6:ヒロインと放課後カラオケ
1時間目終了のチャイムが鳴り響いたころ、僕はようやく現実に復帰した。
放心していたせいで呼吸を忘れてたかもしれない。……いや、さすがに死んでたら今ここにいないか。
校舎へ戻るドアを開けた瞬間――。
「野中……無事だったか」
そこにいたのは友人の山田。そして、その後ろには殺気立った男子生徒たちがズラリと並んでいた。
うおおお!?なんだこの圧!?ホラー映画のワンシーンかよ!?
「おいコラ野中ァ!! てめぇこんな所で紅羽ちゃんと何話してたぁぁぁああ!?」
運動部男子が山田を横スライドさせて、鬼の形相で迫ってくる。でかい、怖い、名前なんだっけ?!
「紅羽さんは、何て?」
僕は妙に落ち着いた声で返す。
いやいやいや、なにこれ!?心臓バクバクで今にも死にそうなのに、口だけ低音ボイスで決まってる!?奇跡か!?
「……紅羽ちゃんは言えないって……。ただ、お前が戻ってこないから心配してて……」
ああ、紅羽さん……。授業サボっても探しに来ないあたり、やっぱ僕モブだなぁ。
でも――。
「紅羽さんが何も言わないなら、僕も言うことはないかな」
背筋を伸ばして彼らの横を通り抜ける。
「まだ話は終わってねえだろ!」
「終わっただろ?」
ゆっくりと振り返る。
……あれ、俺めちゃくちゃカッコよくない!?声低めでキマってんだけど!?
恥ずかしい、死にたい、でも言うぞ!
「君は紅羽さんが好きなんだろ? 僕も好きだ。……だったら互いの行動を邪魔すべきじゃない。恋愛はフェアに行こう」
――青春ラブコメ王道の“宣戦布告”。
言っちゃったぁぁぁぁ!!!!!
去り際に聞こえたのは小さな呟き。
「なんであんなヤツが……」
僕はポケットに手を突っ込みニヒルに微笑む。
ふっ。初めて食べたカップラーメンに――お前はなれねぇよ?
……僕のモノローグは、どうしようもなくダサかった。
その後はいつも通り――いや、むしろいつも以上に紅羽さんに近づけなかった。
男子たちがまるで要人警護のように紅羽さんを取り囲んでいたからだ。
僕が教室をちょっと歩いただけで、腕をガシッと掴まれ――。
「どこへ行く?」
いやいやいや! ただトイレに行くだけだよ!?
「ちょっとお手洗いに……」
「そうか。なら窓際の道を通った後、教室の一番後ろに沿ってドア方面に歩け。それ以外のルートだと……お前の命は保証しかねる」
いや“道”って!机と机の間だろ!? なんだこのSP感!!
マジで怖えぇ……。
ビビりながら紅羽さんをチラッと見たら、目が合った。
僕と紅羽さんが同時に困った顔をした、その瞬間――。
数人の男子が、泣いた。
……いや、なんなのこれ。
* * *
放課後。
HRが終わると同時に、僕は意を決して紅羽さんの元へと向かった。
すぐさま立ちふさがる“警備員”を押しのけて――。
その瞬間、紅羽さんも鞄を持って僕の方へ。
迅速に動いたSPたちも、予想外の行動に隊列を乱す。
……いや、どうしたんだこのクラス。っていうか男子。お前ら学生だよな!?
「今日、予定ある?」
勇気を振り絞って聞くと――。
「……ううん。行こっか?」
紅羽さんはにっこり笑ってそう返した。
その瞬間。
男子たちが次々と膝をついた。わーい、昨日の僕と一緒だー!!
席に座ったままの山田は、ただただ唖然としている。
僕たちは――意気消沈したライオンの群れの中を、慎重に歩いて教室を出た。
* * *
「二人きりで話せるところ――あ、カラオケ行こっか??」
紅羽さんの提案に、僕は即座に頷いた。
二人、他愛もない話をしながら街へ歩き出す。
学校を出るまで周囲はずっとざわめいていたけど、もう耳に入らない。
今の僕に届くのは、紅羽さんのくすぐったいくらい甘い声だけ。
――僕はこの症状を「紅羽難聴」と名付けた。
カラオケ店の受付に着く。
「えっと、時間は――」
紅羽さんが僕の方を見て、ピッと指を三本立てる。
やーもー!!かーわーいーいー!!!!
「三時間。一括払いでお願いします」
「あ、お会計はお帰りの際に」
「すみません、間違えました」
舞い上がりすぎじゃないかって?舞い上がるに決まってるだろ。
そして案内された部屋に入室する。
場所は通路のどん詰まり。前を通る人なんてまずいない。
――つまり完全なる密室、二人きりの楽園、それに加えて誰にも邪魔されない……!!!
……部屋の場所がえっちすぎる!!!
持ってきたドリンクバーのジュースを手に入室し、互いに鞄を下ろす。
L型のソファに座ってグラスを傾けながら、ふと視線が合った。
「じゃあ……」
紅羽さんが何か言いかけた、その時――。
モニターから「PVカラオケ配信決定!」の爆音広告が流れ出した。
「……一曲だけ歌っても、いいですか?」
どうやら好きなアーティストらしい。恥ずかしそうに小首をかしげながら言う紅羽さん。
僕は反射的に両手で大きな丸を作っていた。
いーよー!!っていうかそもそも僕たち何しにカラオケ来たんだろう!?!?
これは焦らされてるのか? それとも元々の目的なのか?
……いや、もういいや。嬉しそうに歌う紅羽さんを見ているだけで、僕の脳内はお祭り騒ぎだ。
独占ライブ!!! ひゃっほーーーーい!!!
……ちなみに紅羽さんは、予想外にも音痴だった。




