理には――」
「そうじゃなくて!!」
紅羽さんは顔を真っ赤にしてうつむいた。
……え?こんなに赤面するタイプだったっけ??
紅羽さんはモジモジと言葉を続ける。
「私……パパ以外の男の人と、連絡先交換したことなくて……」
マジですか??
「え?玲央は??」
「あ。そういえば玲央、男の子だったね。忘れてた……」
てへへと笑う。――ああ、何その顔。可愛い。
「一瞬、玲央が女の子パターンを想像したよ」
それなら僕と玲央の謎ラブロマンスも説明がつく。
いや、むしろそうであってくれていい。
「ううん。玲央は男の子だよ。彼女もいっぱい居るし、おち――」
紅羽さんが言いかけた口を、むん!と閉じる。
「おち……?」
「お、男の子のシンボル……? もちゃんとあるし――。あ! 小さいころの話だよ! 一緒にお風呂入ったことがあって!!」
いやいや紅羽さん。あなた意外と……言うんですねぇ??
普段見られない一面に、僕はニヤニヤが止まらない。
え?玲央とお風呂? 昔のことなんて気にしたって仕方ないだろ? てかやっぱ男なのかぁ…。
……まぁアイツ、イケメンだから脱いでもたぶん――と想像しかけて慌ててストップ。
ドキドキする。――いや、なんでやねんッ!!!
僕が不覚にも玲央の裸を想像しかけて悶々としていると、紅羽さんが言った。
「野中くんは……特別だからね?」
おずおずと差し出されたのは、彼女のスマホ。
僕はQRコードを読み込み、連絡先を交換する。母さんの次に増えた女性の連絡先が紅羽さんになるとは。
「なんか初めてばかり頂いてしまって、申し訳ない」
――って、しまった失言か!? と思ったけど。
「本当に……野中くんと出会ってから、なんか初めてばっかりだよ……」
彼女はちょっぴり照れて、笑っていた。
その表情を写真に収めたら、僕ならいくらで買うだろう?
――それはたぶん、一生かけても払えない金額になると思う。
「そういえばさ。なんで男子と連絡先、交換したことなかったの?」
僕は単純に気になって聞いてみる。
「……私、恋とか“好き”とか分からなくて。だから変なトラブルにならないように、止めておいた方がいいかなって……」
「ああ……」
なるほど。
紅羽さんのこの天然っぷり、依存性が高すぎてジャンキーを量産しかねない。
男子の安寧を守るためには、確かに賢明な判断だった。




