5:イケメンとヒロインと青春暴走
男に手を吸われる人生なんて、誰が想像しただろうか。
それに加えて、僕の手から血を吸っている。
ちゅう……ちゅう……。
やがて口を離したそこには、玲央が残したキスマーク。
――え、これ俺の物だってこと??
「――って、いきなり吸うんじゃねぇぇぇええええ!!!!」
僕はベンチから飛び上がり、サッカーの監督ばりに猛抗議をする。
「吸血は特別だとか散々重く説明しておいて、軽く吸うなよ!!」
「悪い。……あまりにもお前が魅力的で」
――キュン。
「NooooooooooooOOOOOOOO!!!!」
本日二度目の膝崩れ。……もう床と友達になれそうだ。
くくく、と笑いながら玲央が顔を覗き込んでくる。
「――で、どうよ? 俺のこと、好きになっちまっただろ?」
「んなもん、なるわけが……」
イタズラっぽい笑み。
そこには裏も表もなく、ただ無邪気に感情をさらけ出す姿があって。
――ああ、この笑顔は今、この瞬間、僕だけに向けられているんだって……
「ッて違ァーーーーーーーーーーーーう!!!!」
でも、その言葉とは裏腹に僕の心臓はバクバクとうるさく脈打っていて。
やめて……心臓の音、聞こえちゃうよぉ――。
ドクンドクン……僕の鼓動が、夕暮れの静寂にやけに大きく響いてる気がする。
やめろ、気にするな。これは恋のリズムじゃない。ただの動悸だ。ただの心筋の運動だ!!
……なのに、玲央の顔が近づくたび、鼓動のテンポが加速していく。
ああ、少女漫画のヒロインってこういう時、どんな顔してるんだろう。
「だめ、そんな目で見ないで」って、まさに今の僕じゃないか!!
なんで僕は男子高校生なのに、何故こんなに乙女心を理解してしまってるんだ――ッ!?
ちくしょう……なぜだ。
なぜここで突然BLが始まった!?!?
悶え苦しむ僕をよそに、玲央が僕のポケットからスマホを抜き出す。
「な、何を――」
ササッと操作をして、おまけにカシャっと写真撮影。
いやいやいや、まじで何してるんだ!?
「これ、俺の連絡先だから」
そう言って差し出されたスマホの画面には、玲央の連絡先が――自撮り写真付きで表示されていた。
「――連絡、待ってるからな」
颯爽と背を向ける玲央。その去り際まで絵になるとか、どういうチートスペックだよ。
呆然と残された僕は、スマホに映る彼の顔を見つめる。
……そこで、ほんの少し。トクンと心が動いたのを自覚してしまった。
「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
うわああああ!!!ダメだろ僕!!なぜ今のでときめく!?!?
だめだめだめだめ!僕は紅羽さん一筋!……のはず!!
混乱のあまり頭を抱えて空を仰ぐと、そこには夜の帳がすっかり下りていた。
薄闇を突き抜けるように、満天の星々がキラキラと瞬いている。
……ああ、星って、こんなに多かったんだっけ?
僕の青春ラブストーリーは、どうやら方向性を完全に見失ったらしい。
* * *
翌朝。
教室のドアを開けた瞬間、僕はちょっとだけビクッとした。
――紅羽さんが、もう席に着いていたからだ。
いつも通り友達に囲まれて笑っている。
その姿を見ただけで、昨日の「インスタントラーメン宣告」が脳裏にフラッシュバックする。
お湯を注がれるより速攻で萎びていく僕のメンタル。
どれだけ見つめようとも、相変わらずその輪には入れそうもない。
視線を逸らし、自分の席に向かおうとした――その時。
「あ、野中くんッ! ――ちょっと付き合ってもらえないかな?」
紅羽さんがパタパタと駆け寄ってきて、上目遣いで見上げてきた。
え? え? ――何????
僕があっけにとられていると。
「……駄目、かな?」
はいキターーーーーーーーー!!
美少女にしか許されない、
\\超☆絶☆必☆殺☆技//
シャツの裾を摘まんで首傾げムーブ!!!
僕のハートにクリティカルヒット!
体中の毛穴から「好き」という気持ちがあふれ出して、もう止まらない!!
「も、もちろん良いよ……」
「やった! じゃ、ちょっと来て」
僕は鞄を机に置くのも忘れて紅羽さんについていった。
戸惑う女子生徒たち。怒りに震える男子生徒たち。
突き刺すようなクラスメイトの視線が、今の僕には最高に心地よい。
僕の脳内に某CMみたいなナレーションが再生される。
――最後に選ばれたのは、野中順でした。
いえーい! 行ってきまーす!!!!
辿り着いたのは非常階段の踊り場。
校舎のざわめきも届かなくて、まるで二人だけの世界に閉じ込められたみたいだ。
「で、その……ね? えっと……」
紅羽さんは両手を胸の前でもじもじさせている。
え? なに!? まさかの告白!?!?
いやいや、そんなわけない! 僕の全細胞が「落ち着け」と叫んでるけど、期待感は100%オーバーだよ!!
「どうしたの?実は吸血鬼だって話なら……誰にも話さないよ」
なるべく平静を装って話を促す。ついでに口が固いアピールも忘れない。
しかし気を抜いたら「早くぅ早くぅ」って腰をくねらせながら迫ってしまいそうだ。やめろ、僕。変態は黙ってろ。
「あの……ッ!」
キーンコーンカーンコーン――。
紅羽さんが顔を上げた瞬間、無情にもチャイムが鳴り響いた。僕は意味もなく髪をかき上げて紅羽さんに言う。
「チャイム、なっちゃったね。またあとで話そうか」
「う、うん……」
よっしゃー! サラっと誘えたァー!! 二人きりチャンス、ほぼ確約だーー!!
僕の脳内でカーニバルと盆踊りと世界的フェスが一斉開催。太鼓も花火も打ち上がってもう収拾がつかない!!
「でも、これだけは言っておきたくて……ッ!!」
紅羽さんが僕の意識を現実に引き戻す。
「……私が血を吸ったのは、野中くんが初めてで……野中くんだけだよ?」
頬を赤らめ、パタパタと駆けていく紅羽さんの後ろ姿。
バタン――。閉まったドアの音がやけに大きく響いた。
僕は鞄を背負ったままその場に立ちすくみ、結局1時間目をすっぽかした。
……ちなみに授業サボりは、生まれて初めてだった。




